13.名物は魔物料理の食堂で、愛が生まれる。
サボにひっぱるように連れ出された先は、いつも定宿としている宿屋の食堂だった。宿の主人が経営する食堂の魔物料理は、辺り一帯では有名であった。
「師匠、いきなり来て、驚きました。来ることがわかっていたなら、いろいろと準備していたのに。」
「僕こそ、やっと辿り着いたと思ったら、姫がソルディーエルでもない男とキスしていて、びっくりしたよ。まぁ、ソルディーエルだったとしても、邪魔していたけどね。」
にやりと笑ったサボは、黄金の髪をくしゃくしゃっとしながら、人懐っこい笑顔でアイリスをみた。
「で、どちらが本気の相手かな?銀か、黒か。」
流れるような銀色の髪に、紺碧の瞳をしたソルディーエル王子。漆黒の黒い短髪に、燃えるような赤い眼のレオンハルト皇子。どちらが本気の相手と聞かれても、アイリス自身、まだ答えがわからない質問だった。
「その顔は、どちらでもない、かなぁ。」
サボは、茶色の目でアイリスを面白そうに眺めると、食堂へ一緒に入るように招いた。昼間は定食を出しているその食堂は、夜は冒険者や労働者などに、ボリュームのある食事と酒を提供する店だった。貴族などが出入りするようなレストランとは違い、少しばかり騒々しかった。
「さ、僕のかわいい姫君。お腹がすいているよね、食事にしよう。姫君は、こんな店でも良かったかな。」
「もちろん、大好きですよ。さすがに夜に来たのは、初めてだけど。」
普段は、学生寮の食堂で済ませることが多い。出かけるとしても、ソルが傍らにいては、どうしても品のいいレストランを選ぶことになる。だが、妖銃使いを目指しているだけあって、アイリスは常識破りの姫であった。
「あと師匠、その姫君、はいいかげん止めてください。もう、姫ではありませんし、師匠の前では、ただの出来損ないの弟子です。」
「姫君がだめなら、どう呼ぼうか?スイレンの君?それともアイちゃん?」
「どれもダメですよ、普通にアイリスと呼んでください。」
「それでは、面白くないよ。まぁ、呼び方はともかく、食事にしよう。僕も長旅から到着したばかりだから、疲れていてね。今日は遠慮なく食べていいよ。」
サボは食堂のメニューを見るまでもなく、名物の魔獣のステーキを注文していた。アイリスも、師匠と同じものを半分の量で、と指定して注文した。サボはソルほどの上背はなかったが、普段は傭兵として活躍するほど、兵士としての体格であった。自ずと、食事の量も多い。
「そういえば、姫はもう18歳になったのかな?」
「はい、先月ようやく18歳になりました。もう成人なので、ワインも飲めるようになりました。」
「そうか、それは良かった。では、早速祝杯を上げよう。」
ボトルワインを注文したサボとアイリスは、乾杯、とお互いワインの入ったグラスを持ち上げた。
「師匠のおごりで、ワインをいただけるなんて、明日は空から槍が降ってきそうですね。」
「姫君のわがままは、何でも叶えてあげるよ。ワインがお望みなら、姫の生まれた年のワインでも奢ろうか。」
アイリスにとって、サボはソルディーエルとも、ラインハルトとも違い、大人の男性の魅力に溢れており、尊敬の対象であった。自分がギリギリになるまで追い込まれても、必ず助けてくれる。妖銃使いの師として、時に厳しく、時に優しく指導してくれる。
―――その茶色の瞳に、昔、恋をしていた。結ばれることは出来ないけれど、恋焦がれていた。以前、そう思って見上げた時、サボは一度だけ、口づけをしてくれた。ちょっとお酒の味がするキスであったが、アイリスにとってファーストキスだった。
最も、そのことがソルにばれた後、会うたびにキスを毎回されるようになったけど。でも、初めてのキスは、サボだった。その後、女として見られていないことを感じて、この想いは封じることにしたけれど。今でも甘酸っぱい思い出だ。
アイリスは、『赤の日』を前にサボが自分に会いに来てくれた、そのことが嬉しかった。食事の間、笑顔が溢れていた。頬を少し赤く染めて、サボを見つめる紫の瞳。サボは自分の中に、これまで感じなかった感情を、知った。
アイリスは、もう美少女という年ではない。蛹が蝶になるように、恋を知り、男に愛され、その身体も熟すように、大人の女性として完成しようとしていた。サボは、その茶色の眼に、情欲の色を混ぜてアイリスを見つめた。
食堂にいる他の男達も、ちらほらとアイリスに意味ありげな視線を向けている。
「ふふ、僕の姫は、すっかり変身してしまったようだ・・・。」
一口ずつ飲むアイリスに比べて、サボは水のようにワインを飲んでいた。アイリスには、まだワインの渋みが美味しいことや、アルコール独特のピリリとした感覚を楽しむことがわからなかった。
「ん?ワインが苦手かな?なら、エールがいいかな。シュワッとした飲み口の方が、いいよね。」
サボは近くにいた店員に伝えると、アイリスの目の前にドンっとジョッキに入ったエールが届けられた。早く泡を飲み切らないと、後々面倒なことになる。アイリスは一気にエールを飲んだ。
思えば朝から、予期せぬことばかりであった。日中は街歩きをしていたし、ソルやレオンに迫られるし、肉体的にも、精神的にも、疲れていた。そこに、エールが身体中に染み渡った。・・・酔いが回るのは、すぐだった。
「し、ししょ~、ししょ~、もう・・・ダメ・・・」
そういうと、机の上に顔を突っ伏して、スースーと寝息を立て始めた。
「あれま、姫君はお疲れだね。では、お休みしようか。」
サボは会計を済ませると、眠ってしまったアイリスを軽々と横抱きにした。その姿を残念そうに見る男達の視線を感じたが、これは僕の獲物だ、と言わんばかりの視線を投げつけ、サボは階段を上った。その先にはサボの宿泊する部屋があった。
「夜は、これからだよ、姫・・・」
パタン、と部屋の扉が閉められると、中にはアイリスとサボと、二人がいるだけであった。




