9.初めてがいっぱい。
その後、まだ少し肌寒い天気の中、私は待ち合わせの広場の噴水へ、パタパタと走って向かう。時間どおりに着いたつもりだったが、レオンはその前から待っていた。私の姿をみると、片手を上げて合図をしてくれた。
「あ、レオン。もう来ていたの?待たせちゃったかな、ごめんね。」
今日は、仮とはいえど彼氏と彼女だから、と、ごめんね、といいながら頭を横にコテンと傾けてみた。
「ん?ああ、まぁな。。。」
いつも強気で話かけてくるのに、なぜか下を向いて黙ってしまった。
そういえば、レオンの普段着を初めてみる。赤いシャツに細いボーダーの黒のジャケットと黒のパンツ、ちょっとやんちゃな雰囲気はあるが、いたってまともな姿をしていた。シンプルだけど、上質なものを選んでいるようだ。
赤い眼を隠すためか、薄い色のサングラスをしている。黒い短髪で赤色のピアスをつけたその姿は、ソルの騎士姿を見慣れた私には、新鮮に映った。
そして、レオンは私のワンピース姿を見て、つぶやいた。
「お前、今日は、その、制服じゃないんだな。-----その服、可愛いよ。」
耳を少し赤くしながら、最後の方は小声になって、私にしか聞こえない声で言った。普段の変態モードとは違って、別人のようだ。早くも仮彼氏らしく、振舞おうとしているみたいだ。
「えっと、その、ありがと。このワンピース、お気に入りだから・・・あと、レオンもかっこいいよ。」
「ん、いつも可愛いけど、今日は、すごく可愛い、かな。・・・よし。約束を守ったな、えらいぞ。」
私の返事を聞いて、少し気を持ち直したのか、ちょっと目を細めて、とろけるような視線で私を見つめてきた。仮カレ、仮カノ、こんなシチュエーションだからだろうか。なんていうか、レオンが甘い。
その甘い雰囲気にいたたまれなくなる。これまでの意地悪な態度と違うから、余計に甘く感じるのかもしれない。気が付くと、私も顔を赤くしていた。
これまで、身近な男の人といえばソルだった。ソルは従兄でもあるし、恋人というよりは、お兄ちゃん、と言った方が、しっくりくる。恋人、彼氏、そういった関係になるのは、仮だけどレオンがはじめてなのかも・・・。
しばらくするとレオンは向きを変え、アイリスの手を握ってスタスタと歩き始めた。帝国の皇子と、旧王国の姫の二人が、護衛もつけずに街の中を歩けるのは、一人は魔術に長け、もう一人は妖銃使いという稀有な力を持つためだった。
アイリスの方は、そもそも護衛に守ってもらうほどの価値が自分にあるとは思っていない。姫といっても、亡国の姫で、領地も少ない名ばかりの公爵令嬢だからだ。
「レオン、今日はどこに行く?私、卒業して離れ離れになるかもしれないから、エリーゼにプレゼントとか、選びたいなぁって、思っているけど。」
「ん、いいよ。―――今日はお前のわがまま、全部聞いてやるよ。」
レオンはつないでいた手を、一度はずし、今度は指と指をからめる、いわゆる恋人つなぎにした。慣れない私は、私よりも頭一つ分は背の高いレオンに向かって、下から見つめた。
「レオン、このつなぎ方、私、初めて。」
「ん。俺もだ。」
答えるレオンも、さっきから耳の後ろがちょっと赤い。有無を言わせず手をつないでくるところは俺様なくせに、恋人つなぎははじめて、と素直に答えるところが同級生らしくて、さっきから私はドキドキが止まらなくなっている。
ソルと街を歩く時とは、感じたことのない感情。今日は、初めてがいっぱいだ。
「まずは、アクセサリー・ショップかな。」
市場の中でも、ちょっとした高級品も扱うアクセサリー・ショップに入る。自分のつけるアクセサリーも選ぼうかと思って宝石類のコーナーに行くと、レオンも一緒に来た。
「気に入ったものがあれば、遠慮なく言えよ。今日、俺はお前の彼氏だろ。普段は何もつけていないけど、お前には綺麗な石が似合うよ。―――お前も綺麗だからな。」
おーい!どうしたこの変態皇子!と、心の中で叫んだ私は、砂糖菓子のような甘さにしびれていた。
「えぇぇぇぇ、えっと、じゃあ、これとかどうかな。」
目についた紫のアメジストの指輪を選ぼうとして、やっぱり指輪は意味深すぎると、手をひっこめた。指輪は、婚約式で交換するアクセサリーの代表でもある。
「アメジストか、まぁ、妥当な石かな」
そういうと、レオンは紫色の石のピアスを見つけた。サッと支払いをすませると、その石をギュッとにぎり、『サーチ』とつぶやいた。
「ホレ、お前、危なっかしくて目が離せないから、探査機能をつけておいた。」
と、サラッと高等魔術を披露すると、買ったばかりのピアスを一つ、私の耳につけた。今日は何もつけていないピアスホールに、一つだけ、紫色のピアスをはめた。
「え、片方だけ?私、両方にピアスホールあるよ。」
レオンはそれには答えず、自分についている赤色のピアスの一つを外し、紫のピアスを自分の片耳につけた。そして、外した赤色のピアスを私の空いている方の耳に、つけた。
「この赤のルビーには、かなり強い防御魔法が付与してある。外すなよ。」
赤と紫、ルビーとアメジスト。まるでお互いの目の色のピアスをつけると、本当の恋人どうしになったような感覚に襲われる。今日のレオンは、いったいどうしたのだろうか。すごすぎる。
「その防御魔法も、レオンが付与したの?」
「ん、まぁな。強力になるように、こいつは何回かに分けて、層を厚くしてある。」
「魔術って、ほんと役に立つよねぇ。私の妖力なんて、ちょっとした意地悪しかできないし。」
「そうか?このピアスみたいに、1回分を石に付与とかできれば面白いよな~。」
考えたこともなかった。妖力自体は、たいして役に立たないものと思っていたが、確かに発想を変えてみると面白いのかもしれない。
「そうね、恋する女の子とかなら、好きな人の前で帽子が飛んで、受け取ってもらう、みたいなシチュエーションとか、いいかもね。」
「そうそう!妖力だって、意外な需要があるかもしれねぇだろ。」
「そうねぇ、貴石に付与、はしたことないけど、今度ためしてみようかな・・・」
レオンといると、おしゃべりしているだけで、ワクワクするような、くすぐったいような感情が出てくる。楽しい時間が、もっと続いてほしい、そう私は思っていた。それが、何を意味するのかは、まだ気づかなかった。




