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60 竜王山1~押し掛け召喚師

 


 星も月も雲に隠れた夜半。

 私は、竜王山山頂に到達した。

 自殺をする為にここに来たが、結局死ねずに這いずりながらも到着してしまった。


 どうしようかと逡巡(しゅんじゅん)しながら、目線を動かし主であるバハムートを探す。

 山頂は意外と広く、高所なのに何故か草木が生い茂っており、ざっと一見しただけではバハムートがどこにいるか解らない。



 ……見つけた。

 暗い為ろくに視界もなく、周囲の濃い魔力で索敵もままならぬが、そこはエリートの私。

 魔力酔いでボロボロの体調でも難なくこなす。

 まあ、バハムートの魔力が強大だから、楽だっただけだが。


 一際高い岩山、そこから流れ落ちる清流。

 その脇に、巨体を横にした黒竜がいた。

 目を微かにあけ、身じろぎもせずに横になっている。


 あれが、最強の召喚獣。

 竜王バハムート。

 伝説を目の前にし、私は震えた。

 生ける神話がそこにいる。


 月も星も出ていないのに、そこに何かの光源があるのか、淡い光がバハムートを照らしていた。


 そんな光景に、私は見惚れた。

 なんて事のない光景だ。

 巨大な竜がただ寝そべっているだけ。

 それなのに、私はそれを美しいと思ったのだ。

 金色の瞳、輝く漆黒の鱗。

 それは、幾億幾千の宝石より輝いている。


 どれだけの間そうしていたのか。

 ただ見惚れ、立ち尽くしていた。


 バハムートは私に視線をやる事もなく、その瞳は私以外のものを映していた。


『いつまでそこにいる気だ、人間』


 そう言葉を発した時、自分に話しかけられているとは思わず、返答が遅れた。


「私の事……か……?」


『お前以外に誰がいる』


「それもそう……だな……」


『用事がないなら立ち去れ。ここは、人間が長時間いていい場所ではない』


 面倒そうに、顔もあげず、こちらを見る事さえしない。

 初めて聞いたバハムートの声。

 男。そう、男の声だ。

 高いような低いような。

 幼いような老練のような、不思議な声。

 これだけでも、学術的な価値がある。


 多くの召喚師はここまで辿り着けない。

 そもそも、竜王バハムートと竜王山という存在は、召喚師にとって聖域すぎて、契約を申し込む事や竜王山に足を踏み入れる事さえ不敬という考えもある。

 竜王山に入山する為には、そこそこのコネと地位。

 そしてお金が必要だ。

 不敬とわめく聖職者もお偉方も、袖の下には弱いという実に人間らしい一面がある。


『聞いているのか、そこの人間』


 感情がのらない平坦な声。

 だが、ずっと聞いていたくなるような不思議な魅力がある。

 声自体に、何らかの魅了の力でもあるのだろうか。

 私がここに来た目的は、死ぬ事だったはずだ。


 魔力酔いの頭痛に耐えながら、吐きながら、這いずって山頂に来た理由は何だったのか。

 それは自分でも解らない。

 だが、バハムートに会えた。

 それだけでもここに来た甲斐はあったと思う。


 偉大なる存在、竜王バハムート。

 その存在を目の前にして、術師ならば心躍らぬわけがない。

 契約できるとは思わない。

 それでも、挑んでみたいと思う。

 失敗して死んだとしてもそれはそれ。

 どうせ、自殺しに来た身だ。


 ……不思議だ。

 バハムートを目にした今、沈殿していた暗い気持ちも何もかも霧散してしまったように感じる。

 ルーシェの事も父上の事も今は二の次。

 バハムートとの契約の事しか頭にない。


 胸に手をあてながら、バハムートに向かって礼をする。

 契約を申し込むのだ。

 礼儀はしっかりとせねばならん。


「失礼いたしました、バハムート殿。私はアイミュラー皇国から来たカミュ=バルモルトと申します。貴台との契約を望み、ここまで参りました。ぜひ、私と契約を結んでいただきたい」


『契約……。申し込まれたのは久方ぶり……か』


 ゆっくりと顔をあげ、私がこの場に来てから初めて動き出す。

 澄んだ金色の瞳に、私が映る。


『だが、断る。私にはこの場に留まる理由がある』


 断られて当然なのに、私の胸はズキリと痛んだ。


「……やはり、聖女エルマでなければ駄目なのでしょうか」


『………………何?』


「巷では、貴台と聖女エルマは相思相愛の恋人同士だったとも言われております。誰とも契約しないのは、聖女エルマを忘れられないからだと」


『………………』


 何だろう。

 苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。


『あれと私が相思相愛とか、何の冗談だ。しかも聖女? あやつが聖女?』


 ブツブツと一人言を言い始めてしまった。

 しかも、内容的には恋人ではないらしい。


『とにかく、私はここを動くわけにはいかない。よって誰とも契約はしない』


「…………」


 それは困るな。

 契約できぬのなら、のこのこ下山はできん。

 契約するか、死かのどちらかなのだ。

 最強の召喚獣なら、私をコロッと死なせてくれぬだろうか。

 なるべく、痛みは少ない方法で。

 早速聞いてみると――


『は?』


「いえ、ですから、私は契約できないなら死ななくてはならないのです。色々と事情がありまして」


『……』


「戻って、当主争いに負けた惨めな長男として死ぬより、竜王バハムートとの契約に挑み失敗した召喚師という方が私の面目も保たれます」


『……』


「なので是非、バハムート殿に私を始末してもらおうと思いまして。なるべく痛くない方法でお願いいたします」


『……』


 ……何故、私は絶句されているのであろうか。

 何か、言葉遣いが変だったか?

 礼儀を失してしまったか?

 それとも、バハムートは人語を理解しないのであろうか。

 いや、会話は成り立っていたからそんな事はないはずだ。


「バハムート殿? 眠ってしまわれたのですか?」


『……そんなわけないだろう。というかだな、私の寝床を自殺の場にしようとしないでくれ。この先もずっとここにいなくてはならないのだ。私だって血塗れの場で眠りたくはない』


「ならば、血が出ぬ方向でお願いします。窒息死は苦しそうなので、やはり毒でしょうか? バハムート殿、即死できる毒はお持ちじゃないでしょうか?」


『ヒトの話を聞け!』


 何やら、うんざりしたような気配が漂ってくるが、まあ気のせいであろう。


『どうしてこう、私のところに来る人間は話が通じない者ばかりなんだ。エルマの時もそうだったが、こちらの都合はお構いなしでぐいぐい来て……私が何か悪い事をしたか? バハムートとして使命を懸命に果たしている私への褒美が、これか?』


 またもやブツブツと一人言が。

 何年ここにいるかは解らないが、バハムートは一人言が癖らしい。

 しかし、何やら気になる単語が。


 バハムートとしての使命?

 そういえば、この場に留まる理由とか動けないとか言ってたような気が。


『契約も自殺幇助もせん。早く下山しろ。ここはあまり、人間が長時間いていい場所ではない』


 そう言われてもな。

 私も、はいそうですか。と帰るわけにはいかない。

 そこいらに生えている柔らかめの草を引っこ抜き、バハムートの近くに敷き寝床を作る。

 持っていた荷物は重かった為、山を登る途中で置いてきてしまった。

 寝袋だけでも持ってくれば良かったな。


『待て、人間。お前は何をしている』


 何だ。私は今忙しいのだ。

 ゴツゴツとした岩場で寝ては身体が痛くなるではないか。


「何をしていると言われましても。見ての通り寝る準備です」


『何故だ!? 下山しろと言っただろ! 人間が長時間いてはいけない!』


 吠えたてるバハムートを無視して寝床を作り、清流の水を飲み喉を潤す。


「私の運動能力的に、この暗い中下山するのは無理です。そして、私は今下山する気をなくした」


『なに?』


 敬語はやめだ。

 私は、ありのままの自分をさらけ出す事にした。


「私の人生の状況は、今どん底だ。契約もできず、死ぬ事もできぬのに、のこのこと下山するわけがなかろう」


『人間、いきなり雰囲気が変わっていないか』


 若干戸惑っているバハムート。


「ふん。元々私は由緒正しきバルモルト家の一員。貴族なのだ。かしずかれる立場であって、かしずく立場ではない。最強の召喚獣と契約したいが為に猫を被っていたが、出来ぬのならわざわざ疲れる態度を続けるわけがなかろう」


 草を敷き詰めた寝床の作成をしながら、私は続ける。


「契約もできぬ、死ぬ事もできぬのなら、その他に何らかの成果を持ち帰らねばならん。竜王バハムートの生体や使命、竜王山の現況などな」


 それを持ち帰り発表すれば、当主は無理でも、学術的な発見者として名を残す事は可能だ。

 他国への移住もスムーズにいく。

 竜王バハムートと竜王山には、それだけの価値がある。


「という事で、私はしばらく下山はしない。ここに住み着く」


『何だと!?』


 急遽こしらえた草の寝床に寝転がり、マントを巻き付ける。

 うむ。急ごしらえだが、中々。

 明日また、改良するか。


「それでは、おやすみ」


『こら、寝るな!!』


 ええい、グダグダとやかましい。

 魔力を使って自身のまわりに防音の空気層を作り、静かな空間を作り出す。

 バハムートの声も聞こえず、そこそこ快適な寝床だ。

 バハムートが本気を出せば、私が作った防音壁など一瞬で壊せる。

 なのに、それをしないのは、バハムートもそこまで本気で追い出そうとしてはいないのだろう。


 訪れる者もなく、実は少し嬉しいのかもしれん。

 ならば、私はそこに甘え、つけこませて貰おう。


 ゴロリと仰向けに寝転がる。

 竜王山山頂を包む分厚い雲は、月も星も覆い隠してしまう。

 だが、真っ黒な夜空も悪くはない。

 私は、黒々とした竜王を横目で見ながら、眠りについたのだ。



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