十九話 アスランの予想外の行動
その後、ステラは自分の気持ちを曲げることなく、国王や王妃、クリストファーはあの手この手を使ってステラの考えを変えようとしたが、無理なことであった。
ステラの決心は固い。故に、好条件を付けて引き込もうとしてくる国王たちの言葉に揺れることはない。
自室へと戻ったステラは、侍女達に下がってもらうと、部屋で一人、大きく息をついた。
静かな部屋に一人でいると、また一つため息が漏れる。
その時であった。外が何やら騒々しくなったかと思うと、部屋の扉がノックされアスランが平然と入ってきたのである。
その姿に、ステラはびくりと肩を震わせると、ベールを取っていなかったことに安堵しながらも立ち上がった。
「第二王子殿下、何かご用でしょうか」
すると、アスランはふんと鼻を鳴らすと私の目の前に来ると言った。
「お前、本当に聖女なのか?」
威圧的なその雰囲気に押されないようにステラはぐっと足を踏ん張ると、背筋を正して言った。
「召喚されたという意味ではそうなのでしょう」
「ふーん」
アスランはステラのことを上から下までじろりと見つめると、静かに言った。
「お前、この国にいるつもりはないって本当か?」
質問の意図は分からなかったけれど、ステラはうなずいた。
「はい。私はこの国には興味がありませんので」
自分の居場所はここではない。そうステラは思っていた。だからこその発言だったのだが、何が気に入ったのか、アスランはにこりと笑う。
「へぇ。王妃の座に興味はないのか?」
笑みを向けられて居心地の悪さを感じながら、ステラは返事を返す。
「ええ。私には不必要な座です」
「ははっ! 皆が欲しがるのになぁ」
「私には、不必要です」
「ふーん。俺の知っている女で、そんなことをいう女は初めてだな。皆、そればかりに目が行って、誰一人俺の事など見ようともしなかったしなぁ」
何を言いたいのだろうかと、ステラが首を傾げそうになった時であった。
アスランは躊躇うこと無く手を伸ばし、素早くステラのベールをはぎ取る。
突然の行動にステラが目を丸くしてアスランと視線が重なる。
アスランの瞳が見開かれ、そして顔が赤らんでいくのが見えた。
「……なんだ、これ」
アスランはそう呟き、ステラは顔を隠そうとしゃがみこむと、そのまま、心臓の音がどくりどくりと鳴るのを聞いた。
正体がばれた以上、自分はどうなるのだろうかとステラは戦々恐々としていたのだが、待ってみても、アスランから何も言われないことを疑問に思い、おずおずと顔を上げた。
すると、そこには、顔を真っ赤にしてこちらをじっと見つめるアスランの姿があった。
「……お、お前」
ステラはびくりと肩を震えさせるが、逃げてはダメだとアスランをじっと見つめ返した。
「俺のものになれ」
「……は?」
言われている意味が分からず、ステラが首を傾げた時であった。
外が慌ただしくなったかと思うと、部屋の中にクリストファーが入ってきて、私とアスランの間に入ると声を荒げた。
「アスラン。これはどういうことだ」
「兄上……っち、もう来たのか」
にらみ合う二人に、ステラは動揺しながらも、先ほどのアスランの言葉の意味が分からずに困惑するばかりである。
「聖女様に何の用だと聞いている」
クリストファーの言葉に、アスランはにやりと笑みを浮かべた。
「何だ。兄上。なるほどなぁ。その美しさだ。兄上が惚れないわけがないか」
「何だと?」
「けど、兄上。俺もその聖女が気に入った」
にやりとアスランは笑みを深めると、ステラに向かってひらひらと手を振った。
「聖女にだって選ぶ権利はある。いいだろう?」
「ふざけるな! お前にはすでに婚約者がいるだろう! 結婚式だって控えている!」
「そんなの、聖女が求めたとなれば、どうとでもできだろう?」
「何だと!?」
二人の怒鳴り声に、ステラは身をすくめながらも、目の前で行われている言葉のやり取りの審議を図ろうと、耳を澄ます。
けれど、どんなに耳を澄ませて話を聞いても、ステラには理解が追いつかない。
自分自身の顔を見たというのに、アスランは自分がステラだということに気が付いていないという現実に、ステラは驚きが隠せない。
確かに、目の色や髪の色は大きく変わった。
けれど、これまで長い時間過ごしてきたはずのアスランである。
まさかとは思ったが、アスランはステラに向けた事のない、柔らかな頬を赤らめた微笑を向けてくるのだ。
それにステラの鳥肌は一気に立つ。
「何を言っているのですか?」
思わずそう声をあげると、私へとアスランとクリストファーが視線を向けてくる。
私の声に驚いたような顔をしているが、私は立ち上がると言った。
「お二人の話の意図が分かりかねます。とにかく、一度出て行ってくださいませ」
私の言葉に二人がびくっと肩を震わせる。
「お話は、また改めて聞きます。どうぞ、お引き取りを」
静かに、震えないように私がそう言うと、二人は顔を歪めて、そしてお互いに私にばつが悪そうな表情を浮かべると、おずおずと部屋から出て行ったのであった。
私は大きく息を吐くと、今度こそ、ゆっくりとソファへと腰を下ろす。
「一体、何だったのかしら」
ステラは頭が痛くなるのを感じた。
全身から力が抜けて、疲れが一気に押し寄せてきたのであった。
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