46.フォートレイ辺境伯領
私たちは、レオンにあたえられた、南西にあるフォートレイ辺境伯領に移った。そこは美しい山脈と、牧歌的な風景の広がる大地だった。冬は短くて、夏が長い。だが湿気も少ない気候のためか、過ごしやすい夏だ。
「とても豊かな大地なのね。農業が主な産業なのよね。」
「ああ、人々ものんびりしている。ただ、農業以外にこれといった産業がないから、若者の雇用先がないのが課題だな。さらに、辺境だから隣国との国境もある。今のところ、お互いに争う気配はないが、帝国も気まぐれだからな。」
レオンは、すでに領主の顔をしていた。領民は、彼が皇子であることから、帝国の中央との繋がりが強まることを、期待しているのだろう。皇帝の、レオンへの接し方を見ると、あまり期待されてもなぁ、と思われる。
まぁ、私たちは、私たちのできることをして行かなくては。
そんなことを考えていたら、私たちを乗せた馬車が、ガタガタっと、突然止まった。
「どうした?」
「旦那様、申し訳ありません。その、子どもが飛び出してきまして。」
「えっ?子ども?」
私はとっさに、馬に踏まれてしまっていないか、心配になって外にでてみることにした。外には、小さくなってうずくまっている、女の子がいた。
「ケガはなかったの?」
「・・・はい、ごめんなさい。」
女の子は、震えながら答えた。どうやら、ケガはなかったようだ。
「どうして、馬車の前に飛び出したの?危ないのは、わかるわね。」
利発そうな子だ。そんな子が、どうして危険なことを自らしたのだろうか。
「はい。・・・貴族様の馬車だったので、お願いがしたくて。ごめんなさい。」
「話って。なあに?」
「はい。私のお母さん、病気で寝ているのだけど、村のお医者様は、もう助からないって。だから、都会から来る貴族様なら、お医者様を知っていると思って。」
少女は、全財産だという、金貨を一枚と、銀貨を3枚、手に持っていた。
「レオン、少し気になるから、この子の家に行ってみたいのだけど、いい?」
「アイリス。―――長居はできないけど、訪ねてみようか。」
そう言って、二人でその女の子、フォーリスの子の家を訪ねた。そこには、寝台に横になって寝ている、母親と思われる人が、休んでいた。家のつくりは、中流家庭のようだ。清潔な家だった。
「領主様が訪ねてくださるなど、申し訳ありません。」
女の子の父親が、しきりに謝ってきた。私たちは、その子の母親の様子を見せて欲しいと説明し、寝室に案内してもらう。
「レオン、久しぶりに、スキャンしてみてもいい?」
「そうだな、それが一番かもな。」
レオンと魔力共有している私は、彼の魔力を借りることにした。
『スキャン』
私を両手をかざして、寝ている母親の全身をチェックしてみる。どうやら、右胸のところに、黒い塊が見えた。直接さわってみると、硬いしこりがあることがわかった。
「しこりがあるから、呪いの類ではないと思うけど。この黒い塊が、悪さしていると思うわ。」
この程度の大きさであれば、多分、そんな時間はかからない。私は妖銃アレンを取り出すと、麻酔を打つことを説明した。
「しばらく、眠ってもらいます。万一痛みを感じた時に、動いてしまうと、狙いが外れてしまうので。」
納得してもらい、銃口を母親のおなかに当てる。それを見たフォーリスは、震えていた。
「大丈夫、これは、ただの銃ではなくて、妖銃だから。いろいろなことができるのよ。今から、お母さんには眠って欲しいから、麻酔弾を撃ちます。それから、お母さんに悪さをしている、黒い塊を、砕くのよ。」
以前、ララクライン嬢の呪いを解いた時のことを思い出す。あの手順でいけば、多分、大丈夫。
私は妖銃を構えなおし、お腹に麻酔弾を撃つ。そして、麻酔が効き始めたことを確認してから、今度はアレンに妖魔煙を充填するため、妖力と魔力を組み合わせる。
「ふぅー、久しぶりだけど、頑張ろうね、アレン。」
私は結局、2発、妖魔煙を撃ち、胸にあった黒い塊を消滅させた。
『スキャン』
身体の中を、もう一度確認する。よし、大丈夫。黒い塊は何も残っていない。
「もう、大丈夫と思うわ。お母さんが麻酔から目が覚めたら、身体を暖かくしてあげて。食べ物は、スープから始めてね。」
一通り説明すると、フォーリスと、その父親は大粒の涙を流していた。
「奥様、奥様はお医者様だったのですね!」
フォーリスは、感動して私を医者と呼んだ。でも、その言葉にびっくりしたのは、私の方だった。
「え?お医者様?違うわ、私はただの妖銃使いよ。」
「アイリス、お前のやっていることは、医療に近い。前回は呪いだったから、そんなこともあるのかと思ったが、今回の黒い塊は、多分、腫瘍だろう。その腫瘍を完全にとっちまったんだ。お医者様と言われても、仕方ない。」
「へ?私が医者?」
「ああ、医者だ。」
レオンも感心したように、呟いた。どうやら私は、妖銃アレンを、これまでとは違う方向に開発してしまったらしい。人を殺めるものであった妖銃が、人を生かすための銃になった。
その後、私は医師免許を取り、「医療妖銃使い」となった。身体を切ることなく腫瘍を取り除く外科医として、その名が帝国の内外に知られることになる。ドクター・アイリスの誕生であった。
次で完結します。




