67 sideアシュリー
私はお金が大好きだ。
お金があれば何だってできる。
お腹いっぱい食べる事も、キレイな服を着る事も、暖かい部屋で寝る事も、病気を治す事も。
誰かを亡くして泣かなくても良いし、泣いている大斬な人を助ける事だってできる。
生きる為に、誰かを蹴落とさなくたって良い。
最初に思い出す記憶は、誰かの泣き顔。
その次は、厳しい祖父の顔。
「いいか、アシュリー。よく覚えておきなさい。この刀を手放してはならない。これは守り刀。お前が危ない時に、きっと助けになる」
――嘘つき
そう思いたくなるくらいに、アシュリーちゃんの人生は色々あった。
死にそうになった事だってあるし、絶望した事もある。
何度質草にしてお金を手にいれようと思ったか。
結局、そうしなかった理由。
……なんだろう、自分でもよく解らないや。
おじいちゃんの形見だから?
それとも罪悪感から?
美少女は苦労しないって相場が決まってるのに、美少女なはずのアシュリーちゃんは、そりゃー苦労した。
気がついたらスラムにいて、両親はいなくて、厳しいおじいちゃんと2人暮らしで。
色々あった。
色々あって苦労したけど、スラムは嫌いじゃなかった。
顔馴染みのおばちゃん。
いつも水汲みを手伝ってくれたお兄ちゃん。
女の子はキレイにしてなきゃねって、髪をとかしてくれたお姉ちゃん。
しわくちゃの笑顔が大好きだったおばあちゃん。
いつも一緒に遊んで、ご飯を探して、寒い時は寄り添いあった友人達。
苦労したけど、色々あったけど。
それでもあそこは、私の家だった。
皆で幸せになりたかった。
でも、それは叶わなかった。
スラムは壊滅したから。
好きなものはお金。
嫌いなものは暴行略奪。
そして、火事。
小人くんは、私に何か聞きたそうだったね。
うーん、人を殺した後の心のありかた、的な?
簡単。それは簡単。
大切な人達に比べたら、そこらの人間なんて単なるかかし。
かかしを壊すのに、ためらう人なんていない。
慣れたいなら、大切な人を殺せばいい。
んー、でもね。
小人くんは、そこまでいっちゃダメダメ。
こんなの、しなくてすむならしない方がいいんだからね。
だから、お姉さんに任せなさい。
◆◆◆◆◆◆
薄暗くなった中を駆け抜ける。
邪魔をする雪はなくて、少しぬかるんだ土に私の足跡がつく。
イフリートの熱気が溶かしたのか、それともシヴァの加護が薄くなったのか。
それは私には解らない。
追っ手も何もないから、痕跡を気にする必要はない。
アイミュラーもフェブラントも、召喚が下手な一兵士であった私の動向を気にしてなんかいない。
それが、私の強み。
なすすべもなくローゼリア皇女をさらわれた失態は、ここで取り返します!
減給なんてノーセンキュー!
もー、小人くんがあっさりさらわれてから、私働きすぎ!
特別賞与貰っちゃうよ!
皇女様は静かに泣き続けるし、巨人くんは巨人くんであたふただし。
ヴェインとレオの兄弟は、なついてた人がいきなりいなくなって絶望してるし。
何とか皇女様と巨人くんを連れて、クリアヌスタ峡谷を出発したら今度は2人がさらわれるし。
いやー。さすがにあの時は、ポカーンと口をあけたね。
荷物は全部巨人くんが持ってたし。
私の毛布!テント!水!ご飯!!
でも、それでへこたれるアシュリーちゃんではなかったのです。
フェブラントの国民は、全員大都市に避難してたから、村や町はもぬけの殻。
申し訳なく思いつつも失敬させていただきました。
そのついでに、火を放とうとしていたアイミュラー軍を斬っておきました。
パンやら水やらはその代金。って事で。
そしてアシュリーちゃんは、やる時はやるのです。
斬り殺す前に、アイミュラー軍本隊の場所を聞き出しました。
聞き出した後にちゃんと、殺しておいたからね。
そのまま逃がすなんて、馬鹿な真似はしません。
アイミュラー軍本隊の場所はナクレ平原。
そこに向かうまでに、焼き討ちしようとしてたはぐれアイミュラー軍もちゃんと斬っておいたよ。
「アイミュラーの紋章ついてんじゃねーか、お仲間だろ?」
そう言って、盗んだ金品を差し出してきた兵士もいた。
だけど、
「一緒にしないで」
そう言って斬り捨てた。
確かに、昔はお金で間違えた。
お金を手に入れる事だけが目的になって、そのお金で何がしたかったのかを見失った。
そして亡くした。
でも、もう今は間違えない。
確かに、お金が大好き。
でもね、ヘドがでるほど嫌いなものもあるの。
皇女様や小人くん、巨人くんは、私の大嫌いな事をやらない。
そしてお給料までくれるっていう。
なら、どっちを選ぶかなんて決まってる。
おじいちゃんや皆も言ってた。
歳上の子は、下の子達を守る為に先に生まれてきたんだって。
できる事が少しだけ多いから。
なら、私は頑張らなきゃ。
小人くんより皇女様より巨人くんより、私が少しだけ歳上だから。
できる事はやる。
君たちにかかる火の粉は、振り払うよ。
走って、走って、走って。
変な気配がする方向へ向かう。
私はろくに召喚もできないポンコツだけど、それでも何かおかしいという気配は解るのです。
神経を研ぎ澄ませ。
この先にあるのは、小人くん達の邪魔になるもの。
雑念があったら斬れないもの。
戻ってこい、あの頃の私。
それが嫌で、少しはマシになりたくて。
だから召喚師を目指してみたけど、無理だったから。
刀を握りしめると、スッと頭の中が冷えていく。
余計なものがなくなって、ただただ斬り捨てるモノになる。
おじいちゃんが言っていた事はあっていた。
確かにこれは守り刀。
手放さなかったから、私は今、あの子達の役にたてる。
売ろうとしてごめんね。
心底反省してるから怒らないでよ。
あー、ギャーギャー言わないで!
小言を無視してナクレ平原を駆け抜ける。
高い木も草もなくて、隠れる場所がない。
なるべく身を低く、気配を消して。
精鋭ならともかく、だらけきった3軍に私は捉えられない。
鈍重な兵士のわきを駆け抜けて、一気に中央へ。
目当てのものは、精鋭と多数の召喚士部隊に囲まれてる。
「召喚用意!」
さすがに気づかれるよね!!
まわりの部隊や兵士が一気に殺気だつ。
「ジネヴィラ!?」
「あー、先輩久しぶりー!」
「久しぶりじゃねーよ! 全然姿をみせないと思ったら何してんだ!」
私が所属していたアイミュラー軍召喚部第4小隊の先輩。
いやー、よく怒られました。
「先輩ごめんねー。私除隊するから、隊長にも伝えておいてー」
「除隊!? 何考えてんだ!?」
「色々あったの!」
精鋭部隊の剣を受け止め、蹴りとばしながら会話をする。
「はい、そうですか。と納得できるか!! ふんじばってでも詳しく聞かせてもらうからな!」
先輩が馬型のケルピーを召喚する。
ケルピーに向かって、私は刀を一閃。
「召喚獣に普通の武器が効くわけないだろ! だからお前はいつまでたっても……ってぇ!?」
豆腐のようにもろくも斬られたケルピーは、その姿を維持する事ができずに消えてしまった。
「ふっふーん、おじいちゃんの形見の守り刀! これは普通の武器ではないのです!」
まあ、前までは極々普通の刀だったんだけど。
今は違う。
この刀で斬られた召喚獣は、強制的に向こうの世界へ送還されてしまうのです!
あ、死んでないから大丈夫だよ。
詳しくは説明されても解らなかったけど、こちらにいる為の魔力を切断してるとかなんとか?
つまり!
この刀は対召喚獣戦闘に、すっごい力を発揮する!
「だから先輩、引っ込んでてね!」
刀の範囲外へ思いっきり蹴り飛ばす。
苦労かけた先輩を斬り殺さないように、っていうアシュリーちゃんの優しい配慮です!
現れた多数の召喚獣を、斬って斬って斬って、私は目的地を目指す。
精鋭に囲まれた中心地。
怪しい気配。
アレの力の中継地。
あれを斬れば、あの女は戻るしかなくなる。
……は!
ふと思ったけど、まわりの精鋭兵って殺しちゃっていいの?
精鋭がいなくなったら全部終わった後、皇女様が困っちゃう?
……うーんと、なるべく峰打ちで?
難しい事言うなって?
しょうがないじゃん、持ち主様の命令!
対人間相手には、なるべく斬れ味おさえて!
……見つけた!
精鋭が厳重に警備してる。
移動可能な、簡易式の祭壇。
その中に祀られているもの、それを斬る。
走りながら柄を握り直し、呼吸を整えて一気に跳躍した。
「行っくよー、オーディン!!」
アシュリーが祭壇的なものを斬ったから、58話でアリーチェが苦しみルーシェの体のなかから出ていったのです。
影の立役者アシュリーちゃん。





