十四話 聖女様
クリストファー・ルク・ガントーレは、目の前に現れた聖女の姿を一目見て、息を飲んだ。
ガントーレ王国は、めったに雪の降らない土地である。クリストファーが雪を初めて見たのは十歳の頃。そしてそれ以来雪は見ていなかった。
目の前に現れた聖女は、雪のように白く美しい髪と、滑らかな肌を持った少女であり、その瞳は空にかかる虹のように鮮やかな色をしていた。
第一王子であるクリストファーは様々な女性達を前にしたことがあるからこそ、女性に対して免疫があると自分では思っていた。
しかし、目の前にいる聖女は、今まで出会ってきた女性の誰とも違う雰囲気を放っている。
臆してはいけない。
クリストファーは、甘い微笑を浮かべると、優しい声に聞こえるように努めて声をかける。
「聖女様」
恐怖の色が見えるその表情を和らげるように、微笑を携えた。
「怖がらないで下さい。ここには、貴方を傷つける者はおりません」
再三にはなるが、再度そう声をかける。
事実、この場所には現在、クリストファーを守護する護衛騎士二人と国の宰相であるロード卿しかいない。
本来、聖女召喚の儀式といえば、かなり大がかりであり、王族も全員が出席するべきものである。しかし、クリストファーはこの儀式を秘密裏に計画し、宰相と実行に移したのである。
現在、クリストファーには頭の痛い問題がいくつかある。
だが、一番緊急を要するのはこの聖女の召喚であった。
「私を……今すぐに元の場所へと返して下さい」
鈴が鳴るように可愛らしい声であった。微かに震えていることから、聖女の緊張が伝わってくる。
けれど、どれだけ懇願されようとも、クリストファーには聖女を返してはやれない。
「とにかく、一度場所を変えましょう。聖女様、触れることをお許しください。失礼」
クリストファーはそう言って聖女を抱き上げる。
「!?」
その瞬間、春の温かな日のような風と、花の香りを感じ、心臓がトクンと脈打った。
自分が女性に恥らう日がくることになるとはと、クリストファーは思いながらも、聖女を連れて別室へと移動する。
クリストファーの腕の中で震える聖女を、優しくソファの上へと下すと、その前に跪き、クリストファーは言った。
「とにかく、まずは説明をさせて下さい」
混乱する聖女に、クリストファーは静かにガントーレ王国の現状について話し始めた。
「ガントーレ王国は現在、大きく分けて二つの問題を抱えています。一つ、王位継承者について。二つ、魔物の森の活性化。貴方様には、私達を助けていただきたいのです」
クリストファーはガントーレ王国の王位継承者が自分であること、しかし第二王子派が現れ始めたことで均衡が崩れ、立場が危ぶまれている事を伝えた。
「身勝手な願いは重々承知です。故に、絶対に貴方を傷つけることはいたしません」
そして、魔物の森についても、語っていく。
「今から約百年ほど昔、ガントーレ王国は禁忌を犯したのです」
その言葉に、聖女の顔が困惑した表情に変わる。
クリストファーはその表情を注意深く見つめながら言った。
「魔物の森、いや魔物の国をガントーレ王国は裏切り、その地に穢れを放った。それによって魔物は弱体化したものと思われます。しかし今、魔物の森は活性化し、国は力を取り戻そうとしています」
国の真実を知ったクリストファーは、宰相と共にどうにかガントーレ王国が生き残る術がないか思案し続けていた。
魔物が力を取り戻したならば、必ず報復があるはずである。
ガントーレ王国など、一瞬にして滅ぼされてしまう可能性もある。
それを聖女にクリストファーは伝えると、言った。
「聖女様。ガントーレ王国は豊かな人の国です。王族に罪はあれど、民には罪はない。……貴方は突然召喚され、酷く怖い思いをされているでしょう。ですが、貴方に縋るしか、道がなかったのです……争えば、魔物に人が勝てるはずがない。それは、昔の文献を見ても明らか……」
赤い瞳の持つ魔物には人の理など通じない。
魔物を怒らせれば、国は滅ぶしかない。それほどまでに魔物の力は強大であり、恐ろしいものなのだ。
魔物から国を救う事が出来るのは聖女のみ。どの文献を読み漁っても最終的にはそこに行きあたる。
クリストファー自身、目の前にいる美しい少女に頼るなどしたくはなかった。
男として、人として、突然召喚した聖女に全てを託すなど、したい行為ではない。
しかし、現状そうも言っていられなくなったのである。
「私の弟は、王の器ではありません。ですが、その弟は公爵家を味方につけ、私を蹴落とすつもりでいる。弟が王位を継げば、魔物に滅ぼされるのではなく、弟アスランに国を滅ぼされることになるでしょう。そしてそんなアスランが貴方を先に呼び出そうとした。ですから、急きょ、私は宰相と共に内々に貴方を召喚したのです」
そこまでじっと話を聞いていた聖女は、その言葉に顔を青ざめさせ、そして消え入るような声で小さく「ヒューリー様」と呟いた。
「ヒューリー?」
クリストファーが首を傾げた時、聖女はふらりと力なく倒れてしまった。それをクリストファーは抱き留め、小さく息を吐く。
倒れ、目を瞑る聖女は、まるで人ではなく妖精のようで、クリストファーは心を奪われる。
後ろに控えていた宰相であるロードは、静かにその様子にため息をついた。
「とにかく、アスラン殿下より先に聖女様を手に入れられたのは僥倖でしょう。時間がないのです。聖女様には今日はお休みになっていただき明日、また話をすることにしましょう」
「あぁ」
そう頷きながら、クリストファーは静かに倒れた聖女の髪を優しく指ですいた。
「美しい人だ……何故だか懐かしい気持ちがするのは……何故だろうか」
「はてさて、何故でしょうかな」
クリストファーの聖女にうっとりとするような姿にロードはそう言って肩をすくめた。
「いずれ貴方の妻となり、王妃となるお方です。大切にしてさしあげてください」
「もちろんだ」
髪に唇を落とし、クリストファーは愛おしげに聖女を見つめる。
しかし、その時、魔物の森の方角から恐ろしい声が響いて聞こえ始める。
クリストファーは騎士と宰相を引き連れて、窓の方へと赴く。
そしてその光景に唖然とした。
白い炎が、魔物の森から立ち上り、魔物が空を飛ぶ姿がかすかにだが見えるのだ。そして、恐ろしい声がここまで聞こえてくる。
「な……なんだ」
恐ろしいその光景に、皆が息をのんだ。
読んでくださる皆さまに感謝です。
ブクマ、評価、ありがとうございます!
こうやって読んでいただけると、また頑張ろうと思えます。(*^-^*)




