epilogue
道端から桜の花びらも一掃されて、緑が本格的に萌える季節がやってきた。「新」と枕詞が付いていた学年にも、そろそろ貫禄が備わってきている。
陸杜の苦手な種類の花粉も飛散を止めたようで、この頃は晴れの日の部活をまともに満喫出来るようになった。
土曜日の朝、いつものように登校し、校舎の隅の部室で荷物を置いてグラウンドに出ると、
「織原先ぱーい!」
と、声変わりしたばかりのテノールボイスに、背後から呼ばれた。
久々に呼ばれる敬称に照れながらも、陸杜は平静を装い振り向く。
「先輩、体育倉庫からハードル出せって言われたんですが、鍵が職員室に無いんです」
「既に開いてるとかない?」
「確認しました」
「じゃ、誰か持ってくるかもしれないから倉庫前で待機してて。俺、3年の先輩に言って、職員室行ってくるわ」
「ありがとうございます、お願いします!」
軽く手を振って、出て来たばかりの校舎を目指す。
「先輩、か……」
やはり何となく面映ゆい。
勿論中学2〜3年生の頃もそう呼ばれていたし、今もその頃の後輩に会うと当時のまま「織原先輩」と呼ばれるが、やはり高校生となって新たな後輩に呼ばれると、新鮮な感動を覚える。
これから先も今までと同じように、繰り返し起こることがあるだろう。例えば季節の移り変わりなど、毎年のこと。
でも、自分が成長していれば、違った感想が得られるし、見える景色も違うのだ。
漠然とそんな事を考えながら、職員室の扉をノックし、そっと開けた。
そこには……
「遠藤先輩?!」
東京で下宿している筈の遠藤が居た。
「よ、織原」
フード付きのTシャツにジーンズというラフな格好で、遠藤は立っていた。そして、陸杜の不思議そうな顔から察して、
「明日、親戚の結婚式でさ。昨夜のうちに戻ってきた」
と、説明してくれた。
「なんか……悪かったな。手間掛けさせたって聞いて」
「いえ、あれは川島先生が」
「俺が何だって?」
遠藤の向こうから秀俊が顔を出す。椅子に座っていたから見えなかったようだ。
「何でも……いや、鍵! 体育倉庫の鍵を探しにきました」
本来の目的を告げると、秀俊が立ち上がって上着のポケットを探った。
「お! 悪い! 持ってる!」
川島が鍵を手に取ったところへ、遠藤が訪れたそうだ。軽く話してすぐ部活に行くつもりが、そのまま話し込んでしまったらしい。
鍵を受け取るつもりで陸杜は手を出したのだが、差し出されたのは提案だった。
「中村先生を待つだけなのも勿体無いから、久々に部活に参加してもらうという話になったんだよ。な?」
秀俊がニコリと笑うのに釣られて、遠藤も笑った。
その様子から、秀俊が提案というか割と強引に誘ったなと陸杜は察しを付けたが、一緒に微笑んでおくことにした。
秀俊さんに勝てるやつなんて居るのかなぁ……でも、まあまあ良い先生だよな?
そんなことを考えながら、二人に背中を押されて職員室を後にした。