十八話 ステラの思い
次の日の朝、ステラは身支度を侍女に整えられると、純白の衣装を身に纏い、国王、王妃、そして第二王子のアスランとの面会の場へと指定された時間に案内された。会場は謁見の間として利用される一室であり、入った瞬間、冷ややかな視線を感じ、ぴりぴりとした空気感に体が震えないようにぐっと力を入れた。
顔にベールをかけているからこそ、あまり表情が見えなくて安心する。
「こちらが、今話をした聖女様です」
そこでふと、ステラは一度も名前を尋ねられたかったことに気付いた。
ずっと聖女様と呼ばれ、こちらの素性に関しては一切触れてこない。その理由についてステラはこの時知ることになる。
クリストファーはステラの横へと来ると、晴れ晴れとした表情で言った。
「召喚の儀式により、聖女様が現れた事は宰相であるアーロが証明いたします。聖女様が我が国に来て下さった以上、魔物の心配はありません」
ステラは久しぶりに見る国王や王妃、そしてアスランの姿に、心臓がばくばくと鳴っているのを感じていた。
背筋に嫌な汗をかき、出来るならば早くこの場から居なくなりたいと言う衝動に駆られる。
国王はゆっくりと口を開いた。
「聖女様、我が国へと来て下さりありがとうございます。今クリストファーより全ての説明を聞き終えたところです。突然の召喚、困惑されたかと思いますが、我が国の為にどうか力を貸していただきたい」
王妃も国王に同意するように頷く。
しかしアスランは眉間にぐっとしわを寄せると、突然立ち上がる。
「本当にこれが聖女だと? 父上も母上も信じるのですか?」
「アスラン。口を慎め」
クリストファーの低い声に、アスランはビクリと肩を震わせる。
二人の関係は、良好とは言い難いのだろう。
こちらの顔は見えていないはずなのだが、ステラは視線が交わったことで手が震える。その姿を見たクリストファーは、アスランの視線から守るようにステラの前へと立った。
「これより、国王陛下より聖女様の今後について話をする。座れ」
その言葉に、アスランは苛立った表情でどかりと椅子に座り直した。
クリストファーは柔らかな笑みをステラへと向けると、自分の隣の席へとステラを誘導し、そして席に着くと話を始めた。
そして、そこで初めてガントーレ王国の聖女召喚に関する内情を、ステラは知ることになる。
ガントーレ王国では聖女は、召喚した時に生まれるとされ、以前の名前や記憶に関しては、一切触れてはならない決まりらしい。
それを知った時、ステラはなるほどと、人間という生き物の醜さを見た。
それと同時に、不意に思い出す。
『聖女様は、誰が助けるの?』
幼い時に読んだ絵本。
幼い時に抱いた疑問。
それが、今、自分に帰って来る。
聖女とは国にとって、国を守ってくれる都合の良い存在である。故に、その聖女自体に人権はない。
国を守るのが聖女の役目。
だからこそ、召喚された聖女のこれまでの人生などはどうでもいいものなのである。
ステラは微笑を浮かべると、ただ静かに話を聞く。
まずは聖女の力を本当にはっきりできるのかについて。
そして国民にいつ聖女を紹介するか。
聖女の力をどう国民に知ら占めるか。
今後聖女はどこに住み、どこで生活をしていくのか。
そして当たり前のように、聖女はクリストファーの婚約者として力を示したのちにはなることが決定づけられる。
ステラただ一人だけ、蚊帳の外である。
静かにステラは、ぽつんとした感覚の中にいた。
そこで不意にステラは寂しいという感情が自分の中にあることに気が付いた。
この場所は大変居心地が悪く、居心地の良いヒューリーの元に帰りたい。そう自分が思っているということにステラは笑いそうになる。
目の前の人達は自分のことを今現在食い殺したいだなんて物騒なことは考えていないだろう。
いつも自分のことを食い殺してしまいたいと呟くヒューリー。
命の危険性に関しては絶対にこの場にいる方が安全に違いないのに、ステラはそれでもヒューリーの元に帰りたいと願っていた。
あの、温かでふわふわの毛玉をぎゅっと抱きしめたいし、ヒューリーに抱きしめられたい。
ステラはそう思い、ヒューリーの姿を思い出して、心が少しだけ軽くなる。そして、口に出さないことには、自分の未来は変えられないと、はっきりした口調で言った。
「申し訳ございませんが、私はこの国に留まるつもりはございません」
部屋の中に、ステラの真っ直ぐな声がよく響いた。
突然の言葉に、四人はステラを呆然と見つめる。
ステラは自分の思いをはっきりと伝える。
「私は魔物の国へと行きます。この国には留まりません」
聖女の言葉に、四人は気圧される。
クリストファーは眉間にすぐにしわを寄せ、国王と王妃は困ったような表情を浮かべる。
そしてアスランは、驚いたような表情を浮かべた。
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