9 軟禁1~貴族は掃除などしないものなのだ
「ここで、お前達との契約を解除する」
私は、今まで力を貸してくれていた召喚獣達に別れを告げる。
私と優先契約を結んでくれていた召喚獣達だ。
カエル型のヴォジャノーイ ♂
半身半蛇のラミア ♀
そして、ペガサス ♂
『ゲコー! ゲコー!』と、抗議の声をあげるヴォジャノーイ。
『ふざけんじゃないわよ! こんな危険なところ、モヤシのあんた一人で登らせるわけないじゃない! バハムートと契約するにしても、最後までついていくわよ!』
怒りつつも、私の身を案じてくれるラミア。
だが、そこは訂正してもらおう。私は断じてモヤシなどではない。
ペガサスは……
何も言わず、悲しそうな瞳で、私をじっと見つめていた。
私は、竜王山にきた本来の目的である自殺の事は誰にも伝えていない。
この3体の召喚獣にも、何も伝えなかった。
だから、ペガサスも知らないはずだ。
だが、何かを察したのだろうか。
3体の中で、一番付き合いが長いのがペガサスだ。
私が初めて優先契約を交わした召喚獣……
ペガサス 個体名をカルトパジア。
長いから、私は大抵カルトと呼んでいた。
「カルト……」
カルトは何も言わず、自分の顔で私の頬を一撫でし、ヴォジャノーイとラミアを制止する。
『カルト。あんた、まさか行かせようって言うの?』
『ゲコゲコゲコー!!』
憤る2体に、ゆっくり首を振るカルト。
それで何か通じるものがあったのか、ヴォジャノーイもラミアも静かになった。
「ありがとう……」
私は最後に全員を抱き締め、最後の挨拶を交わす。
そして、背中を向け竜王山を登っていった。
「さようなら……」
カルトと目を合わせる事は、最後までできなかった。
◆◆◆◆◆◆
「………………」
ゆっくりと目をあける。
そこに映るのは、竜王山でもカルトの瞳でもなく、私の嘔吐物にまみれたトイレ。
……最悪の目覚めだ。
一番先に視界に入るのが、自分が吐き戻したものと汚れたトイレとは。臭いまで酸っぱい。
どれだけ気絶していたのか。
もう部屋は薄暗く、窓の外には夕焼けが見える。時計を確認すると午後4時半。
陛下との謁見から……約6時間ほどか。
こんなにゆっくり寝たのは何年ぶりだろうか。
睡眠を取ったからか、頭痛も幾分マシになった。
とりあえず……
「まずは掃除であろう」
「だぁ! 疲れた、疲れたぞ!!」
私は雑巾とバケツを部屋の外の兵士に渡した後、ベッドに倒れ込んだ。
ちなみに、掃除用具は部屋になかったので、部屋の外で監視している兵士達に言って持ってきてもらった。
私の部屋を監視するのが目的の兵士に、さすがに嘔吐物の掃除は任せられん。
と思い、自分でやったのだが……
私は父上に嫌われていたが、仮にも貴族なのだ。
掃除は使用人に任せるべきものであって、自分でするものではない!
つまり、私は掃除の仕方すら全くもって解らなかったのだ!
解らないのなら調べようと思っても、この部屋に掃除に関する本はなかった。
たるんでいる!全くもってたるんでいるぞ!!
そのせいで、私は無駄な労力を使うはめになったのだ!!
ブラシでこすって落とそうとしたのだが、時間がたった嘔吐物はすでに乾いており、こすっただけではとれなかった。
ならば、水でふやかせば良い。
私は、バケツで何度も何度も便器に水をいれた。
溢れてきた。床にトイレの水と、ふやかされた嘔吐物が散乱した。
この時点で、私はもう使用人を呼んでもらって、掃除のプロにお任せしようかと思った。
だが、私は冷静な元エリートなのだ。
これくらいでくじけはしない。
エリートは掃除もできぬのかと侮られるわけにはいかないのだ!
雑巾が1枚では足りない。
私は追加の雑巾を兵士に頼み、手袋をはめ、必死に床にばらまかれたトイレの水とふやかされた嘔吐物と格闘した。
頑張った。そう、私は頑張ったのだ!
掃除の『そ』の字も知らなかったのだから、しょうがないではないか!!
せっせせっせと拭き取っていた水。
私の熱意におされ、扉の下の隙間からリビングや寝室にまで広がった。
絨毯に染み込み、悪臭を放ち、素人の私にはもうどうしていいのか解らなくなった。
ので、私はギブアップ。
外の兵士に助けを求めた。
惨状を見た兵士は顔をしかめ、上に報告。
すぐに、掃除用具を持参した数人のメイドが登場。
私は、ガッツリと怒られた。
「掃除をする為に使用人がいるんですから、何かあったらすぐ呼んでください!!」
その通りで私は何も言えず、謝罪の為に頭を下げた。
プロフェッショナルの邪魔をしてはいけない。
換気や掃除やらで、この部屋は暫く使えないとの事なので、私の軟禁場所は急遽別部屋になった。
あの絨毯の汚れや悪臭はおちるのだろうか……
皇宮にあるものなのだから、そこそこの値段がする高価な物なのだろうが、落ちなかったらバルモルト家に請求されるのだろうか。
申し訳ない事をした。と思ったが、すぐに考えを改めた。
父上に対しては全くもって申し訳ないとは思わん。
私を軟禁する方が悪いのだ。
私が申し訳なく思うのは、後始末に駆り出されたメイド達にだけだ。
礼を言う事が叶うのならば、しっかりと謝罪せねばならん。