二十話 ヒューリーとの再会
ステラは静かに、このままこの城にいて大丈夫だろうかという不安に駆られる。
先ほどの二人のやりとりは意味の分からないものであった。
アスランの様子も、クリストファーの様子も、どちちらにしても自分にとっては好ましいものでは無いと、ステラはため息をつくと、立ち上がりベランダの窓をあけた。
風が吹き抜け、カーテンを揺らす。
心地の良いはずの風さえも、自分がいる場所がガントーレ王国というだけで居心地が悪いものに感じる。
ここにいたくない。
逃げれるものであれば、今すぐにでも逃げてしまいたい。
灯りは消え、見えるのは星々と空に輝く月だけ。暗闇の中を駆け抜けていける力が自分にないことが悔やまれる。
「私は……何の力もない……」
自らの運命を切り開けるような力が欲しかった。
「自分で逃げることもできない……活路を見出すことができない……」
自分にできることと言えば、穢れを掃除することくらいで、自ら剣をふるうことも、この城から脱出することもできない。
そんな何もできない自分が歯がゆくて、ため息をつき、月を見上げた時であった。
「え?」
「きゅきゅきゅきゅきゅーーーーー!!!!!」
月の中に、黒い毛玉が見える。
一瞬ステラは自分が求めた幻が姿を現したのかと思い、目を見開いたまま動けなくなる。
しかし、それは幻ではなく、確かに落ちてくる。
ステラは手を伸ばした。
すとん、と自分の腕の中に落ちてきたその毛玉はとても柔らかく、ふわりとした感触が伝わってくる。
温かで、そして、もぞもぞと動く姿に、ステラは呼吸をするのすら忘れそうになる。
「ひゅ……ヒューリー様……?」
声が震える。
突然のことである。
何が起こっているのか、ステラには分からない。
けれど、胸の中に飛び込んできたヒューリーは、美しかった白い体が黒色へと変わろうとも、ステラに向かって、ステラを案じていたように、鳴いた。
「きゅきゅきゅきゅー????」
うるんだ瞳と目が合った。
ステラはその瞬間、感情が溢れ、ヒューリーを強く抱きしめる。
「ヒューリー様!」
涙が瞳いっぱいにぽたぽたと零れ落ちる。
その涙は七色に輝くと、空気を震えさせ、そしてヒューリーの体を美しい真っ白な毛並みへと変えていく。
金色の光が空へと舞い上がり、一瞬で穢れを祓う。
澄んだ魔力が全身へといきわたり、ヒューリーは毛玉の姿から人の姿へと変わると、腕の中にステラを抱き込んだ。
「ステラ……」
「……ヒューリー様……」
声が震える。
温かなその胸の中で、ステラは張りつめていた糸が切れ、涙をどんどんと溢れてくる。
会いたかったのだ。
ステラは、たとえヒューリーに食い殺されることになろうとも、ヒューリーに会いたかったのだ。
ステラには、はっきりと自分の気持ちが分かった。
「ヒューリー様。私、会いたかった……」
「ステラ……」
「貴方に、貴方に会いたかったの」
泣きながらしがみついてくるステラの体を、ヒューリーはしっかりと抱きしめ、そしてその額にキスを落とすと言った。
「うん。私も。ステラに会いたくて仕方なかった」
しっかりとお互いを抱きしめあい、ステラは温かに包まれていることに安堵した。
これほどまでに、安心できる場所は、ヒューリーの元以外にはない。
ステラはそう思う。
「ヒューリー様。私、魔物の国へと帰りたいです」
ヒューリーはその言葉に、嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。ステラが人間の国に残りたいと言ったら、どうしようかと思っていたんだ」
「まぁ! ふふ。そんなことは思いません。だって、私の居場所はヒューリー様の隣だもの」
嬉しそうにヒューリーは微笑むと、ステラを抱きあげた。
そしてくるりとステラは回すと、ヒューリーはにっこりと楽しげに言った。
「うん!それなら、私の隣にずっといてくれ」
「はい」
二人が楽しげに見つめあった時であった。
部屋の外が慌ただしくなったかと思うと、ステラは気づく。
先程までは美しく輝いていた月が、真っ赤に染まっていた。
燃えるように赤い月は、ヒューリーの瞳のようだった。
「え?」
ヒューリーはにっこりとほほ笑む。
「大切なモノを奪った人間には、ちゃんとけじめをつけさせなければね」
とても美しい微笑だなと、ステラは思った。
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