8 宮廷召喚師~異母弟ルーシェ
「「「!!!?」」」
私達は、一斉に開け放たれた扉の方を向く。
それと同時に、ローゼリアとバドはそれぞれの召喚獣を召喚。
盾のように、私達の前にそれぞれの召喚獣が姿をあらわす。
ローゼリアが馬型の水属性ケルピー。
バドが、土のホビット。
両方が名無しだ。
ガチャガチャとぶつかる鎧の音。
武装からして、部屋に入ってきたのは皇帝直属の親衛隊。
数人が部屋に入ってきて私達を取り囲む。
部屋の外には、まだ幾人かがいるようだ。
「無礼者! 断りもなく皇女の部屋に武装して押し入るとは何事ですか!!」
ローゼリアの一喝。
だが、兵士は意に介さない。
皇女であるローゼリアに礼もとらず、職務を遂行する。
それは命令したのが、ローゼリアより上の人物であるという事を示していた。
皇女であるローゼリアより上の人物など、数えるほどしかいない。
「カミュ=バルモルトだな」
「いかにも」
私は、捕らえられようとも、自分の名を偽る事などしない。
「皇帝陛下の命により、貴殿を捕縛する!」
「なっ!」
兵士に食って掛かろうとするローゼリアを制止する。
「……罪状は? アイミュラー皇国は法治国家。皇帝の命といえども、罪のない一般人を捕縛する事などできないはずだ」
国のトップが法を無視するなど、そんなのは最早法治国家とは言えない。
「それは、陛下にお聞きしろ」
私は目を閉じ、天井を見上げ嘆息する。
兵士が二人、両脇から私の腕を捕らえる。
「連れていけ!」
「させませんわ!」
ローゼリアとバドが、私の連行を阻止しようと兵士に召喚獣をけしかける。
その瞬間、圧倒的な魔力と熱が、場を支配した。
「無意味な抵抗は辞めてください」
未だ幼さが残る顔立ち、少し高い声、細めの肢体。
父上と同じ青銀色の髪。
「ルーシェ……」
私の義弟、ルーシェ=バルモルト。その人だった。
純白のローブ、金糸で縁取りされた刺繍。
純銀で作られた、アイミュラー皇国のシンボルである鷲を象ったマントの留め具。
ああ……嫌みなくらいに似合っている。
ルーシェが纏うそれは、宮廷召喚師の装束だった。
「お久しぶりです。義兄さん」
私に笑顔で話しかけられる、こいつの神経がわからない。
私を、義兄と呼べるその神経が……
「旅からもう帰っていらしてたんですね。バハムートとの契約成功、おめでとうございます」
その笑顔はとても嬉しそうで、心底私の帰りとバハムートとの契約を喜んでいるようにみえる。
私をライバル視していないのか、それともバルモルト家当主の座に興味がないのか。
どちらだとしても、ルーシェの態度の一つ一つが、私の神経を逆撫でする。
じっと自分を見続ける私に勘違いしたのか、ルーシェが自身の装束を説明する。
「ああ、これですか? 一応、宮廷召喚師の制服です。この間貰ったばかりなので、まだ着なれてないんですよね。服に着られてしまっています」
苦笑するルーシェ。
嫌味に聞こえるが、ルーシェにとっては本心なのだろう。
14歳、史上最年少での宮廷召喚師。
イフリートとの専属契約もそうだが、ルーシェは歴史に名を残した。
私との差は、どんどん開く……
「あ、まだ学院に学生として在学はしているんですよ。まだまだ未熟ですからね」
名ありと専属契約を結べた召喚師の、どこが未熟なのか。
「おっと、動かないでください」
ルーシェが、炎でローゼリアとバドを威嚇する。
私とルーシェが話している隙に、何かを画策していたらしい。
淀みない炎の流れ。
それだけで、ルーシェの実力がわかる。
引きこもられた私と違い、ルーシェはイフリートと良き関係を築いているのだろう。
こんな所でも差を見せつけられる。
私とルーシェの違いは、何なのだろう。
愛された子と、そうではない子の違いなのだろうか。
それならば、私は一生ルーシェに敵わないのだろうか……
鬱々としたものが、胸にたまっていく。
「手荒な真似はしたくありません。皇女様もマルタン先輩も、動かないで指示に従ってください。従わないのであれば、容赦はするなと言われています。バハムートの契約者以外の生死は問わないと」
その言葉に、ローゼリアが身体を震わす。
私以外の生死は問わない。
それは、皇女であるローゼリアにも変わりはなく……
「それは、皇帝陛下のお言葉ですの?」
言いにくそうに、スッと目をふせるルーシェ。
その仕草で、答えずとも解る。
ローゼリアは、父親に見捨てられてしまった……
拳を握りしめ、唇を噛み締めて耐えるローゼリア。
その痛みはイタイほど解る。
私も味わった痛みなのだから。
「ローゼリア、カミュ。今は……」
解っている、バド。
イフリートと契約しているルーシェがいるのだ。
ここで暴れるのは得策ではない。
まして、ローゼリアがあの状態では……
私は、バドに目で頷いた。
「そうしてくれると助かります。」
私達は全員が捕縛された。
私はそのまま一人、謁見の間に連行された。
「ぐぅっ!」
後ろ手に縛られ、無理矢理膝を折らされて床に頭を押さえつけられる。
痛いではないか。
これではまるで、罪人扱いだ。
……いや、無理矢理捕縛されて連行された時点で、既に私は罪人と変わりないのでは……
落ち込みつつ視線を動かせば、皇帝陛下が玉座にいる。
隣には皇后が座る為の椅子があるが、10年前に崩御なされた為、今は誰も座っていない。
玉座から数段おりた場所に見えるのは……父上。
皇帝陛下と父上以外の重臣は誰もいない。
私を捕縛し、連行してきた兵士も扉の外に出てしまった。
私がバハムートと契約した事を国民に広く知らしめるのではと思ったが、そうではないのだろうか。
未だ、隠す理由が?
「ふん、その影にバハムートがいるのか」
頬杖をつきながら、皇帝陛下が重い口を開く。
「さようで。私の召喚獣で試してみたところ、酷く狼狽した様子でした」
皇帝陛下も父上も、私には目もくれずに会話を続けていく。
「ふん、ものは試しだ」
「!!」
皇帝陛下が杖を振るい、召喚獣を呼び出す。
あの姿は、名無しのハーピーだ。
ハーピーが翼をはためかせ、私の影に向かって一直線に飛んでくる。
ガキィッ!
鈎爪が影に一撃を加える。
その瞬間、ハーピーがブルブルと震えだした。
私の影から漂う、濃密な魔力。
この魔力はバハムート……
怒っている……のか?
違う。
この程度、バハムートには怒るほどの事ではない。
眉間に皺をよせただけだ。
それだけで、息苦しいほどの濃密な魔力が溢れだしている。
「くっ……!」
心臓が痛いほど動悸する。
汗がにじみ、呼吸も苦しく、頭がガンガンと鳴り響く。
座っているのもキツく、私は床に突っ伏した。
すると、ふっと魔力は消え、いつもの空気が戻ってくる。
「陛下! お戯れがすぎますぞ!」
「おお、すまんすまん。アル。好奇心がうずいてな」
父上を愛称で呼ぶ皇帝陛下。
あの二人は、私ほどの体調不良には襲われなかったらしい。
何故私だけ……契約者だからなのだろうか。
あそこまでの魔力酔いは初めて経験した。
竜王山も魔力濃度が高かったが、あそこまでの体調不良にはならなかった。
ズキッと頭が痛む。
竜王山では経験しなかった?
……本当に?
頭に疑問が浮かぶが、ガンガンと頭痛が酷く、まともに考えられない。
「だがまあ、バハムートと契約しているという事は本当のようだ。それなら役にたってもらおう。感謝するがいい。何もできず、父親に見限られたお前が、国の役にたてるのだ」
見限られたとは間違っている。
元々、父上は私に期待などしていない。
……っ!
頭痛がとまらない。
声が頭の中に響く。うるさい。
光も音も耳障りだ。
「バハムートとの専属契約の解除などするでないぞ。そうしたら、捕らえたお前の友人とローゼリアを処刑するからな」
!!?
「連れていけ!」
その言葉で、部屋の外で待機していた兵士がドカドカとなだれ込み、私はまた捕縛され、連行されていった。
皇宮の一室に、私は押し込まれた。
牢屋や粗末な部屋などではなく、高価な調度品や柔らかいソファーやベッドがある、ちゃんとした部屋だった。
バスルームやトイレも部屋に完備されている。
ここで、私は監禁されるのだろう。
ドラゴニアとの戦争が終わるまで……
っ……!
私は吐き気が込み上げ、トイレに駆け込んだ。
「っかは!」
頭の痛みで吐くなど初めてだ。
本当に、私の身体は一体どうしてしまったのか。
バハムートとの契約だけでは、説明がつかない。
考える事も、私がやらなければいけない事も山ほどある。
だが、今は痛みで何も考えたくはない。
ベッドに戻る気力もなく、私はトイレに身を預けたまま、瞳を閉じた。