二話 一転した運命
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十歳のステラの人生は、たった一言で一転した。
よく言えば寛容、悪く言えば放任な子爵家で育ったステラは、優しい乳母や侍女のおかげで真っ直ぐに育っていた。
少しばかりお転婆なところもあったけれど、まだ幼いからだと大目に見られていたのである。
「ねぇ、シャーロット。今日は何があるの?」
可愛らしいフリルのたくさんついたドレスは動き難く、ステラは顔を歪ませていた。
少しくすんだ銀色の髪を綺麗に結われ、鏡に映る自分の姿を見たステラはため息をつく。
乳母のシャーロットは仕度を整えながら言った。
「今日は第二王子殿下の十歳のお誕生日でございます。ご婚約者様を選ばれるのではないかと……。お嬢様も出席せよとご主人様よりの命でございます」
「あぁ、そう言えば、聞いたような」
久しぶりに父に呼び出されたかと思えば、一通の招待状を差し出され、出席せよと言われた。
自分に無関心な父からの言葉に、やはり自分のことなど気にもかけていないのだなと小さくため息をついた。
ステラは自分の見た目が嫌いだ。
可愛くないわけではないが、両親にはあまり似ていなかったのである。
くすんだ灰色に近い銀色の髪と瞳は、両親のどちらとも違った。
ステラの三つ上の兄は両親にそっくりな茜色の髪と青い瞳。かなり可愛がられていた。兄と仲が悪いわけではなかったが、劣等感からステラは兄とも一歩距離をおいてしまっている。
「お嬢様。とても可愛らしいです」
「うん。ありがとう」
第二王子の誕生日のお祝いなどステラにはどうでもよかったが、参加しないわけにはいかない。
そう思い、ステラは参加したのだ。それがまさか自分の運命を大きく変えるとは思ってもみなかった。
第二王子の誕生日ということで、会場内はとえも美しく飾られていた。
風船が宙に浮かび、子ども達を楽しませようと会場には大道芸人の姿も見られる。そんな中、ステラも他の令嬢にまぎれて楽しんでいたのだが、会場内にファンファーレが鳴り響き、第二王子アスラン・ルク・ガントーレが現れた。
青い瞳と金色の瞳のアスランは、つまらなそうな顔で会場内へと足を進めると挨拶をすませ、ふんぞり返るようにソファへと座り、菓子を食べている。
ガントーレ王国は、基本的には第一子の王子が王座を継ぐと決まっている。だが、第一王子は第二妃の子であり、第二王子が侯爵以上の婚約者を得ると争いを生みかねないということから、会場に集まっているのは侯爵家以下の令嬢ばかりである。
どの令嬢もアスランに気に入られようと美しいドレスを纏い、笑顔を顔に張り付けている。
自分には関係のないこと。そうステラは思っていたのだが、不意に会場内をアスランは会場内を歩きだし、そして令嬢の顔をじろじろと眺めながら進んで行く。
何事かと令嬢達は顔をこわばらせ、そしてアスランの前では必死に可愛く見えるように微笑む。
そんな中、アスランはステラの目の前で足を止めると、ステラのことをじっと見つめ、そして頭のてっぺんからつま先までじっと眺めた後に言った。
「お前、名前は?」
「子爵家より参りましたステラ・リンバースと申します」
「ふ~ん。まあいいか。お前でよい」
ステラは意味が分からずに困惑した表情を向けると、アスランはにやりと笑うと言った。
「僕の婚約者となる栄誉を与える。これから日々精進するように。では」
そう言って会場から立ち去って行ったのである。
会場内は一瞬でざわめきに包まれ、そして令嬢達からはおめでとうございますと次々に声をかけられる。
突然のことではあったが、その後正式な婚約については子爵家へと連絡する旨を聞き、そしてその日はまるで嵐のように過ぎていった。
散々令嬢達から質問攻めにあい、そして疲れ果てて家へと帰ると、両親と兄が笑顔で出迎えてくれた。
「よくやった」
「なんて光栄なことでしょうか」
「おめでとう! よかったねぇ」
初めて見る両親と兄からの心からの祝福に、ステラは驚きとそして喜びを感じた。
今まで、これほどまでに自分に関心を向けられたことがあっただろうか。
だからこそ、ステラは第二王子アスランの婚約者になったことは光栄なことなのだと、幸福なことなのだと感じた。
「ありがとうございます。お父様、お母様、お兄様」
初めて家族に関心を向けられ、舞い上がったのである。だからこそ、アスランの一言が自分の運命を大きく変えたことになど気づかなかった。
けれど、それは少しずつ、少しずつステラの日常を壊していく。
「ステラ様、本日より専属の家庭教師が付きますので」
「ステラ様、本日より妃教育についての学びも王宮にて始まりますので」
「ステラ様」
「ステラ様」
「ステラ様」
自由に外出できる時間はなくなり、そして、勉強と作法の時間が延々と続くようになる。
睡眠時間は極限まで削られ、もっと真剣に、もっと意識を高くと求められ、それは両親にも強く言われるようになる。
きつく言われることも増えたが、それでもステラは自分に関心を持ってもらえているのだと耐えた。
そんなある夜のこと、ステラの乳母であるシャーロットはステラを心配し、紅茶を入れると言った。
「ステラ様……最近、無理をしているのではないですか?」
「……シャーロット……えぇ、少しだけね、辛いわ」
シャーロットは幼い頃のようにステラの頭を優しく撫でた。
ずっと一緒にいてくれるシャーロットだったからこそ、ステラは素直に自分の気持ちを言うことが出来た。
「乳母はいつでもステラ様の味方です。ですから、辛くなったらいつでも乳母に行ってくださいませ」
「……うん」
どんなに辛い日々が続いても、もうあの穏やかな日常が帰ってこないとしても、それでも両親や兄が自分のことを見てくれて、期待してくれる。
それに辛くなったらシャーロットがいる。
そう思えば、耐えられた。
けれど、体は悲鳴を上げるもので、十歳のステラが十二歳になる頃にはかなりの疲労がたまってしまっていた。
ステラは倒れ、そしてついに両親と兄に泣きついた。
「……ごめんなさい……辛くて、少しだけ、少しだけ休ませてください。そしたらまた」
けれど次の瞬間、父に頬を打たれた。
「このグズが! お前は婚約者という立場にうぬぼれているのだ!」
「そんなことで第二王子の婚約者という立場が守れるとでも!?」
「ステラ、お前の頑張りが子爵家の評価にもつながるんだぞ! しっかりしてくれ」
ひりひりと痛む頬を押さえて、ステラはベッドの上から両親と兄を見上げた。
空気張りつめていた。そして、両親と兄の瞳はまるで冷ややかで、そこでやっとステラは気づいたのだ。
この人たちは、自分に期待しているのではない。
自分を愛しているのではない。
ただ、自分を利用し、駒として見ているのだと。
「だ、旦那様。お、お嬢様はもう限界でございます。どうか、どうか一日だけでもお休みを」
「うるさい! お前は使用人の分際でなんのつもりだ!」
「きゃぁぁ!」
「シャーロット!」
父に蹴られ、鞭で打たれるその姿にステラはベッドから落ちるようにしてそれでもシャーロットを庇った。
「お、お父様! ごめんなさい。わ、私頑張りますから! ですから、シャーロットをお許しください!」
「うるさい! ならばしっかりしろ! 」
「は、はい。申し訳ございません」
呻き声をあげるシャーロットを庇い、ステラは震えながらもうなずいた。
父はステラを睨みつけると言った。
「ステラ、お前はその使用人に甘えすぎている。 よってその使用人には暇を出す。ステラ、これはお前の責任だぞ」
「っ!?」
「お前が甘えたから、この女は仕事を失うのだ。荷物をまとめて出て行け」
「……は……はい。今まで……お世話になりました」
「ふん!」
両親と兄が出て行き、よろよろとシャーロットは顔を上げると、瞳からぽたぽたと涙を流しながらステラを抱きしめた。
「お嬢様申し訳ございません、私は、お嬢様をもうお守りすることが……できません」
ステラはシャーロットを抱きしめ返しながら、瞳から同じように涙を流す。
「ご・・ごめんなさい。私が、私が弱いから」
「お嬢様は悪くございません。どうか、どうかお元気で。私はいつでも、いつまでもお嬢様を思っておりますから……これを。十二歳の誕生日プレゼントにとお渡ししようと思っていたのですがどうか受け取って下さいませ」
それは銀色のペンダントであった。美しい装飾がされたもので、シャーロットが買うには高級なものだっただろう。
それをシャーロットはステラへと手渡した。
「……ありがとう。大切にするわ」
シャーロットの腕の中で、ステラは泣いた。
きっともう二度と会う事は出来ない。
ステラにできることは、シャーロットに少しでも金貨や宝石を手渡すことだけだった。シャーロットは受け取れないと言ったが、無理やりステラは押し付けた。
もう二度と会えない。
もうステラには甘える相手はいない。
「シャーロット、大好きよ。私のお母様は、シャーロットだわ」
「お嬢様!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめあった。
温かな体温とシャーロットの優しくて温かな香りをステラは忘れない。
シャーロットはその後すぐに屋敷から追いやられてしまい、ステラは見送ることさえできなかった。
「シャーロット……ごめんなさい……」
大好きな人との別れがこんなにも辛い物だとは、ステラは知らなかった。
そして、ただただ、涙を静かに流すことしか出来なかった。
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