prologue
今日も良い天気だ。
昼下がりの陽光に溢れる青空は黄砂でかすみ、清涼剤たる爽やかな春風は花粉の微粒子を含み軽やかに舞う。
……なんでだよ!
「陸杜っ、ブツブツ言ってっと置いてくぞっ!」
背後から駆け足で追い越して行った青年が、肩越しに振り返って大声をあげた。
陸杜は慌ててペースを上げる。
終業式の今日は、教室で弁当を食べたあと、日が暮れるまでみっちり部活動の予定だ。まずは、雪のせいであまり出来なかったロードワークを本格的に再開することからスタートした。
「すいません、英俊さんっへっぶっしょい!」
「可愛いくしゃみするよなぁ」
英俊が切れ長の目を細めて微笑した。彼は陸杜の担任で、陸上部の顧問でもある。細身で背の高い数学教師、28歳独身。青いジャージに身を固め、生徒と共にトレーニングに精を出す。
「可愛いとか……ぶしょっ、言わないで下さいよふしゅ! もう高2になろうとぶしゅっ…する男子に向かってっへっぐしゅっ! ふぇっぐしゅ! ほぇっぐしゅ! は〜……」
「……田舎で良かったな。都会でそんなに鼻水撒き散らしたら、ひんしゅく間違いなしだな」
脇に抱えたボックスからティッシュを2〜3枚抜き取り、陸杜に渡す。
「あざーす……」
校舎内の廊下を走り回っていた冬場のトレーニングと、校外の田舎道をランニングするのとは、比較にならないほど気分が違う。
雪に閉ざされた暗い冬を越えると、溶けてきた雪の間から緑の新芽が顔を出す。それを見た時の解放感は、雪国に暮らしてみないとちょっと味わえないだろう。
青みを増してきたとは言え、まだ雪を頂いている山々を眺め。芽吹いてきた雑草を踏みしめ。暖かい日差しを浴び時折吹く風を感じながらするロードワークは、最高に気持ちがいいものだ。
だがそれは、花粉症でなければ、の話。
陸杜は今年もそれに悩まされていた。