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再び静成寺。
今日は陸杜だけでなく秀俊も一緒だ。午前中には部活を終えたが、目的が目的だけに、陽が傾くのを待ってから来た。
最初の門を潜って、車を降り、次の門を潜り抜けたときに秀俊がのんびりと周りを見回しながら言った。
「住宅街にこんな寺があったとは知らなかったな」
「ちょっとしたものでしょう。うちの祖父母の墓もここなんです。割と古くからあるみたいで、墓も年代物のがたくさんありますよ」
言いながら、祖父母の顔を思い出す。
平日の夕方なので他に人は居ない。二人は墓地と本堂を隔てる竹藪にたどり着き、秀俊は早速、携えていた紙袋から園芸用のスコップを取り出して、例の場所を掘り返しに掛かった。
「思ったより柔らかいな……」
墓地では無いが墓地のそば、寺の敷地である。寺がきちんと造成されるその昔は、この辺り一帯に遺体を埋葬していたかもしれないと思うと、陸杜は手伝う気が全く起きなく、ただ眺めていた。
秀俊は気にせず掘り返し続ける。
「お、少し固くなった……」
ほどなく、半透明のビニール袋が見えてきた。
「陸杜が気にするのは分かるけど……こんな立派な竹藪が出来上がってるということは、少なくとも寺の造成以降はこの辺りへの埋葬は無かったということで……寺が出来上がったのも随分と昔ということだし……そんな訳で」
ビニール袋に包まれた箱らしきものを土から取り出した。サイズは20×30センチ程。厚みは10センチ未満というところ。ビニール袋の上からガムテープでぐるりと巻いてある。
「高野もこれをここに埋めたんだと思うんだ」
「え!?」
「そうだろ?」
秀俊が突然遠くへ呼び掛けた。視線を巡らせると、竹藪の入り口あたりに、高野幸恵の姿があった。
「高野さん……」
フード付きのトレーナーにジーンズ姿、それにスニーカー。表情は決して曇ってはいない。
埋めたものを勝手に掘り出された気持ちを先回りして考えた陸杜は、少し安心した。
高野はいつも通りの平然とした顔でやってきて、しゃがみ込み、手が汚れるのにも構わずビニール袋に巻いたガムテープを剥がしはじめた。
テープと共に千切れたビニール袋も破り捨てる。すると中から、少し錆びた直方体のアルミ製の箱が現れた。
蓋をあける。
「絵の具?」
中身の意外さに陸杜が声を上げた。
中身は絵の具、それから筆やパステル、パレット、木炭など、画材であった。
秀俊がそっと聞いた。
「ご家族が推薦の話を認めて貰くれなかった、その後に埋めたの?」
「だいたいそれくらいです。家に画材があると、どうしても諦められなくて……」
愛しそうに、ひとつひとつ摘み上げて眺めている。
「……途中まで、掘り返したことがあるでしょ」
高野が弾かれたように顔を上げた。
「どうして分かるんです!?」
英俊が少し微笑んだ。
「途中まで、土が柔らかかった。掘り返した跡でしょう? それも最近」
高野がひとつ頷く。
「大学も決まって、卒業式も終わって……でもしばらくは辛くて、画材は見たくなかった……」
アルミの蓋を閉める。
「でも、本当にこれで一生後悔しないか、自信が無くて……そんな時、本堂でおばあちゃんからの手紙と出会ったの」
箱の蓋を愛しそうに撫でる。
「用があって歩いていたら、手紙が降ってきたの。今までどこにあったのか分からない……おばあちゃんがいま私に届けてくれたのだと思った。それには、負けずに好きなことをしなさい、と書いてあった……」
指でそっと目尻を拭う。頬にうっすらと土の跡が残った。
「それで『霊』か……」
陸杜が呟く。
「だから俺は『居る』って言ったろ」
英俊がそっと言った。