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65 竜王山6~契約、バハムート

 


 最初に目に入ったのは、自身の腹に刺さる魔力の炎剣。

 痛みを感じる前に膝に力が入らなくなり、次いで身体の支えを失った。

 顔から地面に突っ込む形になり、また顔に傷がついたと、馬鹿な事を気にしていた。


 シヴァやイリアレーナ王女、バハムートの慌てる悲鳴もどこか他人事で。

 私の血で真っ赤に染まった竜の涙が印象的だった。

 垂れる血が、まさしく涙のようで……


「血が止まりません!」


『あれに侵食されているからだ。ユニコーンも何も効かん。霊鳥フェニックスでなくては!』


『ですが、バハムート様。フェニックスは……』


『解っている……』


 マントを脱がされ、その上に寝転がらされた私は、荒い息を繰り返していた。

 対応を決める3人の声が聞こえるが、どこか遠い出来事に聞こえる……


 先ほどまで腹が熱く、痛みもあったはずなのに、今は寒ささえ感じる。


「しっかり! 目を閉じては駄目です!」


 イリアレーナ王女の焦ったような顔。

 能面みたいな顔か不機嫌な顔しか見ていなかったから、こんな人間らしい顔もできるのかと、少し感心する。


「今、バハムート様とシヴァが助ける術を模索していますから! 死んではいけません! あの女に負けたままでいいのですか!?」


 そうだ。そう言えば、


「アリ……チェ……は……」


 アリーチェ殿はどうしたと聞きたいのに、既に喉はうまく声を発してくれない。


「あの女は去りました。目的は達したのでしょう」


 目的?私を殺す事か?

 声を出したいのに、喉はヒューヒューと情けない音を紡ぎだす。


『カミュ』


 バハムートが私を覗きこむ。

 その瞳はどこか、申し訳なさそうに曇っていて……


『お主を助ける術は、今のところ1つしかない。我と契約を結ぶのだ』


 私がどんなに願っても、バハムートは首を縦に振らなかったのに。


『お主のその傷は致命傷だ。お主の中に入り込んだモノのせいで回復も効かぬ。治す為には我がお主と契約をし、身体の中に住み着き、体内から治療をしつつ、あれも封印しなくてはならん』


 なのに何故、そのような悲痛な声を出すのか。


「専属……か?」


『いや。専属なら我はカミュに縛られてしまう。それは、お主の中にいるモノに我が縛られる事と同意。それだけは避けなければならん。我はあれを封印する鍵だ。鍵が縛られる、それは封印が解けるという事なのだから』


 ならば、優先……?


『それでは理が足りぬ。我が人間の身体の中に住み着くという事は、とても大きな事なのだ。だから、隷属契約で結ぶ』


 初めて聞く契約名に、働かない私の頭はパンク寸前だった。


『隷属契約というものは……』


「大丈夫……だ……」


 説明を始めようとしたバハムートを制する。


「バハムートが……私の為にならぬ契約を結ぶはずがない……だから、そのように思い詰めなくて良いのだ」


『……!』


「私の失態のせいで……私がここにいたせいで……私が……生まれてきたせいなのだから……」


 バハムートが今苦しんでいるのも、イリアレーナ王女とシヴァにいらぬ迷惑をかけたのも。

 母上がずっと支配されていたのも。

 小竜とデラニーが死んだのも、全て。

 全て、私のせいだ。


 他人に迷惑をかける事しかできない。


『違う! それは違うぞ! 断じてカミュのせいではない』


 傲慢かもしれぬが、私にもできる事は1つだけあるのかもしれない。


「私の中にいれば、1人ではない……」


『なに……?』


「永き生から見れば、一瞬の事かも知れぬが……私と契約をしていれば、少しは気が紛れるであろう?」


 孤独に震え、花を生み出す必要もない。

 諦めたように笑う必要もない。


『……あれは大部分がカミュの中に入ってしまった。このままでは、カミュの命が途切れると同時に封印が解ける。我はカミュの治療をしつつ生命を維持し、あれを封印する。こうなっては、あれがカミュの中に入った事はある意味幸いだったのかもしれん』


 ああ。少しは、私も役に立てるのか。

 その嬉しさに、思わず顔がほころぶ。


『喜ぶような事ではない! か弱き人間の体内でやるには厳しすぎる事だ。何らかの不具合が起きるであろう、我とあれが入る事により、カミュの肉体は痛み、悲鳴をあげるであろう。それがどれほどの苦痛か……! 我を友と言ってくれたお主に、そのような責め苦を負わせるのだ』


 歯を食い縛り、何かに耐えているバハムート。

 その苦しみも私のせいなのだろうが、少しでも軽くしたくて声をかける。


「気にする事では……ない。友なら、辛い時は助け合うものだと聞いた。なら、今がその時であろう?」


 少しでも、明るい調子で。


「私を助けてくれ、バハムート……」


 私の言葉にポカンとした後、バハムートは大口をあけて笑いだした。

 その瞳に光り、垂れてきたものはきっと汗であろう。

 そこで突っ込みをいれるほど、私は無粋な男ではない。


『ああ、そうだな。お主を助けよう、カミュ。そして我を助けてくれ。お主がいないとあれを封じていられん。バハムートしての使命を果たせなくなる』


 バサリと翼をはためかせ、居ずまいを正す。


『カミュ。お主、宝石や魔石は持っているか? 負担を減らす為に、少しでもお主の魔力を底上げする』


「マントと背嚢にいくつか……」


「こちらですね」


 私が山道に置き去りにしていた背嚢を、いつの間にかイリアレーナ王女が持ってきていた。

 手早く背嚢とマントから石を取りだし、私の周囲に並べていく。


『シヴァとシヴァのマスター。お主達にも手伝ってもらうぞ』


『もちろんでございます』


「……かしこまりました」


 私の身体は一体どうなっているのか。

 腹を刺され、血を大量に流し、そこそこの時間がすでにたっている。

 苦しさはある、痛みもある、目も大分かすんできた。

 それなのに、命が手放される感覚はしない。

 これも、私の中に入り込んだというものの影響なのだろうか。

 ならば、今だけは私を生かしてくれている事に感謝しよう。

 私は死ぬわけにはいかない。


 1人ポエム状態だった私の指先にバハムートの爪が触れる。

 2人を黒い光の柱が包み込み、温かな空気が私の頬を撫でる。

 カルトやベル、デラニーと契約した時は淡い白い光であったが、これが名ありと名なしとの契約の違いなのだろうか。


 低い、低いバハムートの声。


『汝カミュ=バルモルトは、我の下につき、我のものとなる。契約に同意するならば。示せ、汝の意思を』


 何だか微妙に引っかかる物言いだが、仕方あるまい。

 私は、肯定の言を発した。


『なれば共に。汝の魂は我が手中に』


 光の柱がより一層強く輝き、ゆっくりと上の方から消えていく。

 最後に消える前に、黒い光は文字を紡ぐ。

 バハムートの個体名。『バハムート』


「……」


 種族バハムートの個体名はバハムート。

 とてつもなく拍子抜けした頬を、冷たい風が撫でていく。

 先ほどまでの温かい空気との差に、身震いする。


 そんな私の腕を、万歳の状態でイリアレーナ王女にガッシリと押さえられた。

 捕まれている手首がとてつもなく冷たいのだが。

 そして更に、私の胴体はバハムートの足で踏んづけられている。


 ……おい。契約その他諸々は納得したが、足蹴にされるのは承知しておらんぞ。

 何をする気だ、何を。


『うむ。許せ、カミュ。我が入る時は絶大なる痛みと苦しみがお主を襲うであろうからな。暴れないように押さえさせてもらう』


 パキポキと首を鳴らし、翼を大きくはためかせるバハムート。

 その様はまさに準備運動。


『我も流石に契約者の体内に入るのは初めてでな。勝手がよくわからんが、まあそれはそれだ』


 不穏な言葉が、どんどん出てくるのだが。

 初めて?勝手がよくわからぬだと?


『我自身をなるべく小さな魔力体に変換しなくてはならぬのだが、機会がなかったからやった事がなくてな。やり方は解るのだが、どんな感じなのか正直よく解らん。初心者だからな』


 待て……待て待て待て。


『その点はシヴァが経験者だから、こうして手伝ってもらうのだ』


 バハムートの腰辺りに触れ、こちらを見ながら手を振ってくるシヴァ。


「ま、待つのだ。バハムート。やはり、最強の召喚獣である竜王バハムートが体内に入るなど、もっと慎重に時間をかけて行わなくてはならないと思うのだが……」


 後ずさりしたい、今からでも拒否したいが、バハムートとイリアレーナ王女に押さえつけられてそれも叶わぬ。


『うむ。そんな時間的余裕は既にないな。すまんが、覚悟を決めてくれカミュ。友の我を助けてくれるのであろう?』


 とびっきりの良い笑顔で、こちらに圧をかけてくる。

 逃げられない……


『よおぉーし、行くぞ。カミュ!』


 その声と同時に、バハムートの巨体が光輝く。

 私を押さえつけていた足の感触がなくなり、熱く重い何かが揺らめく。


「……ぐ、ぁ?」


 刹那、光が胸の辺りから一気に中に入り込む。


「があぁぁぁぁー!」


 腹部に剣が刺さった時の比ではない痛みが、私を襲う。

 一点ではなく、身体全体を刺し貫かれるような痛み。

 それでいて、身体内部からも抵抗するかのように押される。


「あぁぁぁぁああああ!!」


『バハムート様、もっと細く小さくです! 針のすき間を通すようなコントロールを!』


『う、うむ。すまぬ、カミュ! 耐えてくれ!』


「あぁぁぁぁああああ!!」


 キツいのは、刺し貫かれるような痛みではない。

 内部が沸騰するかのような熱さ、込み上げる胃液。

 ぐるぐるぐるぐるとかき回されるかのような不快感。

 頭を何度も何度も揺すぶられ、めまいがし、どちらが地面かも解らなくなる。

 吐き気がこみあげ、口から内蔵全てが出てしまったような感覚になるほど押し上げられる。


 そんな私の意識を繋ぎ止めてくれているのは、イリアレーナ王女の手の冷たさだった。

 痛みさえ感じるほどの熱さの中、その手の冷たさだけが私を潤してくれた。


『もう少しだ、カミュ!』


「が、あぁぁぁぁああああ!!」


 どれほどの時間がかかったのか、ふいに訪れた終わり。

 私の中にバハムートが入り込み、光が収束した。

 先ほどまで目の前にいた黒い巨体はいなくなり、荒れ地となった竜王山がそこにはあった。

 バハムートが早速治療をしているのか、腹部の傷は急速に治っていく。


「っ……」


 イリアレーナ王女に肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。

 傷は治っても血が足りていないのか、頭がくらくらする。


『体調はまだ悪いかもしれませんが、時間がないので聞いてください。バハムート様とあれが体内にいる事で、色々と不具合が確実に起きます。契約で縛ったとはいえ、竜王の魔力と存在はあまりにも強大。普通に起きて行動をするだけで、人間である貴方の身体には大きな負担がかかります』


 貧血のせいなのだろうか。

 目の前のシヴァの姿も声も、どこか遠い。


『ですから、バハムート様は基本眠りにつきながら貴方の回復と封印をします。ですが、貴方の感情が負に振りきれたり爆発したりしたら、あれの力が強くなる。そうなれば、封印を強固にする為にバハムート様は力を解放しなくてはいけません。それは貴方の身体に多大なる負担となります。ですから、なるべく感情を穏やかに……』


 夢の中にでもいるように、頭が働かない。

 言葉の意味を理解できない。


「あれとは……なんだ?」


「すでに不具合が!? シヴァ!?」


『予想よりかなり早いですが、どうしようもできません』


 目の前の女性が目を伏せる。

 このような冬山であのような格好をしていては風邪をひいてしまうぞ。

 ……私を支えてくれている、この少女は……一体誰なのか。


 聞こえてくる単語。

 バハムート。あれ。契約。シヴァ。

 この者達は何を言っているのか。

 私は何故こんなところにいるのか。


 ぐるぐるぐるぐると、解らぬ言葉が耳を通りすぎていく。

 何かを尋ねる体力もなく、今すぐ横になりたくて。

 そこで、私の意識は途絶えた。



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