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21.運命の赤の日

『赤の日』となった。


雲一つない晴れ渡る空を見て、自分の心の雲も、今日で取り払われ、晴れるだろうか。そんなことを考えながら、学園の卒業式に出席したアイリスは、友人との別れを惜しんでいた。遠くにレオンの姿を見つけたが、お互い会話することはなかった。


そして婚約者の発表の場となる夜会へ出席するため、午後はドレスを着る準備をした。


 今日は、髪の色に合わせた赤の強い桃色のドレスを選んでいた。裾に向かってグラデーションが入り、つま先周辺は薄い桃色となっていた。普段は制服に隠れている、胸のふくらみも腰の細さもはっきりとわかる、立体感のあるドレスだった。


 首にはソウから贈られていた、サファイアのペンダントトップに、銀の鎖のネックレスをつけていた。それはソウの紺碧の瞳と、輝く銀髪を思い起こさせた。


ただ、ピアスはそのままだった。自分の瞳の色の紫と、レオンの瞳の色の赤。お揃いでつけていることは、誰にも知られていない。


 サボからは、香水が贈られていた。「白く滑らかな全身に、僕の香りを着てほしい」とメッセージがついていた。普段からサボが使っているものと同じなのか、その香りはあの日の朝を思い起こさせた。


 「ふぅ、こんな感じかな。」


 夜会用のドレスを着て、化粧するのは久しぶりだった。特に最近は、妖銃の訓練のため、魔窟の森に入りびたっていたため、手袋やドレスの下は、生傷だらけであった。


顔周辺は傷が残らないように気を付けていたが、首元には、ドレスで見え隠れするギリギリの所に、サボが残したキスマークが、白い肌の上に赤く散っていた。


 『赤の日』の、婚約相手の発表は夜会の終盤である。今日の発表の2週間後に、全てのカップルの合同婚約式となる。そこで初めて、相手が公にされ、結婚への準備が始まる。


 婚約式までの2週間は、一般的には両親や、親族の挨拶と準備期間とされている。


「アイリス様。今日も輝くように美しいですわ。さすが、スイレン姫の名の通りですわね。」


 侯爵令嬢のエリーゼが、話しかけてきた。彼女も、今日は婚約者を知る日である。


「エリーゼも、すっごく素敵よ。きっと、相手の方に気に入ってもらえるわよ。」


 今日、女性が着飾るのは、将来のパートナーの印象を良くしたい、ということが主な目的だった。


「私、赤の日の名前の由来を、聞いて驚きました。アイリス様はご存じでしたか?」


「え?赤の日の赤は、帝国のシンボルカラーだからではなくて?」


「表向きはそうですが、やはり裏の意味があるそうですよ。以前は、発表の直後に合同結婚式を設けていたらしく、その夜、すぐに初夜を迎えるカップルもいたそうです。それで、処女の血を散らすから、赤、とか。」


「それは・・・言葉にならないわね。」


「まだありますの。想いあっていた者が引き離された場合、自ら命を絶つ者もいたそうです。ある者は、帝国への抵抗の意味を込めて、自ら剣を胸に突き刺したとか。その時流れた血の色から、赤、とか。」


「エリーゼ、それは恐ろしい話ね。」


「ええ、ですから今日は、この会場に騎士団が派遣され、厳重に守られているようですね。」


 確かに、普段の夜会とは違って、警備をする騎士が多いとは思っていたが、そんな意味もあるなんて。望まぬ相手をあてがわれ、将来に絶望した若者が、愚かな行動を起こさないようにする為とはいえ、物々しい。


 今日の会場で、久しぶりにソルと会った。ソルは瞳に合わせた濃い青に、銀の刺繍の入ったフロックコートを纏っている。元王族らしく、立っているだけで周囲を圧倒する雰囲気を醸し出していた。


「アイリス、今夜は月から抜け出してきた女神のようだね。本当に、これほどまでに美しく成長するなんて。」


「ソル、ありがとう。相変わらず素敵ね。」


「・・・しばらくアイリスに会える時間が持てず、すまなかった。寂しくなかったかい?」


「私も、妖銃の訓練に明け暮れていたから、大丈夫よ。」


 婚約者の発表まで、会場ではダンスを踊るものもいれば、歓談を楽しむ姿もあった。さすがに今日は踊る気になれなかった私は、壁を背にして佇んでいた。レオンの姿を探したが、帝国の皇族はまだ会場にいないようだ。


 今夜、私の相手がソルとなれば、もうレオンと話をする機会はない。レオンは帝国の皇子だから、こことは違う遠方の領地を与えられ、今夜発表される婚約者を連れて、領主として暮らしていくのだろう。


現皇帝には8人の妻と、23人もの子どもがいた。継承権の第3位以下の皇子、皇女は、学齢期になると帝都から遠方の領主に預けられ、教育を受ける。その後、赤の日に将来の伴侶をあてがわれ、帝都と離れた領地に派遣されることが多い。


レオンはどこに領地が与えられるのかな。そのくらいは、聞いてもいいのかな。でも、何と話しかければいいのだろう。私が言葉を探していると、周囲の人が少し騒然としてきた。どうやら、領主とともに、帝国の皇族が入場したようだ。


 そこには、レオンハルト皇子と共に、意外な人物―――帝国のララクライン・リード公爵令嬢が一緒にいた。


 彼女は確か、帝国の南に位置する、広大な領地を持つ公爵の一人娘と聞いたことがある。皇帝の遠戚にもあたる、帝国内でも力を持つ貴族の、一人娘だ。レオンと同じ年齢なので、今年が『赤の日』に参加する年となる。帝国は広い。今日の『赤の日』も、地方ごとに開催される。


この場にリード公爵令嬢がいるということは、この会場にいる誰かが婚約相手ということになる。帝国の有力な公爵令嬢と釣り合う相手となると、おのずと限られている。―――可能性が高いのは、ラインハルト皇子と、元王族の、ソルディーエルだ。


 アイリスは、隣に立っているソルを見上げた。彼は、周りにいる人と同じように、ララクライン嬢を見つめていた。ただ、その表情からは、感情を読み取ることはできなかった。


ララクライン嬢をエスコートしているレオンは、帝国の軍服に、黒の装飾のついたマントを着ていた。その耳には、アイリスとお揃いのピアスがついていた。


一瞬、レオンと視線が重なる。


その時、アイリスは自分の右耳についている、レオンの瞳の色の赤いピアスを触った。レオンが、その仕草をみて少し微笑んだように見えたが、すぐに上席に移動してしまった。


「今日は、もうレオンとは、話ができないかもね・・・アレン。」


 最近、妖銃アレンに話しかけることが多くなった。あの午睡の夢以来、妖銃アレンと会話をすることはなかったが、常に話をきいてくれている。そのことが、アイリスには力強かった。


そして―――『赤の日』の婚約相手の発表が行われようとしていた。

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