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62 竜王山3~近づく距離

 


 私とバハムートの距離は、またもや近くなっていた。


『お主、異母弟がいるのか』


「うむ。私と違い、優秀で親からの愛情を一身に受けて育った者でな。同じ血が流れている筈なのに、この差はなんなのかと嘆きたくなるほどだ」


『しかも、イフリートの契約者とはな』


「うむ。僅か14歳で名ありとの契約だ。私が14歳の時など、何が出来たか」


 竜王山に来て4日。

 バハムートに寄りかかりながら世間話をするまでになっていた。


『イフリートは一度懐に入り込めば情が深いが、それまでが苦労する。なんせ、シャイだからな』


「イフリートはシャイ……なんだか知りたくなかった情報だな。あれだろ? どうせムキムキマッチョなのだろ?」


 私のイフリートのイメージは熱血体育会系なムキムキマッチョだ。

 そんなのがシャイ……


『いや。若い頃にヤンチャした傷だらけ不良少年(ヤンキー)が、歳とって少し落ち着いた感じだ。マッチョではないな』


 傷だらけヤンキーがシャイ。

 ガラスのハートのピュアボーイというやつか。


『だからこそ、一度認めたら最後まで尽くすだろうな。ああ見えて、契約者思いだ。その情の深さが、弱点とも悪い所とも言えるが』


「どういう事だ?」


『契約者の意思より、契約者の生命を優先する』


 ん?別に大して困る事でもないような気がするのだが。


『まあ、そうなんだが……』


「私としては、断固契約者の生命を優先してほしいものだ。ルーシェが危険にさらされるのは、私としては本意ではない」


 イフリートとの契約に成功したルーシェは、近々宮廷召喚師になるだろう。

 基本的には宮仕えで陛下直轄な為、危険は少ない。

 だが、年齢的にはまだまだ先とはいえ、有事の際は軍に編成される事もある。

 そんな時、イフリートが守ってくれるなら安心だ。


『お主は、弟の事を恨んではいないのか? 弟がいるから、今の地位を追いたてられるようなものだろう?』


 何を言うかと思えば。


「確かに、思う事がないと言えば嘘になる。だが、それでも私のたった一人の弟なのだ」


 幼い頃、弟妹を欲した事もある。

 存在を知った時は、憎しみや嫉妬。

 ルーシェの才を知り、学園で接してからは劣等感に苛まれた。

 だが、


「それはルーシェのせいではない」


 ルーシェはルーシェで、懸命に修行し生きた証だ。

 私の出来が悪いのはルーシェのせいではない。

 私自身の問題だ。


「むしろ、私の憎悪の対象は両親だ。特に父上だな。私には愛情の一欠片もくれなかったのに、ルーシェの方は抱き締めて声をかけ、自分の愛用の杖を渡すとか酷すぎであろう」


 母上の方は、まだ嫌いという感情がある。

 だが、父は……

 認められたいという気持ちがあった。

 だが、ルーシェがイフリートと契約を結んだ後。

 初めて父上に呼び出され、初めて会話らしい会話をしたあの時。

 父上にとってなにものでもない言われたあの時に、父に対する肯定の感情は消えてしまった。


 今はただ、見返してやりたい、叩き落としてやりたい。という気持ちしかない。


 私は死を決意するまでに叩き落とされた。

 同じ目にあわせてやりたいと思って、何が悪い。


 どす黒い何かで染まり、呼吸が荒くなっていく。

 その時、バハムートに声をかけられた。


『カミュ』


 その瞬間、黒い何かが霧散し呼吸がしやすくなる。


『何もかもを恨みたくなる気持ちは否定しない。だが、あまり行ったら戻れなくなる』


 言っている意味はよく解らなかった。

 だが、そこは素直に頷いておいた。



「そういえば、バハムートに親や兄弟はいないのか?」


 召喚獣の生態は、未だに解明されていない。


『我も含め、召喚獣に親や兄弟という血縁は存在しない』


「なら、どうやって生まれてくるのだ?」


『名無しなら、召喚獣の世界(エンドローズ)の魔力溜まりから生まれてくる。名ありなら、先代が死んだらその亡骸から生まれてくる』


 先代の亡骸?

 よく解らん。


『簡単に言ってしまえば、亡骸が親みたいなものだ。技術、記憶、魔力。その他諸々を継承し、新たに生まれてくる』


「記憶も何もかも継承されるなら、先代と今代は同じ人物と言えるのではないか?」


『違う……な。水のウンディーネは今で3代目だが、初代、2代とも似ても似つかん。見た目もそうだが、どこか違う。はっきりとは解らないがな』


「そう……なのか」


 名ありは継承を繰り返すというのは世紀の大発見だな。


「バハムートは、何代目なのだ?」


『私は初代だ』


「初代……だと?」


 えーとそれは、神話の時代からずっと生き続けているという事か?

 途方もない年月。

 何千年、いや下手したら何万年という単位ではないのか?


『もう慣れた』


 私の視線に何かを感じたのか、力ない笑いをこぼす。


『それに、初代は我だけではない。リヴァイアサンとタイタン。フェニックスも初代だ』


 だから、何だと言うのか。

 自分の他にいたとしても、それが何の救いになるというのか。

 救いになっていたとしたら、今バハムートはそんな顔をしておらぬだろうに。


『……気にする事はない。それが召喚獣、それが名ありの務めだ。我は自身が竜王バハムートだという事、初代だという事。使命にも誇りを持っておる。嘆き悲しむ事ではない』


 ……他ならぬバハムート自身がそう思っているならば。

 私が抱くこの感情は、侮辱にしかならぬ。

 鼻をすすり、つとめて平静の声を出す。


「そうか。なら、気にしてはならぬな。誇り高き竜王バハムートに無礼な事をした」


『うむ、それで良い』


 満足そうに頷くバハムートを見て、これで良いと無理矢理自分を納得させた。

 バハムートが私の話を聞きたいと言うのなら、私が彼の為に出来る事はそれだけであろう。


 請われるままに、色々な事を話した。

 ローゼリアやバドの事。

 優先契約を交わしていた、カルト、ベル、デラニーの事。

 私の今までの事。


 バハムートは時に驚き、時に楽しそうに頷きながら、私の話を聞いていた。


『何、人間の身で疾走する馬を止めて無傷だと? バドは本当に人間か?』


『ほう、ローゼリアは鞭の扱いに長けているのか』


『カルトパジア、ニュルンベルト、デラニエスタ。召喚獣が自身から契約を申し出るとは。カミュは召喚獣に好かれやすいのかもしれんな』


『基本契約を結ぶような召喚獣は、契約主を独占したいと思うものだ。嫉妬深いのは召喚獣の特性みたいなものだが、その三体は中でも嫉妬深いかもな』


『お主、それだけの魔力量を持ちながら初召喚に苦労したのか? どれだけ不器用なんだ』


『その努力は凄まじいが、睡眠はとった方が良かったのではないか? そうすれば、もう少しは身長が伸びたかもしれぬのに』


 時おり、このクソ竜が!と思うこともあった。

 だが、それでもバハムートと過ごす一時(ひととき)は、私にとって好ましいものであったのだ。

 昼間はバハムートと話し、夜はバハムートに寄りかかりながら眠る、そんな日々。


 1日が過ぎ、2日が過ぎ、3日が過ぎた。



『そろそろ刻限……か』


 ポツリと呟いたバハムートに、私は身を固くした。

 ずっとこのままではいられない事など解っていた。

 だが、それでも、少しでも長く続けていたかったのだ。


「まだまだ大丈夫ではないか? 話していない事がまだたくさんある」


『名残惜しいがな。人間の身で長くここにいてはならん。帰るのだ、カミュ』


 とぼけながらかわそうとしても、バハムートはぶれない。

 だが、帰れと言われて素直に帰るなどしたくはない。

 もう、名誉云々自殺云々の問題ではなくなっていた。

 他ならぬ、私自身がバハムートの側(ここ)にいたいと感じているのだ。


「ならば、契約をしてほしい。そうしたら、お主と私の魔力回路は繋がる。お主の魔力で保護されるから何ともない」


『……駄目だ』


「何故なのだ……私は下山したくはない。何故ここにいては駄目なのか、理由を聞かせてほしい」


 そうでなくては、とても納得できん。


「初めに言っていた、バハムートとしての使命なのか? お主がここを動けぬ事と関係しているのか?」


『……』


 バハムートは答えない。


『……人間には関係のない事だ』


 突き放すかのような物言いに、私の胸はズキリと痛む。

 暫く感じていなかった寒さが私を襲い、逃げるように自身を力強くかき(いだ)く。


「……お前まで、私を見捨てるのか? 私は、お主の事を友だと思っていたのに」


 次に出てくる言葉が恐ろしく、うつむく。

 バハムートの目を見る事ができない。


『……我は誇り高き竜王バハムート。人間と友になど、なるわけがない』


「……っ!」


 その言葉は、私を深くえぐりとる。


「私だけが……勘違いしていたのだな」


 鼻の奥がツンとし、込み上げてくるものを必死でこらえる。

 私のちっぽけなプライドだ。


 荷物を整理し、背嚢(はいのう)を背負い、友だと思っていた竜に背を向けて歩き出す。

 手酷く振られた相手にかける声なぞ、私は持っていなかった。


 悲哀と混乱に満ちた私の耳に、バハムートが漏らした別れの言葉が届く事はなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



「馬鹿……馬鹿……馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」


 竜王山を怒りのままのに疾走しながら下山する。

 既に悲しみはなく、私の中はバハムートへの怒りであふれていた。

 運動神経が欠片もない私だ。

 頭に血がのぼり前をろくに見ていない状態でデコボコな山道を走ったら、100%転ぶ。

 今回もその例にもれず、石に蹴躓き走っていた勢いで身体は宙を舞った。


 その次に訪れる衝撃と痛みにおびえ、目を瞑り身体を固くした。

 が、訪れたのは痛みではなく、何かが私の身体をくわえた衝撃。

 硬いものに私の身体は挟まれ宙を浮かび、バッサバッサと羽音らしきものが聞こえる。


 私は、まさか彼が追ってきてくれたのではないかという期待に心踊らせた。


「バハムート?」


 だが、視界に映ったのは緑の鱗。

 竜王山に住む、バハムートの眷属の竜だった。


「お主達……か」


 大小様々、色とりどりの竜達が私を囲んでいた。

 私をくわえた竜が、そっと地面におろしてくれる。


「ありがとう」


 私は礼を言って竜を撫で、その場に力なく腰をおろした。

 竜達も私を囲みながら腰をおろす。

 竜王山に滞在している間に、眷属の竜達とも顔見知りになっていた。

 バハムートと違い、人語を解す事はできるが喋る事はできない。


 クワー?ピギャー?と私にすり寄ってきたり、顔を覗きこんだりしてくる。

 一応、元気がない私を心配してくれているのだろう。

 一際小さな赤い鱗の竜が膝に乗って来、ピギャーピギャーとかん高い鳴き声を出す。


「一体、何なんだろうな。バハムートの使命というものは」


 のどや頭を撫でつつ、誰に聞かせるでもない一人言をもらす。


「バハムートは聖女エルマと契約し、一時は竜王山から離れている。聖女エルマは良くて私の時は駄目な理由は何なのだ……」


『ピギャーピギャー』


 私は弱い。

 幼い頃、毛布もなく一人で放置されていたトラウマなのか寒いのも嫌いだ。

 袖にされると、見捨てられたという思いがどうしようもなくわき上がってくる。

 我ながら面倒な性質をしていると思う。


 考えるだけで、涙が溢れでてきてしまう。


『ピギャー! ピギャー!』


「な、何なのだ!?」


 いきなり腕の中にいた竜が暴れ始め、長い舌で私の涙を舐め始める。


「慰めてくれているのか?」


 それに肯定するかのように、また『ピギャー!』と鳴き声をあげる。


「ありがとう……って」


 いや、ちょっと待て。

 慰めてくれるのはありがたいが、この舌結構痛いのだが。

 ザラザラトゲトゲしている舌が、そこそこの強さで私の肌を削り取っていく。


「痛い痛い痛い痛い!!」


 慌てて押しのけるが、竜の力には敵わない。

 押し倒され、マウントポジションで舐めまくられる。


「お主達、何黙って見てるのだ! 助けてくれ!」


『クワー』『ピギャー!』


「のぉあー!!」


 大きな竜は囃し立て、小さめの竜は私を舐めるのにこぞって参加してきた。

 私の玉の肌が!白い美肌が!


「やめ! 泣き止んだ! 泣き止んだから!!」


 必死に腕で複数の舌を防御し、何とかおしのける。


『ピギャー』『ピギャー』『クワックワックワッ!』


「そこ! 今、私の惨状を笑ったであろう!」


 寝そべりながら私の窮状を助けもしないとは、何と薄情な竜達なのだ。

 しかも、何だか頬がヒリヒリする。

 絶対傷になったぞ、これ。


 しかし……


「そうだな。ベソベソ泣いていても何も変わらない。私はもう、一人で膝を抱えている幼子ではないのだから」


 自分の足で歩いて、欲しいものは掴みとりに行ける。


 立ち上がり、マントやズボンについた汚れをはたき落とす。


「ありがとう、お主達。私は、バハムートの所へ戻る」


『クワー』『クワー』『ピギャー』


 竜達の声援を胸に、バハムートの元へ戻ろうとしたその時。

 目的地である山頂の方角から、凄まじい爆発音がした。


「なっ!?」


 一気に周囲の魔力が変化し、赤黒い(もや)が竜王山を包み込む。

 これほどまでの悪意溢れる魔力は経験した事がない。

 竜達も一斉に警戒し、鳴き声をあげた後1匹残らずその場から消えてしまった。


「向こうの世界へ戻った?」


 竜王山を住みかとするバハムートの眷属達は、よほどの事がない限り向こうの世界へ戻る事はない。

 つまり、それほどまでの危機的状況。


 赤黒い靄、悪意と殺意に満ちあふれた強大な魔力。

 確実に、()()が起こっているという事実に、私の膝は情けなく震える。

 恐怖に震える手で自身の頬を叩き、乾いた唇で言葉を発し気合いを入れる。


 怖くとも、このまま下山するという選択肢はない。

 何かがある山頂には、バハムート()がいるのだから。


「バハムート!!」


 かけがえのない名を叫びながら、私は走り出した。



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