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婚約破棄され捨てられた令嬢は、魔物の森で毛玉を洗う  作者: かのん


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二十一話 赤い月が昇る

 ヒューリーはにっこりとほほ笑むと騒がしくなり始めた外を無視して言った。


「ステラ。ステラのおかげで、力を取り戻せた。ふふっ。これで心置きなく動けるよ」


 ステラを抱き上げた状態でぴょんぴょんと飛び跳ね、身軽になったことを楽しそうにヒューリーは示す。


 ヒューリーにしがみつきながら、ステラはその楽しげな様子に笑ってしまう。


「ふふっ。大丈夫ですか?」


「ん? 体調なら大丈夫。ステラは気づいていないかもしれないけれど、ステラのおかげで、体調はすごくいいよ」


 ヒューリーはそう言うと、ステラの額にちゅっとキスを落とす。


 そしてすり寄るように頬をこすり合わせると、うっとりとした瞳でステラを抱きしめる。


「あぁ、本当に良かった」


 自分を恋しく思っているようなその瞳に、ステラは頬を赤らめると微笑みを返す。


「はい。ヒューリー様が迎えに来てくれたので、私も元気になりました」


 ステラの言葉にヒューリーはもう一度額にキスすると言った。


「あぁ、そんなに可愛いことをいわないでくれ。今すぐに食い殺してしまいたくなる」


 その時であった。


 扉が勢いよく開けられ、そこにはクリストファーとアスランの姿、その他の騎士達の姿がある。


 食い殺すという言葉が聞こえたのか、皆が目を丸くし、そして赤い瞳で笑うヒューリーをぞっとした瞳で睨みつける。


「聖女様を助けろ!」


「魔物を殺せ!」


 部屋の中へと騎士達がなだれ込み、ヒューリーはそれを見てくすりと笑うと、ステラを抱きかかえたままベランダの淵へとぴょんと乗り、言った。


「あぁ、ごきげんよう」


 楽しげなその声に、騎士達は剣を振り上げるが、ヒューリーが指をかざした途端、白い炎が弓矢となり、騎士達を吹き飛ばす。


 その光景にクリストファーとアスランは声を荒げた。


「聖女様を離せ!」


「その女は俺のものだ!」


 ヒューリーはその言葉にぴたりと動きを止めると、はっきりと言った。


「彼女は、僕のものだ。僕がいずれ食い殺す人であり、お前達のものではない」


 唸り声が響き、クリストファーとアスランはぞっとしたように顔を青ざめさせる。


 ヒューリーはすっと感情を消すと言った。


「ここは狭いなぁ。よし、上へ登って話をしようか。お前達も、上の広間へとおいで。いいものを見せてあげよう」


 まるで城の作りを知り尽くしているかのように、ヒューリーはそう言うと、ステラを抱きかかえたまま、ぴょんと飛び上がる。


 クリストファーやアスランたちは、騎士達を引きつれて、上の階にある、屋外の広間へと走った。


 何故、このように広い空間が城の上に、広間としてあるのか、王子達は知らない。


 けれど、ヒューリーは知っている。


 この広間は魔物と人が友好関係で会った時の名残である。


 それをヒューリーは思い返しながら、懐かしむように言った。


「ここからの景色は懐かしいなぁ」


「ヒューリー様? そうなのですか?」


「うん。以前はここで、人間と共に、空を飛んで遊んだりもしたんだよ」


「へぇ」


 時は戻らない。


 懐かしい時代はあった。


 仲の良い時代もあった。


 けれど、友好は絶たれ、二つの国は違う道を歩み始めたのだ。


 真っ赤な月が昇る。


 それはまるで地上を血で埋め尽くすかのように輝き、人々はその光景に恐れおののく。


 人々がなだれ込むように、広間へとたどり着く。


 国王や王妃も姿を見せ、騎士達は剣を構える。


 真っ赤な月を背景に、ヒューリーは言った。


「さぁ、魔物が来るぞ」


 絵本の物語が頭の中を駆け抜ける。


 あまりにも恐ろしく赤い月に、街では悲鳴があがり、人々は慌てて家の戸を閉め切る。


 息をひそめ、王国に語り継がれる絵本を、皆が想像する。


 まるで世界の終わりが来たかのように、ぞっとするような夜が訪れた。


「聖女様を離せ!」


 クリストファーの言葉に、ヒューリーはにっこりとほほ笑みを浮かべた。





 

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