3.サルベニア王国の終焉と、妖銃との出会い
私の相棒の妖銃アレン。その出会いは衝撃的で、その強さは圧倒的であった。
私の生まれた国、サルベニア王国はもうない。西の大国、サザン帝国に滅ぼされた。
王国の終焉は10年前、それは私が8歳の時、突然訪れた。サザン帝国が、一方的に侵略してきたのだ。300年も続く農耕を主な産業としていた私の王国は、平和そのものであった。
その平和が、ある日突然脅かされることになるとは、誰も想像していなかった。何の兆候もなく、帝国は開戦を宣告した。
「なぜだ、帝国は我々と不可侵の条約を結んでいたではないか。今更、こんな小さな国を侵略せずとも、広大な領地があるだろ。我が国には、目立った資源もなければ、領土も狭い。」
それは帝国の気まぐれだったのかもしれない。実際、開戦したといっても国境沿いの砦以外では目立った戦闘もなく、圧倒的な兵力の差で私の国はすぐに追い詰められていった。
常に大国として周辺国と緊張感を持つ帝国の兵士と、平和ボケしている王国の兵士では、数も質も負けていた。
そして、王国の中心であるサルビア宮殿が、帝国軍に囲まれて陥落されようとしていた。
「王弟殿下、アイリス様をお連れして、スイレン宮へお逃げください。まもなく敵の帝国軍が、この王宮に到達すると思われます。」
当時、サルビア宮殿には王家に連なる人たちが、集まっていた。王様の弟である父も、私を連れてサルビア宮殿にいた。宮殿を囲むように帝国軍が、すぐそこに到達していた。
敗戦することは、目に見えていた。その日は新月の夜で、漆黒の闇が訪れようとしていた。
それでも当時の宰相をはじめ、王国はどれだけ帝国と交渉できるのか、探っていた。そして、王のスペアでもある父とその家族である私を、王の息子の王太子と一緒に逃がそうとしていた。父は、宰相に言った。
「宰相、例えスイレン宮に逃れようと、帝国からは逃れられない。ただ、この小さなアイリスの命は、ここで消したくはない。ソルディーエル王子、君のプリンセスのアイリスを連れて、生き延びるんだ。君たちには、私たちとは違った未来がある。」
「父さま、アイリスも父さまと一緒にいます。アイリスはサルベニア王国と運命を共にします。」
「アイリス、君にはスイレン宮がある。スイレン宮に行きなさい。あそこは、おばあ様の残した美しいスイレンの花があるからね。君も、スイレンのように美しい紫の目をしているのだから、大きくなって、ソルディーエル王子の花となりなさい。」
父は、私と王太子に、王国の行先を委ねるように話した。その目は落ち着いていて、優しかった。
「アイリス、行こう。僕が守るよ。」
当時10歳のソルディーエル王子は、彼自身も恐ろしかったと思うが、懸命に私を守ろうとしていた。
深い湖のように濃い青の瞳に、王家特有の白の入る銀髪を持つ王子は、幼いながらも聡明さを持ち、将来を待望されていた。
見目麗しい容姿を持つその人は、私の婚約者でもあったが、従兄という関係でもあったので、私はいつも兄さま、と呼んでいた。
「でもソル兄さま、私、このスイレン宮を離れてはいけないと思うの。王国の運命を、私たちも見ないといけないと思うの。怖いけど。それに、誰かが呼んでいるような気がする。」
幼いながらも、私は王家に連なる者としての責任を感じていた。それだけでなく、私にその場に留まるように導く声が、聞こえたように思う。出会わなくてはいけない何かと。このサルビア宮で。
「アイリス、ここは危険だよ。今は早く行こう。」
「まって、まだ、誰かが呼んでいる。」
王宮にいた私たちは、突然、帝国軍の司令官の声が聞こえてきた。
「サルビア宮殿の中にいる人は、すぐに退出するように。この宮殿は既に、我がサザン帝国が包囲した。あと1刻の後、この宮殿は崩れることとなる。退出した者は、帝国が保護を与える。」
頭の中に響くその声は、魔術で拡声されたものであった。宮殿中の人に声が届く魔術を展開できる。それ自身が、帝国の強さを証明していた。
サルベニア国王は、力の差を感じ、宮殿の中にいる全ての者に、すぐに退出するよう命令した。
王宮にいた者が退出した1刻後、園庭にいた私は運命をその目で見ることになる。私はその光景を今も忘れない。
王国の終焉を象徴するように、サルビア宮が一瞬にして燃えたのだ。
サルビアの花のごとく、赤々と燃えるその様は、人々の心に敗戦という文字を刻み付けた。
ただ、私にとっての運命といえる光景は、他の人とはちょっと違っていた。王宮を焼いたのは、一つの妖銃であった。火を噴く銃は、禍々しくもあり、神々しくもあった。
その銃を持っていたのは、当時、帝国一の妖銃使いだった。私は妖銃に、そしてその妖銃使いに心を奪われたのだ。
燃え盛る王宮を背に、妖銃使いのサボは帝国の兵士とは違い、緋色のロングコートを来ていた。毛先がくるっとカールした金髪は炎の色を反射し、赤く染まっているように見えた。
その手には、両手で抱えるほどの大きさで、銃身を赤くした妖銃があった。
王宮から人が粗方逃げ出たタイミングで、サボはそのトリガーを引いた。轟音とともに、赤々とした炎が鳥のように、演舞し、サルビア宮を焼いた。
王国の終焉に涙する者たちの中、私は一人、初めてみる妖銃を見つめていた。この力が欲しい。この妖銃を、妖銃使いを私のものとしたい。
当時、既に妖力と魔力の二つの力を持っていた私であれば、妖銃を使うことができるかもしれない。
でも、使い方も、妖銃を手に入れる方法もわからない。私は王国にとって敵でもある妖銃使いを探した。
「アイリス、待って。まだ帝国軍が大勢いる。僕から離れないで。」
「ソル兄さま、私、行かないと。あの妖銃使いに会いたい。私も妖銃を使えるようになりたい。」
「今は、生き延びることを考えないと。これから僕たち王族がどうなるか、わからない。帝国の気まぐれで、僕たちの命も消されるかもしれない。でもアイリス、どんな境遇となっても、生きるんだ。僕も、君を守れるように鍛えるよ。」
思えばこれが、ソル兄さまのその後を方向付けたのかもしれない。
彼はその後、魔力ではなく、筋力を鍛えるべく騎士団に所属することになった。そして私を守るべく、常に傍らにいるようになった。
敗戦した国は、領土の大半を帝国支配とされ、重税が課された。王制は廃止され、主だった貴族は領土を失い、平民となった。
それでも、主要な貴族は帝国から派遣された領主の行政組織の一部となって、細々と生き残っている。私の父も、敗戦後の王国民を守るため、生き残る選択をした。
ただ、ソル兄さまの父である国王は、敗戦の責任をとり自らの命を絶った。
幸いなことに、王家の血筋が全て断絶とはならなかった。帝国は、人民の不必要な反発を恐れている。戦に負けても、人々は覚えている。自分たちの王を。王国を。
私の父は、命を絶った王の弟だった。もし、歴史がほんの少し変わっていたら、私は王女として生きていたのかもしれない。
王国がそのまま存続していたら、私は婚約者であるソル兄さまと結婚し、後に王妃となっていたのだろう。帝国の気まぐれは、誰も予期しなかった方向へ、私の運命を変えた。




