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婚約破棄され捨てられた令嬢は、魔物の森で毛玉を洗う  作者: かのん


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十六話 魔物が怒る時

 魔物を怒らせてはいけないよ。


 魔物は恐ろしい生き物だからね。


 魔物の大切なものには、絶対に手を出してはいけないよ。


 大切なものを奪われた時、地鳴りによって大地は震え、そして恐ろしい咆哮を聞くこととなるだろうからね。



 時は少しばかり戻る。


 目の前でステラが消えた瞬間、ヒューリーの表情からスッと感情が消える。


 表情豊かであったヒューリーはぴくりとも表情を動かさなくなると、ステラの届くことのない手をじっと見つめ、ぐっとこぶしを握り締める。


「ステラ……少しだけ待ってて」


 小さく呟かれた言葉が、部屋に響く。


 空気が一瞬で冷ややかなものに変わり、ステラがいなくなっただけで部屋は暗く陰る。


 ヒューリーの体の周りに白い炎が燃え上がる。


 じりじりと燃え上がるその白い炎は、部屋に燃え広がることはない。ただ、ヒューリーの怒りを表すかのように燃え上がり、そしてパチパチと火花を飛ばす。


 聖女の気配というものは独特なものであり、その気配が消える感覚と言うのは喪失感をもたらす。


 体から幸福が抜け落ちるかのような感覚。


 今まであった温かな何かが、ぽっかりと抜け落ち、心の中に大穴を開ける。


 それを感じるのは、ヒューリーばかりではない。


 魔物の森の至る所から、魔物の咆哮が上がり始めた。


 唸り声が響き、悲しむような声、怒り、憤り、そうしたものが交じり合う。


 混沌とした感情が、濁流のように渦巻、そして魔物の森の空には白い炎が燃え上がる。


「……聖女が連れ去られたか」


 虚ろなヒューリーの瞳と同じような色をした、国王レルドと王妃ミーラン。その後ろからは王城に務める執事や侍女達の姿もあり、赤い瞳が虚ろに輝く。


 魔物の森の穢れはほとんど取り除かれたものの、本来の力を皆が取り戻したわけではない。


 しかし、魔物は本来の力を取り戻していなくとも、それでも大切な者のためならば立ち上がる。


「ヒューリー。しばし待てよ」


 レルドの言葉に、ヒューリーは拳を握る。


 本来ならばすぐにでもヒューリーはガントーレ王国へと攻め入ることを考えるだろう。しかしそうなると被害がどれほどになるかは分からない。


 ステラは、人が傷つくことは好まないだろう。


 それが分かっているからこそ、ヒューリーは奥歯をぎりっと噛む。


「父上……」


 怒りが込み上げてくるのを感じながらも、ぐっとそれを飲みこむしかない現実が目の前に立ちふさがっている。


 人間とは身勝手なものである。


 一度手放したものを呼び戻すとは。


 ヒューリーは静かに言った。


「では、一足先に、私だけ単独で向かってもよろしいですか?」


 危険を冒すつもりはない。ただ、ステラをずっと一人きりにしてはおけるわけがない。


 今にもステラを奪い返しに、暴れ回ってやりたいが、ステラが悲しむことはしない。


「……あぁ。もちろんだ」


 レルドの声に、ヒューリーは頷いた。


 そしてヒューリーは一人魔物の国から旅立つ。王城の城から飛び出ると、魔物の森の境界線へと向かって一気に駆け抜けていく。


 境界線で、ヒューリーは足を止めると、その境目に手を伸ばす。


 出ようとすると、手が焼けるようにじりじりと黒く染まっていく。


「っく……」


 痛みが走る。


 未だに、森の外に出ることは容易ではない。けれどヒューリーは自身の体がまた黒く染まるのもいとわず、森との境界線にぐっと手を入れていく。


 空間に歪を生み、手が黒々と染まり、焼け焦げるようなそんな匂いがあたりを埋め尽くす。


「ステラ……大丈夫。すぐに迎えに行くから。せっかくだから、君からこっそりと抜き取っておいた呪いも、君を傷つけた人間に返さなきゃね」


 森の境界線をヒューリーは抜ける。ただし、そこからは人の姿は保てず、黒い毛玉の姿で飛び跳ねていく。


 レルドはそれを見送りながら、他の魔物達に指示を出していく。


 人間の国と争う事が目的ではない。目的はあくまでもステラを取り戻すことである。


 そうは思うものの、大切な人を奪われた今の魔物達にとって殺気を放つことは仕方のないことなのであった。


 小さな毛玉の魔物が本来の姿へと変わり、巨大に体を膨らませる。


 その大きさは人の家一軒よりも大きく、あの可愛らしい姿とは別物である。


 そして四肢をはやすと、その口を大きく開けた。


 尖った熾烈が並ぶその口から咆哮があがり、空に白い炎が打ち上げられる。


 夜の空がまるで昼間のように明るくなる。夜に浮かび上がる魔物の森は恐ろしく、空飛ぶ魔物がぎゃあぎゃあと煩い声をあげながら、集まり始めている。


 魔物達の瞳に炎が灯る。


 森の中に住まう魔物、理性のあるものも、理性のないものも、聖女を失った悲しみは同じであり、大切なものを奪われた時、魔物は一つとなって動いていく。


 大切なものを奪われた魔物は止まらない。


 大樹は風もないのに大きく揺れ、囂々と恐ろしい音を立てる。


 怒りが、空気へと広がっていく。


「さぁ、大切なものを取り戻すため、一丸となる時がきた」


 レルドはそう呟く。


 ステラが悲しまないように、各々に暴れさせはしない。


 全体の指揮をレルドがとり、一つにまとめていく。


 それを人が止めることが出来るのか。


 今は誰も知る由はない。



 





 


 

魔物を怒らせちゃダメですね。

よければ、ブクマや評価をつけていただけると、心から、喜ぶので、どうかよろしくお願いいたします。

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