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68 空行く友との歓談

 


 冬の夜空の下、アイミュラーへ向けて飛翔するバハムート。

 初めて乗るバハムートの背は中々にごつく、どこにいていいのか解らず、首にしがみついていた。


『カミュ。アイミュラーまで、そう時間はかからない。今のうちに少しでも休んでおいた方がいい』


「うむ。そうなのだがな……短時間で色々ありすぎて、神経が昂っているのだ」


 ローゼリアがイリアレーナ王女に囚われ、スパイをしていたという事を知り。

 高所から突き落とされ、カルトの急上昇急降下で体調は最悪に。

 イリアレーナ王女が倒れ、ユースとバドを亡くし。

 ローゼリアとルーシェはイフリートによってさらわれた。


 ため息をつきたくなるほどに、目まぐるしい。


 それに、色々思い出したからな。

 アリーチェによって串刺しにされた小竜とデラニー。

 あの女に奪われた、心穏やかに暮らせるはずだった18年。

 何度頭の中でくびり殺しても、足りはしない。


 握った拳に爪が強く食い込み、どす黒い感情がわき出てくる。

 そんな私に、バハムートが声をかける。


『カミュ。あまり、そちら側へいってはいけない。楔がたてられ本格的に封印がされているとはいえ、ぬしとあれの親和性は高すぎる。ふとした事で、またこちら側へ顔を出してくる』


 そこで、私は首をかしげる。


「バハムート、結局あれとは何なのだ? アリーチェは何をしようとしている。背中の羽やどす黒いほどの魔力は何なのだ?」


『ハネアリか。何をしようとしているか……一言で言ってしまえば私怨だな』


「私怨?」


『この時代に生きる者に責はない。端的に言ってしまえば八つ当たりでしかないのだ』


「この時代? 訳が解らぬぞ、バハムート。もっと解りやすく言ってくれ」


 しかし、バハムートは首を振る。


『これ以上は自分の目で確かめるべきだ』


 バハムートはそう言った後、アリーチェの事については口を閉ざしてしまった。

 えぇい、ならば次だ。


「ならば、アリーチェが利用しようとしている()()とは何なのだ? 私はまだ名前すら知らないのだぞ」


『あまり人間にもらして良いものでもないのだが……バハムートである我と契約した以上、知っておいてもらわねばならぬな』


 そうして、バハムートは低い声で語り始めた。



 曰く、初めは小さな種だったと――


 その種は年月を重ねる毎に、少しずつ、でも確実に大きくなっていった。

 気がついた時には手遅れだった。

 それは既に意思を持っていた。


『昔の世界は召喚獣と人間が共存をしていた。初めはうまくいっていた。だが時を重ねるにつれ綻びが生まれ、それは徐々に広がっていってしまった』


 召喚獣は人間を。

 人間は召喚獣を。

 互いが互いを見下し、世界は悪意に満ちていた。

 種は悪意を養分にし、成長し、そして生まれた。


 悪意を養分にして育ったそれは、悪意の塊でしかなかった。

 世界を憎み、召喚獣を憎み、人間を憎んでいた。


『我々があれを育てたようなものだ。世界が悪意に満ちていなかったなら、他の道もあったやもしれぬ』


 それとの戦いが始まった。


『皮肉なものだ。共通の敵を前にして、ようやく召喚獣と人間は手を取り合った。その大戦をきっかけに召喚術は生まれた』


 バハムートの言葉に、少なからず私はショックを受けた。

 召喚獣と召喚師は、ともに良き隣人であると教わってきた。

 戦闘訓練も受けるが、召喚獣の力を借りるのは生活の向上の為。

 より良い暮らしや安寧を求めてだ。

 アイミュラーが虚構まみれの国でも、良き隣人であるという言葉は本当の事だと思っていた。


 ショックを受けた私を尻目に、バハムートは続ける。



 戦いは直ぐには終わらず、人間も召喚獣も疲弊していった。

 その原因は……


『あれに味方した召喚獣がいた』


 ――不死鳥フェニックス


 強大な癒しの力。

 その力は万物を癒し、例え死の淵にいたとしても引きずり戻すほど。


『その力故フェニックスは他の誰よりも求められ、底のない欲望に疲弊していた。それ故、全てを憎んでいたあれに共感し、力を貸した』


 他を圧倒する癒しの力を持つフェニックスが敵に回った事で、召喚獣と人間の連合チームは大苦戦した。

 いくらダメージを与えても、フェニックスが一瞬で回復してしまう。

 フェニックスをどうにかしないと勝ち目がない。

 そこで立てられたのが、スパイ作戦だった。

 フェニックスの信用を勝ち取ったところで騙し討ちをし、封印をする。


『この作戦は賛否が別れた。だが、手段を選んでいる時間はなかった』


 そこで手をあげたのが、海の支配者 海蛇リヴァイアサン。

 バハムートに次ぐ実力を持つ召喚獣だった。


『リヴァイアサンが、どうやってフェニックスの信用を勝ち取ったのかは解らぬ。だが結果として、フェニックスは封印された』


 それ以後、何千年とフェニックスは封印され、封印が解かれた事は1度もない。

 後世伝わっているフェニックスの伝承は、その時に生き残った人間達によって伝えられてきたものだった。


『フェニックスが封印された事によりあれは弱体化し、世界の狭間に封印する事に成功した』


 ここで少し疑問がわいた。


「完全に倒す事は出来なかったのか? そうすれば懸念もなくなったであろう?」


 バハムートはその言葉に首を振る。


『あれは悪意を糧にする。完全に倒すには世界から悪意を消す事が不可欠だった。そのような事を、どうやって実現すれば良い……我々が出来る事は、出来るだけ強固にあれを封印をする事だけであった』


 その過程で世界を2つに分け、楔で蓋をした。


 片方の世界は召喚獣達の世界、エンドローズ。

 もう1つは人間達の世界、オーリプタニア。


『だが、人間だけで1から生活を建て直すのは無理だった。向こうの世界でも生活の発展の為に召喚獣が力を貸していたからな。故に、行き来する方法は残した』


 昔も、発展する為に両者が力を合わせていた時はうまくいっていた。

 だが、技術が発展し、生活が安定し、これ以上の発展は必要ないと停滞し始めた頃に、両者の関係は崩れ始めた。


『昔の技術は禁忌として向こうの世界に封じ、この世界ではそこまで発展しないようにと両者で決めた。それも忘れ去られ、その考えが引き継がれているのは極々少数の人間のみだが』


「……ん? ちょっと待ってくれ。昔の高い技術というのは、()()()()のものであろう?」


 元はと言えば、ミストレイル(旧ドラゴニア)に敗戦し結ばれた条約。


 ――竜王バハムートが住まう地に攻めこまない事


 これは、古の時代の契約した者の言葉を遵守させる制約の魔導具が使われたと、クリストファー殿下から教えていただいた。


『古の時代の高い技術を向こうの世界に封じたのなら、何故魔導具がこちらの世界にあるのだ?』


『……』


 バハムートが気まずそうに視線をそらす。


『……召喚術が使えるように道を残した為、時折その狭間から魔導具やら遺跡やらがこぼれ出てしまうのだ。蓋をしようにも、道を残している間は無理だ。どうしてもすき間ができてしまう。楔がゆるんでからは更にだった』


 ――だから……


『狭間からこぼれ出てしまう。それは解っていた。だから、最初はある程度立ちいくようになったら撤退する予定であった。だが……』


 ――離れられなかった


『完全に離れるには、良い思い出がありすぎた。そのままずるずると交流を続け、このざまだ』


 そう自嘲するように呟いたバハムート。


「……」


 ……非常に気に食わん。


 バハムートの首筋に、怒りにまかせて思いっきり右手を振り下ろした。

 私にとっては渾身の一撃だが、バハムートにとってはそよ風みたいなものであろう。


『か、カミュ?』


 困惑した表情を見せるバハムートを、私は不機嫌に見つめる。


「お主、今人間と召喚獣がともに過ごす事は失敗だったと。そう言ったか?」


 背筋を伸ばし、目を瞑り、呼吸を落ち着かせる。


「……確かに、人間と召喚獣の歴史は良い事ばかりではなかったのであろう。だが、そんなもの人間同士でも召喚獣同士でも同じ事。人間と召喚獣()()()、うまくいかなったのではない。心ある者同士が、その考えを異にする事など当たり前の事だ」


 召喚術がうまく扱えずに折檻された事もある。

 自身の不器用さに泣いた事もある。

 それでも……


「それでも! 私は召喚獣に出会えて良かった! 召喚術があって良かった! そう思うのだ!」


 カルト、ベル、デラニー、ユース、バド。

 そして、バハムート。


「失敗だったなどと言って、あやつらとの絆を否定するなど。バハムート、お主との出逢いを否定するなど……そのような愚行、断じてこの私が許さん!!」


 はあはあと、私の荒い呼吸音だけが夜空に溶ける。


『すまない、我が浅慮であった』


「ふん、2度とそのような考えをもつでない。そして、自分を責めるなバハムートよ」


『しかし……世界を守護し、大道を正す役目を持った竜王である我が。世界より何より()()を優先したのだ。その結果が……』


「この馬鹿者が!」


 グダグダと続けるバハムートに、私はまたもや右手を振り下ろす。

 本当に、うんざりとするほどバハムートは私に似ている。

 私の時はローゼリアやバドが支えてくれた。

 前を向かせてくれた。

 今度は私の番だ。


「それが気に食わんと言っておるのだ。自分を責め続けて何が変わる。ドMか、お主は」


『ど、ドM?』


「こう言ってはなんだがな、後悔しても起こってしまった事は仕方がないであろう。ならば今考える事は、この先どうするかだ。後悔やらなんやら、今はそんな事している余裕はない」


 誰かに活を入れるなど、似合わぬ事をしているせいか。

 だんだんイラついてきた。

 何故私が、こんなに頭をフル回転させなければいけないのだ。


「むしろ、私は力を貸してくれ、助けてくれと言ったであろう! お主は任せろと言ったのだ! ならば今は契約者の私の事だけを考えておれば良い!」


『……』


 何だか、バハムートが半ば呆れたような目でこちら見ているような気がする。

 が、そんな事知らん。

 今バハムートが優先すべきは私だ。

 そして私は、さらわれてしまったルーシェとローゼリアを優先するのだ。


『本当に、ぬしという奴は。竜王に対してそのような不遜な態度を取るのは他におらぬぞ』


「この方がらしいであろう? バハムート様と媚びへつらう人間など、お主の好みではあるまい」


『確かにな』


「私とお主は契約で結ばれた召喚獣と契約主という前に、友なのだ。その友に遠慮や隠し事などするでない」


 私を背に乗せたバハムートの背中。

 少し暖かいくらいだったその温もりが、悲しいくらいに一気に冷えた。


『……』


 固まったように前を見つめ、何も語らぬバハムートの心情を、その温度は嫌というほど語っている。


「私自身の事だ。私が知らなくていいという事はない。すでにある程度の予測はついている。言わぬのなら、私が口にしようか?」


『……流石に、ぬし自身に言わせるわけにはいかぬな』


 バハムートは、その重い口を開く。


『……カミュ、ぬしの身体は――』



 ◆◆◆◆◆◆



 夜空を見上げ、まぶたを閉じる。

 1つ2つと深呼吸をし、無理矢理明るい声を出す。


「しっかし美人薄命とはいうが、私は色々と数奇な運命の持ち主であるな」


『何が美人だ。自分で自分の事を美しいなどと、どれだけ自惚れだ』


 バハムートも察したのか、私のから元気劇場に付き合ってくれるらしい。

 何と契約主思いの召喚獣なのだ。


「何を言う。私は社交界では美丈夫として有名だったのだぞ」


 ……まあ、陰では身長がどうのこうの。

 義弟のルーシェの方がどうのこうのと言われていたのだが。


「……そういえば、バハムート。お主、私にひきこもりを告げた時の口調は何だったのだ?」


 今の今まで忘れていたが、とてつもなくチャラい口調ではなかったか?

 初めて竜王山で会った時は、極々普通であったのに。


「何か理由でもあったのか?」


『ぬし、覚えておらんのか?』


 ん?


『ぬしが、友達というのはくだけた口調で話すものらしい。というから、我は練習したのだぞ!?』


「……言ったか?」


『言った! 竜王山で確実に言うたぞ! だから我は頑張って話したというのに! なのに聞いたぬしは微妙な反応をするし、ローゼリアやタイタンはそのような話し方はしておらぬしー!!』


 あの喋り方を黒歴史認定したのか、手で頭をおさえながらジタバタ悶えはじめてしまった。


 ……では何か?

 召喚獣や召喚師に神と崇められ、世界の成り立ちを知り、守護者である、()()竜王バハムートが。

 言った本人である私すら覚えておらぬ「友人というのは~」の一言で、必死になってくだけた喋り方を練習し、あれ?あれ?と首をかしげ、今顔を真っ赤にし、恥ずかしさで悶えておるのか?


「……くっ、ぷ……だぁーはっはっは!」


 こらえきれず、大爆笑してしまった。


「あのバハムートが! ぶふっ!」


『カミュ、ぬしという奴はー!!』




 しばらく笑いはおさまらず、やっとおさまった時には笑い疲れしてしまった。

 笑いすぎたのか腹筋や胸のあたりが痛いほどだ。


「はぁ。こんなに声を出して笑った事など、いつぶりだろうな」


 目尻の涙を指先で拭う。

 ……いや、むしろ生まれて初めてか?

 切ない事実に気がつきながらも、良い感じに力が抜けた。


『……それは良かったでございますな』


「何だ、その変な喋り方は」


 完全に拗ねたバハムート。

 バハムートにとっては災難だったのであろうが、私にとっては……


「感謝する、バハムート。良い気分転換になった。それに――」


 ――良い思い出ができた。


『……っ!』


 言葉を詰まらせるバハムートを軽く撫でる。


 本当に、私は大切な誰かを悲しませる事しかできぬのだな。

 ならばせめて、少しはましな別れを。

 舞台の道化にだって、意地はあるのだ。



 ◆◆◆◆◆◆



 そうして、私は夢を見た。

 泣きたくなるくらいの、ずっとひたっていたいくらいの、優しい夢。


 カルト、ベル、デラニー、ユース、エリン。

 母上、ルーシェ、ローゼリア、バド、ヴェイン、レオ。

 イリアレーナ王女とシヴァまでいた。

 そして、もちろんバハムートも。


 皆、笑っていた。幸せそうに。


 あるはずがない情景だと解っているからこそ、それは私の心にひどく痛く響く。


 ふと気がつくと、そこに黒い影があった。

 影……と言って良いのだろうか。


 端の方に、それはボヤッとあった。


 影のような染みのようなもの。

 それは皆の輪から外れてポツンといた。

 それはまるで、子どもの頃の私のようで。


「お主、どうしたのだ?」


 声をかけたら、跳び跳ねるようにうごめいて。

 私の方にのびてくる。

 それが、探し求めていた庇護をやっと見つけた子どものようで。

 私は自分から手をのばして受け入れた。


「泣いておるのか? そうだな、1人は誰でも寂しいからな。安心するが良い、私がともにいよう」


 うねうねとのびる黒い影は私の手を取り……一気に広がり、私をのみ込んだ。



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