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14.僕も・・・喜んでいるよ。

 翌朝、まだ胃の中に何か残っているような、気持ち悪さを覚えながらアイリスは目覚めた。部屋の様子が、普段の寮の部屋と違う。寝ているベッドも、いつもよりスプリングが効いているようだ。


 そして、ふと身体の中でもお腹のところに何か重さを感じると、人の腕がアイリスを包んでいることがわかった。アイリスを腕に抱きながら、師匠のサボが隣で寝ていた。


「―――!!!!―――-」


 声にならない悲鳴を上げた。なぜ、自分はサボの隣で寝ているのだろうか。これがいわゆる「朝チュン」というやつであろうか。だが、服は着ているし、下腹部に違和感もない。


 そもそも、師匠とは何度も野営をして、同じテントで寝ているし、幼い頃は一緒のベッドで寝ることもあったくらいだ。自分は女として見られていない。それは以前、嫌というほど経験させられてきた。・・・多分、大丈夫。何もされていない・・・ハズ。


 そこまで考えて、サボのことだから、酔いつぶれてしまった自分を、ただ優しく快方しようとして、結局寝てしまっただけだろう。と、頭の中で結論づけた。―――だが、自分はともかく、サボの上半身は裸だった。


「ひぇっ、師匠・・・」


 深層の令嬢ではないが、さすがに成人男性の裸の上半身を、身近で見たことはない。マズイ。この状況は、たぶん、きっと、すごくマズイ。何もなかったとしても、ソルにばれたら、非常にマズイことになる。


 そぉっと抜け出して、寮に帰ろう、そう思ってベッドから抜け出そうとすると、サボの腕に力が入り、動けなくなった。


「おはよ・・・」


「・・・師匠、おはようございます。」


 まだ半分寝ぼけているようなサボが、アイリスを引き寄せて、その額にチュっと唇を軽くつけた。


「師匠!寝ぼけないでください!私です、アイリスです。あなたの弟子です!」


「う~ん、うん、わかっているよ。可愛い僕の姫。」


 でも、腕の力は変わらない。そのうち、額だけでなく、瞼、頬、そして唇に口づけてきた。


「姫、もう少し深く。」


 唇に触れる柔らかな感触から、ざらついた感触のものに変わる。


「姫に、本当のキスを教えてあげるよ。」


 サボはアイリスの口を開けさせて、深いキスをしてきた。初めての感覚に、アイリスは翻弄された。


「んっ、師匠、もう、ダメです。」


 ようやくサボが動きを止めると、にこっといつもの無邪気な笑顔をアイリスに向けた。


「驚いた?・・・あんな、ガキ共のキスとは違ったでしょ。これが大人のキスだよ。」


 そんなもの教えてほしいと思ったことはない。と、答えたいところであったが、そんなことを言ったら、また何が来るかわからない。ここはあえて、素直に答えておこうと決めた。


「・・・わかりました。」


「僕なら、姫を満足させることも、上手だと思うよ。何なら試してみる?」


 その言葉が意味することを、分からなくもないが、いつもの師匠の冗談なのか、本気で言っているのか、判断がつかなかった。とにかく婚約式を前に、思わず自分の貞操の危機が来ているが、これはさすがに回避しないといけない。


「師匠、冗談はやめてください。あと、腕は外してください。」


 この雰囲気を変えたくて、サボの顔を軽くにらむように、下から上目遣いで見てみる。


「ふふ、そんな顔も可愛いけど、今、ここでやるのは反則かな。」


 そういうと、サボはもう一度口づけをしてきた。逃げられない。


「んー!んー!」


 これ以上はマズイ。必死に抵抗の意を表すべく、サボの胸板を叩いて抵抗した。アイリスの意をくんだのか、満足したのか、サボはゆっくりと唇を離した。そして、茶色の瞳が真っすぐに、アイリスの紫の眼を見て言った。


「姫、逃げたいなら、僕が連れて行ってあげるよ。赤の日なんて、くだらない政策に振り回されることはない。」


「え、師匠、逃げるって・・・」


「今、悩んでいるだろ?ソルディーエルのこととか、あのラインハルトだっけ?もうすぐ赤の日だからね。赤の日に、帝国に自分の結婚相手を決められるなんて、くだらないと思わないか?・・・僕なら、帝国とも王国とも違う世界を、教えてあげるよ。」


「師匠・・・でも、帝国から逃げられるなんて、思えない。」


 一度も考えなかったわけではない。こんな馬鹿げた制度から逃げて、帝国の支配の及ばない国に行く。そんな夢物語を想像してみたが、やはり王国を簡単に滅ぼした帝国から、逃げられるとは到底思えなかった。


「僕なら、問題ないよ。帝国を黙らせることくらい、・・・できるよ。姫は、海を渡った先を、見たことがないだろう?新しい土地で、新しいことをしてみないか?姫のわがままは、叶えてあげると昨日も言ったけど。」


 確かに、サボほどの実力と実績があれば、帝国に口出しされることはないのかもしれない。『赤の日』と、今はわからない誰かとの婚約から逃げる。その選択ができるのだろうか。サボを選べば、それが可能になると言われても、実感がなかった。


「あ、勘違いしないように言うけど、これは僕からのプロポーズだよ。逃げるといっても、結婚して外国に行こうね、ってことだから。」


「―――!!!―――」


 またも、アイリスを言葉にならない衝撃が襲った。心臓が止まるかもしれない、と思うほどの衝撃プロポーズを受け、息が止まりかけた。


「ああ、深呼吸して。そう息を吸って・・・はは、緊張させてしまったね。すぐに決めなくてもいいよ。赤の日の相手次第と思うなら、それが過ぎた後、婚約式の日に、宣言してから逃げよう。うん、それがいい。」


「サボ師匠、私、師匠にしてみれば女じゃない、って、思っていたのですが。これまで、女扱いされたことなんて、ありませんし。」


「ふふ、姫は自分をわかっていないね。毎年、毎年、君は僕の想像以上の美少女に育ってくれた。僕の密かな楽しみだったよ。ちょっと背が伸びなかったもしれないけど、肌もプルプルしていて、抱き心地も最高だよ。大丈夫。ほら、僕も・・・喜んでいるよ。」


 サボは、その全身を見せようとしてきたが、さすがにアイリスには刺激が強すぎた。真っ赤になったアイリスは、硬直して答えた。


「無理です・・・」


「ま、今日はこの辺にしておこうか。可愛い弟子を、泣かせたくはないからね。あ、イイコトしている時は、別だけど。」


 上機嫌になったサボは、腕をアイリスから引き抜いて、スルッとベッドから抜け出し、シャワーを浴びに行った。


 衝撃でアイリスは動くことができなかったが、しばらくして落ち着いてくると、冷静になろうと服を着た。これ以上、今日はここにいては危ない。サボが浴室から戻ってくる前に、部屋を出て自分の住まいである寮へ帰ることにした。


 ついでに、浴室から出ても、サボの髪の毛がすぐに乾かないで、外出が難しくなるように、妖力を使ってお祈りをしておいた。


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