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69 アイミュラー1 終わりのはじまり

 


「……」


 バハムートの上で目を覚ました私は、ゆっくりと目を開ける。

 変な夢を見たからか、少し心拍数が上がっていた。


 良い夢を見ていたのに、あの影のせいで台無しだ。


 と、いつもなら文句を言うところなのだが……

 あの影は……

 何なのだろう。嫌な感じはしなかった。

 むしろ、私はあの影を知っている……?

 どこでだ。どこで、あの影を知った?


 うんうん唸るも、思い出す事は出来ず……


『む? カミュ、起きたのか』


「……バハムート」


『どうした、何かあったのか?』


「……いや、何でもない」


 知らせるほどの事ではないだろうと判断し、その会話は打ち切る。


『この辺りか。カミュ、少し寄り道をさせてもらうぞ』


 私の返事を待たず、バハムートは旋回して地上に下り立つ。

 えぇい。急いでいるというのに、何なのだ。


 寄り道をすると言って、下り立ったそこは……


「ケブモルカ大森林……」


 ユニコーンの生息地である、ケブモルカ湖と大樹があった場所だ。

 ここで、ローゼリアはユニコーンとの契約時に挑戦した。

 そして、ユニコーンの守り手であるエリンが亡くなり、楔となった場所。


 獣と召喚獣の生息地であった大森林はイフリートに焼かれ、その姿を消した。

 大森林も大樹も何もない。

 ここがケブモルカ湖だったのだろうな、という大きな窪みが残っているくらいだ。

 後は何もかもが灰になっている。


 エリンの事、ルーシェのやらかした事を思うと、ズキリと胸が痛む。

 今思えば、ここでの一時が最後の安らぎであったような気がする。


「ここに何があるのだ?」


 一見、灰と炭しかないが。


『これだ』


 バハムートの爪が、何かに触れている。

 これは……


『ケブモルカの大樹の新芽だ』


 新芽?


『エリンとユニコーンのフォルマジーアがこの地で楔となった事で、この地は魔力と生命が溢れる地となった。この調子でいけば、数年でここはまた緑豊かな森林となり、大樹もまた姿と力を取り戻す。感じぬか? この地の魔力と喚び声が』


「……」


 目を閉じて、神経を集中する。

 そうすると微かな脈動を感じた。

 まだ小さいが、力強い鼓動だ。


『この地で楔にならなければ、こうはいかなかった。我だけの力では足りず、森林と大樹の再生は数百年単位でかかっていただろう。そうなれば、ユニコーンは絶滅していた可能性が高い』


 ……何?


『ユニコーンは、ケブモルカの大樹の魔力溜まりからしか生まれない』


「……この地で楔にならなければ、というのはどういう意味なのだ?」


『楔は、ただ単に世界と世界を繋ぎとめる役割だけではない。魔力と生命力溢れる土地に変える力がある。召喚獣の生息地として有名な聖地と呼ばれる場所は、大体が楔の場所だ』


 ならばこの大樹の新芽は、エリンと言っても良いのかも知れぬな。

 エリンとフォルマジーアの魂と魔力の結晶。


『……カミュ、ぬしに見せておきたかった。楔になった者の魂は輪廻の輪から外れる。だが、それは決して世界から弾き出されたというわけではない。世界に染み込み、全ての生命を潤す糧となる』


「……そうか」


 なら、エリンもフォルマジーアも、バドも。

 姿が見えず声も聞こえずとも、近くにいるという事なのだろうか。

 空気にも、水にも、大地にも。

 3人は溶け込んでいる。


 エリンの姉のイヴなどは、「だから何だ」となるかもしれない。

 けれども、少しばかりの慰めとはなろう。


「……行こう、バハムート」


『うむ』


 バハムートが一気に空へ飛び上がる。

 まだ小さな新芽はすぐに見えなくなり、少し物寂しくなった。

 夜露に濡れキラリと光る小さな新芽がエリンみたいで、私は小さく手を振った。



 ◆◆◆◆◆◆



「今のところ、順調であるな」


 ケブモルカ大森林を過ぎ、すでにアイミュラーの領土内。

 国境壁の魔力壁は、バハムートが苦もなくパリーンと砕いて突破した。

 国境の兵士達は、バハムートの姿を見てあたふたと慌てたり平伏したりしていた。


「しかし、拍子抜けだな」


 道中アリーチェが何か仕掛けてくると思っていたが。


『イフリート辺りが来るかと我も思ったのだがな。静かすぎるほどであった。……カミュ、前方を見るがいい』


 前方はアイミュラーの皇都の方角。

 なのだが……


「何だ、あれは?」


 すでに、アイミュラー皇都を取り囲む城壁がうっすらと見えている。

 その真上の雲が、赤黒く染まっているのだ。

 周辺も赤黒いもやのような、霧のようなものが見える。


 赤黒い禍々しい魔力。

 あれは、あの女のモノに違いない。


『ふむ、まずいな。あれだけの濃さ。人間には毒でしかない。長時間あそこにいたら死ぬぞ』


「何だと!?」


 アイミュラーの皇都には、十万人単位の人口がおるのだぞ。

 それをアリーチェ、あの女は……!


「バハムート、急いでくれ!」


『任せよ!』



 ◆◆◆◆◆◆



「これは……」


 皇都を取り囲む壁。

 その正門はアイミュラー軍によって24時間警備されている。

 だが、いまこの正門に警備の兵士は1人もいなかった。


 フェブラントに侵攻しているとはいえ、警備の兵士を1人も置かないなど考えられない。

 このもやが原因?

 それとも別の理由が……

 いや、考え込んでいる時間などない。


 バハムートに頼み、上空からアイミュラー皇都へ侵入した。

 私は、自分の目を疑う事になる。


 皇都はアイミュラーで1番の人口を誇る。

 貴族街は閑静な空気を保ち、平民街は商人や行き交う人々の話声や笑い声で活気に満ちていた。

 嘘と偽りにまみれ虚飾ばかりの国だったとしても、そこには確かに人々の生活があったのだ。


 しかし、今の皇都の状況。

 これは何だ?


 店の中や自宅、そこいらの道ばたに人々が倒れている。

 聞こえてくるのは苦痛の声。

 冬だからというだけではない。

 動植物も見当たらず、落葉樹は腐り、その幹は崩れ落ちている。


 私は決して、アイミュラーの皇都やそこに暮らす人々に愛着を持ってはいない。

 そんな感傷を持つほど、外に出ず、関わりも持っていないからだ。

 だがそんな私でも、この状況には思うモノはある。


『カミュ』


 知らず知らずのうちに呼吸が荒くなっていたらしく、バハムートに肩をポンと叩かれ、我に返る。


「……あぁ、大丈夫だ。バハムート、このもやはどうにかして消せないのか?」


『残念ながら無理だな、これはあの女の血と魔力が混ざったものだ。あの女が自分で解除するか、もしくはあの女が死ぬかしないと消えん』


 ――そして、とバハムートが続ける。


『このもやは、皇都にいる生物全ての生命の生体エネルギーと魔力を吸いとっている。魔力が高いものは抵抗できるが、その他の人間はこのままだと死ぬしかない。このペースでいくと……もって3時間と言ったところか』


 おい。それ、私も抵抗できるだけで、そのうち死んでしまうのでは?


『ぬしは大丈夫だ。我と契約しているから、我の魔力で保護されている』


 そうか、ならば……3時間。

 その時間内でアリーチェを殺す……


『大丈夫だ、カミュ』


 グオォォー!と、バハムートは天に向かって咆哮した。

 あまりの大きさに、私は思わず耳を塞ぐ。

 すると咆哮に呼ばれたのか、大小さまざな召喚獣が私達を取り囲んでいた。

 何匹いるのか、数えきれないほどだ。


「こ、これは?」


『良いか、ぬし達。皇都にいる吸いとられている人間達全てを、皇都外に運びだせ。自分で動ける人間は放っておいてかまわん。魔力が少ない重傷者を優先しろ』


 バハムートの言葉に、集まった召喚獣達がコクコクと頷いている。


『命運はぬしらにかかっておる、頼んだぞ。行け!!』


 その言葉で召喚獣達は散開し、我先にと住人達を運び出していく。

 小さい召喚獣は、2~3体で1人を。

 大きな召喚獣達は1人で3~4人を。

 ドラゴン達など、1頭で10人以上をその背に乗せている。


 その光景に私はポカンとし、あんぐりと口を開けていた。


『ふふん、少しは見直したか? 我はこれでも竜王バハムートなのだ。召喚獣達に号令をかける事など、朝飯前なのだぞ?』


「ああ、驚いた。流石はバハムートだ。感謝する。これで、皇都の住民達は無事に避難できる」


 得意気に胸をそらすバハムートに、私は素直に驚きと感謝を伝えた。

 私の反応が予想外だったのか、バハムートは少しうろたえていたが。

 この者達は何の罪もない。

 私とアリーチェに巻き込まれた被害者なのだ。

 危害を加えてはならない。


 それに……

 これからアリーチェとの戦闘になる。

 周囲に人間はいない方が良い。


 遠くに見える、皇都を分断する大きな壁。

 皇都はあの壁によって、区画が分けられている。

 平民が暮らす住宅地や市場。

 貴族や皇族が暮らす住宅地や皇城。

 基本、平民があの壁を越える事はない。

 例外は、召喚士適正を見いだされ、学園に入学が許可された者くらいであろう。


 通常時、分断する壁はあるが空に魔力壁はない。

 壁もそこまで高いものでもない為、向こうにある高い塔や皇城などは平民街からも見えるのだ。

 だが今は、壁から向こうの貴族街は何も見えない。

 赤黒い魔力がふたをしたように、塔も皇城も隠されてしまっている。


 アリーチェが向こうにいる事は、疑いようがないだろう。

 バハムートに乗り、空から侵入する事は……


『やめておいた方が良い。あれはハネアリが心血そそいでつくりあげた結界のようなもの。強引に破れば、その反動ははかり知れぬ。その余波は中にいる人間だけではなく、ここら一帯におよび、命生まれぬ呪いの地となろう』


「ならば――正面からか。……良いだろう。このカミュ=バルモルト、逃げも隠れもせぬ。憎きあの女を、この手で討ち取ってくれる」


 バハムートではない。

 止めは、この私がしてくれる。

 腰帯にある、母上から渡された蒼玉の短剣。

 これで、あの女を……


 ギュッと握りしめた私の手に、バハムートの爪がそっと触れる。


「大丈夫、大丈夫だ」


 その爪を握り返し、何かに言い聞かせるように繰り返す。


「行こう、バハムート」


 ――全てを取り返しに。



ストックがきれた&忙しいので亀更新になります。

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