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70 アイミュラー2 虚飾の国の皇帝

 


 門をくぐり壁を越える。

 その先は、見た事もない光景だった。


 通常ならば、門を越えたすぐ側には広場があった。

 噴水があり、花壇があり、皇城に続く広い直線の道。

 その脇には劇場や学園、図書館、貴族御用達の高級店舗が隣接する街区に続く道と貴族の住宅地に続く道とがあった。


 だが、今私の目の前にあるモノは、そのどれでもなかった。


 黒い空間。

 建物や道など何もない。

 ただ、眼前に迫る黒に時折小さな光が明滅する。


 歩を進めて大丈夫なのか。

 地面はちゃんとあるのか。

 自分はちゃんと前に進んでいるのか。

 方向感覚や上下感覚など、全てがわからなくなってしまったような不安と恐怖が私を包み込み、呼吸が荒くなる。


『大丈夫だ、カミュ。我がいる』


 バハムートの声に落ち着きを取り戻し、その温もりが私の感覚を思い出させる。


「これは何だ? 貴族街や広場はなくなってしまったのか?」


 貴族街や皇城にも、多数の人々がいるはずだ。


『ふむ……』


 そう言いながら、バハムートは何かを探るように鼻先をピスピスと動かす。


『ハネアリの魔力に飲まれているが、人間達は無事だな。弱ってはいるようだが、生命に支障が出るほどではない。過剰な魔力が空間を歪めてしまっている為、このような状態になっているのだろう』


「単なる人間の私が通っても問題はないのか?」


『ぬしは我との契約により、我に紐づけられている。我との契約が解かれぬかぎり何ともない』


「なら大丈夫だな。よし、行こう」



 ――上か下かも解らぬ道を、ぐるぐるぐるぐると進み続ける。

 時間的にも体力的にも、バハムートの背に乗る事が最善なような気もする。

 だが、私はそれを良しとせず、自分の足で歩いていた。


 何故か?

 ……ふん、私の小さなつまらぬ意地だ。



 正面に大きな光が見え、このおかしな空間が途切れるのだと知る。


『……ふむ』


 またもや、ピスピスと鼻先を動かすバハムート。


『カミュ、ぬしは下がっていろ』


「む? ブウッ!」


 答える前に腹をバハムートの尾でベチッとはたかれ、私は尻餅をつきながら後ろへ弾き飛ばされた。


「何をす――」


 ゴウッ!!


「……る?」


 抗議の声をあげようかと思ったら、刹那。

 一陣の風が私横を通りすぎた。


『その程度、奇襲にすらならん』


 その言葉で、何者かが私を狙い攻撃をしかけたこと。

 バハムートが私を尾で弾き飛ばして、それを回避したことを知った。


 バハムートの巨体でよく見えんが……


「やはり、竜王にハーピーの一撃など効かぬか」


 この声……


 バハムートの腕や足のすき間に顔を突っ込んで周囲を見回し、声の主を確かめる。


 豪奢すぎるシャンデリア、窓飾り。

 大きめに作られている玉座。

 バハムートの巨体をも飲み込む高い天井。

 こちらを見下す、王冠をのせた髭面の初老の男。

 唇の端をあげる、あの嗤い方。

 頬杖をつき、杖を手でもてあそぶあの座り方。


 第71代アイミュラー皇帝陛下。

 ウィリアム=カルバネ=アイミュラー。


 あの時受けた痛みと屈辱を思いだし、自然と奥歯を噛みしめる。

 この男がハーピーで私の影に攻撃をくわえたせいで、酷い頭痛と吐き気に襲われたのだ。

 しかも、トイレで気を失い……という最低な目覚めまで経験した。


 加えて……


 ちらりと玉座の横に目をやれば、ボロ雑巾のように打ち捨てられた何か。

 その髪の毛には血がかたまり、服ですら元のものかどうか判別はつかぬが、十中八九あれは、クリストファー殿下。


「……」


 微かに胸が上下しているから、ギリギリ生きてはいらっしゃるのであろう。

 この戦争の後。アイミュラーが敗戦国になった時の為にも、この方には生きていてもらわねば困る。

 ……が。


 玉座に目をやれば、血だらけでボロボロの息子を気にするでもない様子の皇帝陛下。

 あの男には死んでいてもらわなくてはな。

 生きていても害にしかならぬ。


 ……こういうところが、闇との親和性が高いと言われる要因なのだろうな。


 イラつくし認めたくはないが、やはり私は父上の血を引いている。

 自分に必要ない、害になると判断した者を容赦なく切り捨てる。


「その目つきは、アルにそっくりだ」


 頬杖をついたまま、そんな言葉を口にする。

 父上と皇帝陛下は友人関係だと聞いた事があるから、そのような事を口にするのは普通なのだろう。

 親しい友人と似ている箇所を指摘する。

 ……うむ、普通の事だ。


 だが……自分で似ていると自覚していても、それを他人に指摘されたくはない。


「ふん。そういうそちらこそ、クリストファー殿下もローゼリアも父親であるお前にそっくりであろう」


 害と認識した皇帝陛下への敬意などない。


「……そうだな。2人はアーゼラの面影など少しもない」


 私の態度を咎めるかと思ったが、亡き妻の名を口にし、玉座の横にある空の椅子に目をやる。

 それは、皇妃の為の場所。


「2人に少しでも面影があったのならば……いや、それは言い訳だ」


 その目に灯るは、慕情。

 もしや、この男。


「これ以上の会話は不要だ。お前の中にある、黒き神の力を渡してもらおう」


 腕を振りながら立ち上がり、傍らに寄り添っていたハーピーに攻撃の意を示す。

 その中指にはめられているのは、大粒のエメラルド。


「黒き神の力があれば、フェニックスが蘇る。そうすれば、アーゼラも……」


「『ん?』」


 陛下の言に、私とバハムートの声が重なる。


 フェニックスが蘇る?

 そうすればアーゼラも?


 待て待て待て。

 まさかとは思ったが、この男。

 本当に自分の妻を生き返らせる為に軍を編制し、ドラゴニアヘ侵攻しているのか?

 その為に、実の息子を身代わりに?

 邪魔をすれば、ローゼリアの生死はどうでもいいと言ったのか?


 その事実に気がついた時、私の思考を支配したのは圧倒的な怒り。

 ふざけるな。ふざけるな。


「ふざけるな! その為だけに戦を始めたのか!? 何人死んだと思っている……何人が犠牲になったと思っているんだ!」


 アイミュラー軍に襲撃され、妻と息子を亡くしたユグズ。

 両親を亡くしたヴェインとレオ。

 他にも、村では家族を亡くした者が大勢いた。

 それ以外でも、避難が間に合わずアイミュラー軍に襲撃された村もあるだろう。

 アイミュラー軍でもフェブラント軍でも犠牲者は出ているはずだ。


 死ななくてもいい者が、大勢いた。


「ふざけるな!!」


 言ってやりたい事はまだまだあるのに、頭も口もまわらず、単純な言葉しか出てこない。


『カミュ、少し下がれ』


 怒りで息もうまくできず、肩を上下させる私をバハムートが押し止める。


「バハムート、邪魔をする気か?」


『ああ。その男に確認したい事がある』


 バハムート?

 そう言って皇帝陛下をみすえるバハムートの目は、とても厳しい。

 怒りや悲しみ、色々なものをおし殺しているような。


『黒き神の力があれば、フェニックスは蘇る。そう、ぬしに吹き込んだのは誰だ』


 フェニックスは確か……アレに味方して、リヴァイアサンが何かしてずっと封印されているんだったか?

 えぇい。アレだのコレだの、名前がないというのは不便なものだな。


 しかし、バハムートは何故あんなにも気分を害しているのだ?


 そんな竜王の視線から主を守るかのように、ハーピーは立ちはだかる。

 竜王バハムートとハーピーの力の差は歴然だ。

 敵わぬ事など、ハーピー自身が一番よく知っておろうに。

 腕や足が小刻みに震えている。

 それでも、そんな事は関係ないとばかりに背筋を伸ばし、視線はバハムートを睨み付けている。


 親として、一国の皇帝としてはどうしようもない男だが、召喚獣にとっては良い契約主だという事か。


「下がれ、ロクセラ」


 重低音の声がハーピーを諌める。

 ロクセラと呼ばれたハーピーは、何か言いたそうな目をするも、大人しく引き下がった。


 私も、ここは私が出る場面ではないと思い口をつぐみ、更に1歩下がる。

 むしろ空気をよまずに何かしたら、機嫌が悪そうなバハムートの尾の一撃をくらいそうだ。


『答えよ、虚飾の国の皇帝よ。ぬしにそのような戯言を吹き込んだ愚か者の名を』


 私でさえ怯んでしまいそうになる、竜王バハムートの眼光。

 それを、陛下は真っ正面から受け止める。

 そういう所は、腐っても一国の皇帝と称えるべきか。


「言う事はできぬ。そういう約定なのでな」


 腕が振られ、後ろに下がっていたハーピーが前に出てくる。

 自身の主に危害を加えさせまいとする、決死の表情のハーピー、覚悟の咆哮。


 それがもの悲しく聞こえたのは、きっと私だけではあるまい。



次回の更新はまたまた遅くなってしまうと思います。

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