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61 竜王山2~竜の涙

 


 まだ朝もや残る早朝に、私は目を覚ました。

 体感的に、睡眠時間は3時間ほどであろうか。

 勉学を優先して、長年睡眠時間を削ってきた為か、私は長時間眠る事は困難になっていた。

 よっぽどの事がない限り、3時間程度で目が覚めてしまう。


 長時間眠れなくても、困った事はない。

 短時間の睡眠に身体も慣れているのか、体調を崩す事もない。

 草の寝床から、ゆっくりと身体を起こす。


 30mほど離れた場所に、バハムートがいた。

 頭をふせ目を閉じている。

 まだ眠っているのだろうか?

 ならば、邪魔をしてはいかんな。

 清流で顔を洗い、喉を潤し、身支度をした私は山頂の探索を開始した。


 昨日は暗くて何も見えなかったからな。

 バハムートは使命だと、ここにいなくてはいけないと言っていた。

 なら、ここには()()がある。

 私に解るかどうかは謎だが、自身の目、耳、足で確かめねばなるまい。

 そこまで広くはない。

 入念に探索したとしても、30分もかからないだろう。




「……ふむ」


 岩場の裏、小さな穴、生えている草の種類や漂う魔力。

 これと言って変わったところはなかった。

 強いて言えば、高所なのに草木が生い茂っているところだろうか。

 後、大して寒くない。


 そして、山道と山頂では魔力の濃度と質が違う。

 山道では、とてつもなく魔力が濃く、そのせいで体調を崩すほどだった。

 その濃すぎる魔力が召喚の邪魔をし、山道では召喚すらままならない。


 だが、山頂は違う。

 確かに濃いには濃い。

 だが、制御されているほどよい濃さだ。

 山道みたいに垂れ流されていない。

 なので、魔力酔いもしないし、ここでは召喚も可能だ。

 そして、バハムートが魔力で保護しているのか気温も湿度も一定を保っている。

 火の召喚獣を喚びださなくとも、防寒用のマントを羽織っていなくても大丈夫だった。


 ならば、なおさら疑問が募る。

 バハムートがここにいなければならぬ理由。

 バハムートとしての使命とは何なのか。


 木に実っていた果実をもぎ取り、行儀悪く歩きながら咀嚼する。

 そう、ここでは数種類の果実さえ実っている。

 草木だけではない、花や実さえ生息しているのだ。

 竜王山の標高は4000mを超えると言われているのに、だ。


「紙や羽ペンを持ってくるべきであったな……」


 果実や木の特徴を記録したいのだが、残念な事に記録できるものは何一つ持ってきていない。


「しょうがない。覚えていくか」


 私は、頭をフル回転させた。




 草木や果樹の特徴、色、その他諸々を頭に叩き込んだ私がバハムートの元へ戻ったのは、太陽が既に明るく輝く時間であった。


「まだ、眠っているのか?」


 その時間になっても、バハムートの体勢は早朝に見た時と何一つ変わっていなかった。

 一際高い岩山から、小さな泉に清流が流れ込む。

 そのほとりで、バハムートは静かに目を閉じている。

 そこが定位置なのだろうか?

 寝息一つ聞こえず、耳に届くのは水の流れだけだ。


 しかし……


「バハムートは随分ねぼすけなのだな。こんなに太陽が高く昇っているというのに」


 まあ、竜王山は常に曇天である為、その陽光もあまり届いてはいないのだが。


『……起きている』


「むぉっ!?」


 うっすらと目を開け、少し不機嫌そうな声。

 体内に響くような低い声に、私は驚きの声をあげた。


「起きているなら、そう言ってくれれば良いではないか」


『……何故、お前に伝えねばならん。そもそも、バハムートである我を呼び捨てにするとは何事だ』


「ふん。私と契約を結ぶのなら、いくらでもバハムート様と呼んでやろう」


『……貴様』


 八つ裂きにされても怖くはない。

 私はむしろ死にに来たのだから、大歓迎だ。

 竜王山の高所から飛び降りようかとも思ったのだが、あまりの高さに断念した。

 気づかぬ間に突き落とされて死ぬならともかく、自身で飛び降りるのは無理だ。


「起きてて時間があるなら、私の質問に答えてくれ」


 バハムートの言葉を無視し、自身の要件をすます事にする。

 バハムートの怒りがこもった歯ぎしりなど聞こえん。


「ここに自生している草は、竜王山独自のものなのか? 植物関連は深いところまで学んでいないから解らないのだ。果実はアイミュラーにあるものと同じだが、流石に草花まではわからん」


 バハムートはまたもや定位置で臥せっているが、お構いなしに私は話続ける。


「向こうの先が細くなった草はアグルカ草に似て、トゲトゲの茎はツメエリ花に似ている。それとあちらは――」




「――だと思うのだが、どうだろうか? って……」


 5分ほど、私の持論を話していたのだが。

 頭をふせていたバハムートは、身体さえ持ち上げ、口を半開きにしながら呆けたようにこちらを見ていた。

 そこから覗くピンク色の舌を見、私は思った。

「バハムートでも舌はあるのだな」と。


「何ボケッとしているのだ? ちゃんと聞いていたのだろうな?」


『……人間、お前……』


 全く、一体何だというのだ。


『山頂にある草木を全て覚えてきたのか?』


 何を聞かれるかと思えば。


「記録するものを持ってきていないのだから、覚えるしかなかろう」


 そして私は絵心がない。

 えぇい、何をまた絶句しているのだ。


『……そうだな。ここにある植物達は、基本ドラゴニアと一緒だ。私が魔力で保護している』


「何と、そうなのか」


 ポツリポツリと教え始めるバハムート。

 なんだ、教える気はあったのだな。


「基本、と言ったな? ドラゴニアに自生していない植物もあるのか? 泉のほとりにあるこの白い花なんかは、どの花とも似ていないのだが」


 バハムートがいつも寄り添う泉のほとりにだけ咲いている花。

 頭を垂れたような茎の先に、丸みを帯びたランプのような白い花がついている。

 一見、どこにでもある普通の花だが、一番の特徴は魔力を帯びている事だろう。

 魔力を帯びた花というのも見た事がないのに、こんなにも多種多様な属性が混ざっているとは。


『……その花は、竜王山にしか咲いていない。私が作った花だ』


「……なんと」


 竜王バハムートが自身の魔力で作った花だと。

 これを世間に発表したら、いくらの値がつくのか。

 研究者や召喚師がこぞって買い求めるぞ。


「バハムートは、花が好きなのか?」


『……そうだ、な』


 その時目が、懐かしそうに、だが少し寂しげな色に染まった。

 金銭や名誉目当てに、世に出していいものではない。

 そう、感じたのだ。



 バハムートは泉のほとりにふせ、私はバハムートが作ったという花を詳しく調べている。

 私達の距離は、少しだけ近くなった。

 バハムートは前は私から30mほど離れて寝ていたが、今は20mほどだ。


「そういえば、この花の名前はなんというのだ?」


『……名前?』


「うむ、名前だ」


 至極当然の事を聞いただけなのに、バハムートは首をかしげる。


『考えた事もなかったな。誰に伝えるわけでもあるまいし』


 それが、自分にとっては普通なのだとバハムートが呟く。

 至って普通の声音だった。

 その事が、私の中の何かを突き動かした。

 だから、柄にもなくこんな提案をしてしまったのだ。


「ならば、名前をつけよう。今ここには私がいるのだ。あの花では、会話をする時に不便であろう?」


 ピンと来ていないバハムートを放っておいて、話を進める。


「バハムートが作った花なのだろう? ならば、竜やバハムートという単語を入れるべきか」


 それをふまえて……


「バハムートフラワー!」


『……』


 私が提案した名称は、バハムートの無言によって却下された。


「ええい、ならば……ドラゴンフラワー!」


『……』


 またもや無言で却下された。

 ええい、くそ、ならば――!



 私が提案した名称は、ことごとく却下された。

 否定されまくった私は、怒髪天だ。


「何が気に入らぬのだ!」


『気に入る方がおかしいわ!』


「何がだ! 全て素晴らしき名前だろう!」


 バハムートフラワー、ドラゴンフラワー、ドラゴニックフラワー、レインボーフラワー、ホワイトドラゴンフラワー。


 うむ。我ながら素晴らしい。

 私としては、ホワイトドラゴンフラワーが一押しだ。

 バハムート要素も入れ、花の色までに着目した素晴らしき逸品。


「ええい、提案もせずに文句ばかり言いおって! ならもう、竜の涙で良いではないか」


『なみ……だ?』


「そうだ。茎が曲線を描いて、花が下の方に一つだけついているであろう? あれを見て、まるで泣いているみたいだと思ったのだ」


 零れ落ちた涙の雫みたいだと。


『涙……か』


 自嘲気味に呟いているのは、気のせいだろうか。


『なら、それでいこう。決定だ』


「む。竜の涙で良いのだな」


 気にはなったが、名称が決まった事の方が重要であった。

 もうこれ以上、思い付かなかったしな。

 バハムートの心境など、思い至らなかった。




『そういえば人間、お前荷物はどうした? 身一つで登っていたのか?』


 晴れて名称が決まった竜の涙を調べていた私に、バハムートが声をかける。


「ああ、魔力酔いが酷かったからな。荷物を持って登るのは無理だったから、途中で置いてきたのだ。まあ、毛布と保存食と若干の宝石くらいだからな。なくても別に困らん」


 あの時の私にとって、荷物は既に不要なものであったからな。

 今の私には――いや、考えるのはやめておこう。


 頭を振った瞬間、私の目の前にドサリと何かが落ちてきた。

 濃い緑の背嚢(はいのう)、脇に白い糸で刺繍されたカミュ=バルモルトの文字。

 これはまさしく、山道の途中で置いてきた私の荷物。


 背後で寝そべるバハムートに身体を向けると、


『眷属に命じて取ってこさせた』


「よく探せたな」


(ぬし)の魔力を探せば良い事。我にとって難しい事ではない』


 どうって事ない風を装っているが、私には見える。

 ふんぞり返って鼻を鳴らす、ドヤ顔なバハムートが。

 何も言わずにいたら、しょんぼりとしたような声で聞いてくる。


『……なんだ、いらなかったのか?』


「いや、助かった。ありがとう」


 そう伝えると、弾けたような笑顔になり、


『そうかそうか。それは良かった』


 最強の召喚獣竜王バハムートが、尻尾を振る大型犬に見えて、驚くと同時に微笑ましく思ったのだ。

 だから、どうでも良いと思っていた事にまで踏み込んだ。


「いい加減、お主や人間ではなく、私の名前を呼んだらどうだ」


『名前……だと?』


「そうだ。名乗ったであろう? 私の名前はカミュ。カミュ=バルモルトだ」


『カミュ……カミュか』


 何回も私の名前を反芻するバハムート。

 宝物の名前を呟くように聞こえたのは、私の自惚れなんかではないだろう。


『解った、カミュ』


 そう呼んだバハムートの瞳は、とても輝いていたのだから。



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