十七話 人間という生き物の業の深さよ
ステラは静かに、そっとクリストファーの手から自身の手を引き抜くと、薄らと微笑を浮かべて言った。
「ありがたいお言葉ではありますが、私にはもったいないお言葉です。それに」
ふと、ステラは自身が続けようとした言葉に、はっとし、みるみるうちに頬を真っ赤に染め上げた。
その様子を見ていたクリストファーはその可愛らしい姿に目を奪われるが、続けてできた言葉に顔を歪めた。
「わ、私には、すでに一生を捧げる相手がいるのです」
自分自身の気持ちに、ステラは動揺しながらも、それでもはっきりと伝えておかなければとそう口にした。
「……今は、そうかもしれませんが、いずれ私のことを見てもらえるようにします」
「え?」
クリストファーは真剣な瞳でステラの手を握った。
「貴方を大切にします。貴方の心が変わるように、努力しますね」
「は? いえ、そうではなくて」
「聖女様。話は変わるのですが、今後のことについて少し話をしますね」
「え?……はい」
話をそらされたことにステラは、自分勝手だなと思いながらも、話を聞くほかない。
そして、もしもの時にはこの国から自分の力で逃げるしかないと頭の中で考える。
クリストファーが自分を王妃にしたいのは、自分の立場を盤石にするためであろう。公爵令嬢との結婚が無くなった今、彼には後ろ盾がない。
自分は利用されるためにここに呼びだされたのだとステラは考える。
それが分かっているからこそ、ステラは冷静にクリストファーの話を聞くことができた。
そしておおよそ、魔物から国を守った第一王子ということを民に知らしめて、聖女を王妃に据えることで王座を引き継ごうと考えているのであろう。
勝手に呼び出して、勝手に自分を利用しようとするクリストファーに、ステラは静かにやはり人と魔物は違うのだなと感じてしまう。
そして、人よりも魔物の方が心優しいのだからおかしなものであると苦笑を浮かべた。
ヒューリー達も、確かにステラの力を欲した。けれど、それは心からのお願いであり、ステラに強いるようなものではなかった。
毛玉達は皆、ステラの話を聞いてくれたし、仲良くしてくれた。
自分だけの考えを押し付けてくることもなかった。
「聖女様を明日、皆に紹介したいと考えております」
けれどクリストファーのその一言に、ステラはどうしたものかと考える。
クリストファーは気づかなかったが、アスランや国王や王妃は気づく可能性がある。絶対に気付くとは断言できないが、可能性があるならば出来るだけ顔を合わせるのは避けたい。
「人の目にさらされるのは、あまり好ましくはありません。ですので、会う時にはベールをかけてもかまいませんか?」
「え?……その美しい顔を見れば、皆が敬うと考えているので、出来れば顔を出していただきたいのですが」
美しい顔という言葉に、ステラは皮肉気に笑みを浮かべた。
そんなこと、生まれてから一度も言われたことはない。
むしろこの顔を見てがっかりするか、ステラだと気づかれれば怒りだす可能性すらある。
「顔を出すのであれば、顔合わせには参加いたしません」
ステラは、以前は捨てられたくない、必要とされたいという思いから他人の意見に否定的な言葉を返したことは多くない。
けれど、今のステラであればはっきりと言える。
ヒューリーは、今までいつだってステラの考えを否定することはなかった。だからこそ、ステラは自分の気持ちを言葉で言えるようになってきたのだ。
クリストファーはステラの言葉に少し考えると頷いた。
「そうですか。……わかりました」
「いいのですか?」
あっさりと了承されるとは思っていなかったステラは拍子抜けしたように小首をかしげる。
クリストファーはにこりと笑顔でうなずいた。
「ええ。私の弟が貴方に惚れてしまっては困りますしね」
「ふふ。そんなことは絶対にありえませんのに」
「いや、貴方を見ればきっとアスランは、貴方に惹かれるでしょう」
ステラは曖昧に笑みを浮かべてその言葉を流す。
とても心地の悪い言葉であった。
アスランにこれまで好感を抱いてもらおうと、必死であがいてきたステラである。そんなステラの努力は結局は報われることはなかった。
つまり、自分を見たところでアスランが惹かれることなど万が一もない。
それが分かっているからこそ、ステラは気分が落ち込んだ。
昔の自分がアスランに出会ったらすぐに顔を出してしまうのではないかと怖くなる。
もうステラは自分の意見を言えなかった頃には戻りたくはない。
「明日、皆に発表し、夜には舞踏会を開く予定です。聖女様には私のパートナーとして踊っていただきたいのですが、ダンスは踊れますか?」
突然の言葉に、ステラは何とも言えない表情を浮かべる。
踊れることは踊れるが、今までステラは基本的なファーストダンスしか公の場では踊ったことがない。
ガントーレ王国では舞踏会の最初、王族に連なる者がファーストダンスを婚約者と踊る仕来りがある。そのダンスは簡単でシンプルなものであり、あくまでも形式的なものである。
アスランはその他のダンスはステラとは踊ってくれなかった。
だからこそ、ステラはファーストダンスしか、踊ったことが無い。
「……あの、ベールを付けた状態で踊るのは難しいかと思います」
だからこそ、ステラはベールを言い訳にして踊れないことにしようと思ったのだが、クリストファーの瞳が輝く。
「ということは、ベールがなければ踊れるのですか? よければ、あの、一曲、踊ってもらえませんか?」
「え?」
その言葉にステラは目を丸くして、動きを止める。
うきうきと楽しそうに微笑むクリストファーは言った。
「あ、今日じゃなくていいのです。その、あの、聖女様とただ、一緒に踊りたいなぁと……」
照れたようにそう言ったクリストファーに、ステラは一体何を考えているのかが分からず困惑するが、宰相のロードがコホンと咳をつく。
それにクリストファーは静かにぽりぽりと頬を掻くと、言った。
「すみません。つい、私情を挟みました」
ステラは、兄弟でこうも違う物なのだなぁと、クリストファーを見つめながら何とも言えない気持ちを抱くのであった。
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