24.ギューエ公爵のことば
アイリスにとって、父親と話すことは少し緊張することでもあった。
学園に入学できる年齢になってすぐに、アイリスは公爵家を出て、学生寮に入った為、単純に父親との接点が少なくなっていた。また、妖銃使いになることも、危険だからと反対されていた。
だが、『赤の日』の結果は、きちんと伝えなければいけない。母親を早くに亡くしているアイリスにとって、家族は父親だけであった。
「父さま。アイリスです。よろしいでしょうか。」
久しぶりに公爵家に帰ったアイリスは、父の書斎に入った。
「アイリス。聞いたよ。―――レオンハルト皇子だそうだね。」
父は、ため息をついていた。ーーー私とソルが夫婦になって、この地に残ることを希望していたことを、アイリスは知っていた。
「はい、婚約相手はラインハルト皇子です。2週間後に、婚約式となります。」
「君は・・・それでいいのか?」
最近、父と会話が少なくなっていたアイリスは、緊張していたため、返事をするまでに間が開いてしまった。
「―――はい。レオンと婚約します。」
「そうか。」
表情を変えないまま、ギューエ公爵は、おもむろにワインボトルを取り出した。
「このワインは・・・君が生まれた年のものだ。もう成人したのだから、これは飲めるかな。そうだね、君の婚約者を招いて、一緒にいただこうか。アイリス、これは君のお母さんが、用意したものだよ。」
「父さま・・・ありがとう。レオンなら、明日挨拶に来たいと言っていました。」
「明日か、ずいぶんと早いな。はは、私も覚悟を決める時ということか。しかし、アイリスがレオンハルト皇子と婚約となると、王制復古派が黙っていないかもしれないな。」
「王制復古派?それは、ただの王族ファンとは違うの?」
ふと、エリーゼの顔が浮かぶ。彼女は根っからの王族ファンだが、政治的な面での復活を望むような感じではなかった。
「王制復古派は、もう少し根が深いものだよ。帝国にしてみたら、反乱分子とも捉えられかねない。まだ、そこまでの力もないが、ソルディーエル王子の結婚で、力をつけつつある感じかな。」
本当に、そうした動きがあるとしたら。帝国が、目をつけないわけがない。
「父さま、その話は、もしかしたら私の婚約相手と関係があるのかしら。」
「そうだね、ソルディーエル王子とお前が婚約となれば、復古派は間違いなく支持を広げていただろうな。」
二人とも、静かに目を伏せる。私とレオンの婚約は、帝国にとっても必然であったのだ。
「しかし、帝国の皇子が、義理とはいえ息子となるのか。―――ウウッ」
耐え難い感情が、父を襲う。彼はアイリスから顔を背けた。父にとって、帝国は王国を滅ぼした、未だ敵であった。
「父さま・・・」
父の望む相手、ソルディーエル王子との婚約を望めば良かったのだろうか。だが、アイリスは、レオンが自分に選ばれた相手であることが、嬉しかったのだ。この感情を知ったからには、サボを選ぶことも、できないだろう。
「すまない、アイリス。・・・王制復古派の動きは、私も注意しておこう。」
「はい、お願いします。婚約式の準備は進めておきますね。」
父の苦悩がわからなくもないが、一方で、なぜ父や、王制復古派は過去に囚われて生きているのだろうか。
もう、サルベニア王国は滅んでしまったのだ。
ソルディーエルは、王太子でも、王でもない。アイリスも、サザン帝国で生きている年齢の方が長く、教育の機会を与えてくれたのは、帝国だ。
アイリスは自分の部屋に戻ると、父に伝えるべきことを、まずは伝えることができて良かったと、ホッとした。ただ、ソルの最後の言葉が気になってきた。
「何があっても、私を信じて待つように。」
と言っていた。ソルは、この結果をもしかしたら、事前に知っていたのだろうか。だから、あれだけ拘ってきた私が、ソルの婚約相手ではなかったのに、冷静にララクライン嬢の手を取ることができたのかもしれない。
何か、嫌なことが起こらなければいいのだけど。父の話していた、王制復古派のことも気になるし。
やはり、ソルに会っておけば良かった。と、少し後悔をしたが、2週間後の婚約式に向けての準備に、気持ちが向き始めていた。
『赤の日』の夜は、こうして更けていった。
しかしその後、私たちの予想をはるかに超えた事件が、起きようとしていた。




