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一話 捨てられた令嬢

本日二回目の投稿です!

 古い馬車はガタガタと音を立てながら大きく揺れる。


 作られてからかなりの年数経っているのであろう。揺れるだけでなく木板には隙間が空き、そこから外の冷たい風が吹いてくる。


 平民でもこれよりもましな馬車に乗るであろう。


 そんな馬車の荷台には、縄で両手両足を縛られそして目隠しをされた少女が転がされていた。


「もうすぐつく。大人しくしておけ」


 荷台には一人の年老いた男が乗り、少女に向かって大きくため息をつくと言った。


「可愛そうになぁ…だが助けてはやれん。俺達も自分の命が惜しいからな」


 少女の名前はステラという。


 ほんの数日前までは子爵家の令嬢であり、この国の第二王子の婚約者であった少女である。


 けれど今少女はすでに貴族ではなくただの平民となり、そして王族を傷つけようとした罪を着せられ、魔物の森へと生きたまま捨てられるという、恐ろしい刑に処されようとしていた。


 数日をかけて国の端の一番近い魔物の森の入口まで馬車で運ばれたステラは、担ぎ上げられるとドサリと地面へと下された。


 地面はぬかるんでおり、べちょりと泥が体に張り付く。


 年老いた男は、同行していた騎士の命令によって少女の縄を切り、目隠しを取った。


 騎士がゆっくりと口を開いた。


「お前は運がいい。俺もこの男も弱った女を痛めつける趣味はない。穢れることなく死ねることはせめてもの救いだろう」


 表情を動かすことなく、騎士は静かに淡々とステラに言った。


「お前のいる黒い地面から向こう側が魔物の森である。そして緑の草の生えるのがガントーレ王国だ。お前の両手を見て見ろ」


 騎士の言葉に、ステラは自分の両手を開いた。


 掌に焼き印が押されており、それは呪いの跡であった。


 赤黒いその呪いはじくじくと痛む。


「お前は魔物の森から出ることは許されない。魔物の森へと足を踏み入れた今、呪いは発動した。出れば死よりもむごい呪いが自身へと降りかかるだろう」


 告げられた言葉を、ゆっくりと理解するようにステラは頭の中で反芻すると、小さく頷いた。


 後ろに控えていた男は憐みの瞳をステラへと向ける。


 ステラは騎士と男へと視線を向ける。


 ステラにとってこの二人であったことは、騎士の言ったようにせめてもの救いであった。本来ならば無傷でこの場に捨てられるなどということはなかったであろう。


 ステラはボロボロになったワンピースの裾を持ち上げると、二人に向かって一礼した。


「お世話になりました」


 その言葉に、一瞬騎士の顔が歪む。そして、唇をかみしめるとステラへと言った。


「・・・・せめて最後は、安らかであらんことを」


 騎士はそう言うと背を向ける。男はステラへと頭を下げ騎士の後ろへと着いていく。それをステラは見送る。馬車がガタガタと揺れながら遠ざかっていくのを見送ったステラは、静かに魔物の森の方へと体を向けた。


 森の色そのものが違った。


 禍々しい気配の感じられるその森は、ステラの生きてきた世界とは全く異なるものである。


 一歩、また一歩と森の中へと足を進めていくとそれが顕著となっていく。


 木々の枝は黒々と墨のようであり、地面はぬかるんでおり、黒い泥がべっとりと足へとこびりつく。


 ステラは素足であり、足には切り傷がいくつもついている。


 その頬は青く痣が出来ており、白い肌だからこそ目立って見える。


 虫の音一つせず、聞こえるのは風によって揺れる木々の音だけ。それすらもぎぎぎぎっと不気味なものであり、ステラは足を止めると頬を撫でる冷たい風に、小さく息をついた。


 誰もいない森。


 そこで、ふと、ステラは気づく。


「そっか、もう誰もいないのだから、しゃべっても文句を言う人もいないのね」


 幼い頃のステラは快活で、よくしゃべる子どもだった。好奇心旺盛であり、不思議なことがあれば本で調べ、猫がいればその後を追いかけていく。


 お転婆であった。


 乳母であり侍女のシャーロットにはそれでよく叱られたものだ。


 けれどそれも遠い過去のことである。


 第二王子の婚約者に選ばれてからは、ステラから自由と言う物は失われ、第二王子の婚約者としての仮面を無理やりに貼り付けさせられた。


 勝手に話してはいけない。


 自分の好みの服は着てはいけない。


 化粧も決められたもの。


 飾りも、ドレスも、宝石も、全てが王子の好みに合うように。


 まるで人形のようであった。


 自分の意思は押さえつけられ、ステラという人間性は型にはめられ、生きているだけだった。


 贅沢だという者もいた。


 第二王子の婚約者に選ばれて不満を言うのは贅沢だと。幸せだろうと。


 けれども、一度もステラは第二王子の婚約者という立場を幸せだと思ったことはなかった。


 ただただ窮屈で、居心地の悪い、自分には不釣り合いの場所だった。


 それでも、家族が自分へと関心を向けてくれるのは、第二王子の婚約者であったから。それを失えば自分など何の感情もむけてはもらえない。


 だから頑張った。


 けれど、もう、第二王子の婚約者という窮屈な型は消え去ったのである。


「おしゃべり、いつから我慢していたかしら・・・」


「ふふふ。声がよく響くわ」


「私、本当に捨てられたのね。ふふ、汚い。足も体も、べたべたね」


 一人でぼそぼそと自由にしゃべりながら、ステラはこんなにも汚い恰好をするのは初めてだと、おかしくて笑みがこぼれた。


「まるで・・・・・ゴミみたい」


 自分で言って、言うのではなかったとステラはため息をついた。


 髪の毛は絡み、体は汚れ、喉はカラカラに乾いていた。


 思い出せば、胃の中には何も入っておらずぐぅぅと音が鳴る。けれど空腹という感覚は初めてで、ただただ気分が悪く感じた。


 後は魔物に食い殺されるだけだ。


 ゴミが魔物に食べられて少しでも役に立てるならば、それでもいいだろう。


 ふとステラは足を止めると辺りを見回して首を傾げた。


 魔物の森へと入ってだいぶ歩いてきたが、今の所一匹の魔物も姿を見せない。


「私・・・臭いのかしら。だから、食べに来ないのかしら」


 ステラはそれならばせめて最後くらいは綺麗にして、美味しく食べられようと水場を探すことにした。


 運のいいことに、水の流れる音がしばらく進んで行くと聞こえはじめ、そちらへとステラは足を向ける。


 ただ、着いた先にあった泉は墨を流し込んだように黒く、濁っていて、ここで体を洗っても綺麗にはならなさそうだなとステラは苦笑を浮かべた。


 ごぼごぼと音を立てて、水が浮き上がり、生き物の住めるような環境ではなかった。


 それを見ていたステラはふと気づく。


「魔物に食べられるよりも、水に沈む方が、苦しくないかしら」


 食い殺されるか、それとも自死を選ぶか。どちらがいいのだろうかとステラは悩む。


「あら、そう言えば、自分で選ぶのなんて久しぶりね」


 全て自分の物は用意され、自分はそれを文句を言わずに行うだけだった。洋服を着るのも、庭を散歩するのも、時間を区切られて、自分の役目を行うだけ。


 けれどここでは選べるのである。


 自分の意思で、選べるのである。


「そっか・・・私・・・もう・・・誰の命令にも従わなくていいのね。自分の好きにしていいんだわ」


 ステラは黒い水面に映る、自分の姿をじっと見る。


 哀れな姿であった。


 全ての命令に従った結果が今である。


「ふふ・・結局・・私は捨てられる運命だったのかしら・・・」


 何のために生きて来たのか。


 何のために他人の命令に従って来たのか。


 けれど、ここでは誰にも命令されることはない。


「そっか・・・もう、泣いても、誰にも怒られないんだわ」


 お前は第二王子殿下の婚約者なのだぞと怒鳴られることも、馬鹿にされることもない。


「泣いても・・・いいんだ」


 ポタポタと、自身の瞳から涙が溢れである。


 それはキラキラと光りながら、黒い泉へと落ちていく。


 泣くことすら許されなかったステラは、子どものように声を上げて泣いた。


 喉がカラカラになるまで、涙が止まるまで、幼子のように泣き叫び、そして泣き声はしだいに笑い声へと変わっていく。


「ふふ、ははっは! 私、もう怒られないのね。ふふ・・やだ、一人でおかしいわ」


 涙は少しずつ止り、そしてステラが涙をぬぐった時、目の前に広がる光景に、思わず息を飲んだ。


「・・・あら?」


 黒々としていた泉が、きらきらときらめき、美しい泉へと変わっていた。


 思わず水面を覗き込むと、水の中に虹色の魚が泳いでいるのが見えた。


「なんで? でも、綺麗ね」


 指で水を撫でると、少し冷たいが凍えるほどではなかった。


「ふふ。この水に身を沈めたらきっと気分がいいでしょうね。そうだ」


 ステラは一瞬迷うものの、あっさりと恥らう事無く汚れたワンピースを脱ぎ捨てた。


 胸元に隠し持っていた乳母シャーロットからのプレゼントのペンダントをそっと首へとかける。


 唯一持ってこれた自分の私物である。


 外で服を脱ぐなど、令嬢としてはあってはならないこと。けれど、ここは人の住めぬ土地。


 誰にも見られることはない。


 一糸まとわぬ姿でステラは背伸びをすると、覚悟を決めて、泉の中へと飛びこんだ。


 ただ、飛びこんでからステラは水面へと顔を出して笑った。


「ふふ。身を沈められるほど深くないのね」


 浅い泉だったのだなと、これでは身投げしようにもしきれないと笑い声を上げたのであった。


 そんなステラの姿を、森の中から赤い瞳が見つめている。


 そのことにステラは気が付かなかった。


 水を手の平ですくい上げ、それを見つめながら幼い日のことを思い出す。


「なんでこうなったのかしらね」


 目を閉じれば、昨日のことのように思い出す。


 第二王子の婚約者になった、人生で一番最悪な日のことを。



わぁ!ブクマがついている!!!

嬉しいです!(*'▽')

頑張ります!!

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