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58 ナクレ平原4~嫌いな女

 


 バドがタイタンへと姿を変え、潤沢な魔力が溢れた時。

 私の失われた記憶は、少しだけ修復された。

 バハムートと契約をしに竜王山へ行った時、何があったのか。


 全てを完全に思い出してはいない。

 まだ思い出せていない箇所もある。


 だが、この女に強い憎しみを抱いた事は思い出した。


 ルーシェの身体でニタリと笑う、憎き毒婦。

 その喉から出てくる声は、アリーチェそのものであった。


「年上の婦人を呼び捨てにするなんて、躾がなっていないわね」


「はっ。殺されかけた相手に対する礼儀など必要ないわ。さっかとルーシェの体から出ていけ」


 私の言葉に激するでもなく目は愉快そうに細まり、時折のぞく舌の先が私を不快にさせる。


「ずいぶん、嫌われたものね。それなのに、ルーシェにだけは優しいなんて。自分より優れた弟がそんなに大切?」


「ふん。お前が私や母上に何をしたか、忘れたなどと言わせんぞ。この場にお前の本体がいるのなら、その首をねじきってやりたいくらいだ」


「おぉ、怖い」


 白々しく芝居がかった口調で、大げさに身をよじる。


「何しにここへ来た。お主の目的はどこにある」


 毒婦は何も答えない。


()()を目覚めさせる事がお前の目的かとも思ったが、それだけではどうもしっくりと来ない」


 アレは今私の体内におり、バハムートに封印されている。

 私が死ねば、自動的に封印も解けてしまう。

 ならば、私がアイミュラーにいた時に殺せば良かっただけの話。

 わざわざユースやルーシェを使う必要もない。


 この女の真意はどこにある。


「ふ、ふふふふふふ。アハハハハハハハハハ!」


 突如、空を見上げけたたましい笑い声をあげ始めたアリーチェ。

 ゆらり、と身体をくねらせたと思えば、花の蜜の臭いが色濃く吹き出す。

 バハムートとの契約に守られており魅了洗脳される事はないが、むせかえるほどの濃い臭いに、思わず袖で口元を覆う。


 遊んでいたような先ほどとはうってかわって、明確な殺意を向けてくる。

 私は、また何か地雷を踏んだのであろうか。


「っ、何!?」


 足下にどこらか光弾が飛んできた。

 転がりながら、間一髪でこれを避ける。


 一体何かと周囲を見回せば、とろんとした顔つきの名あり召喚獣が数体。

 アリーチェの魔力に毒されたか!

 タイタンとイフリートの戦闘に巻き込まれないように、多くの名ありは避難していた筈だが、まだいたのか。


 まずい。

 バハムートと隷属契約をかわしている私には、喚び出せる召喚獣がいない。

 カルトとベルも、まだ魔力が戻っていない。

 杖の爆発ももう使ってしまった。


 避けまくるしかないではないか!!


「くっそー!」


「アハハ、いい姿ね! 無様だわ!」


 走り、転げ回りながら必死に避ける。

 そんな姿を、アリーチェは腕を組み、高笑いをしながら見下してくる。

 何分もしないうちに息は切れ、足がもつれてくる。


「はあ、はあ。ルーシェ、起きろ!! 自分の身体をいいように使われてどうするのだ!」


「起きるわけがないでしょう。必死の悪あがきなどみっともない事!」


「ぐうっ!」


 炎が、風圧が、私に傷を作っていく。

 無様と言われようが、私は必死にあがき続ける。

 何の手段も持っていない私には、ルーシェの覚醒にかけるしかないのだ。


 ルーシェが起きたからと言って、私に味方するとは限らない。

 だが、アリーチェが表に出ているよりはマシになるはず!


「ルーシェー!!」


「無駄だと言って……うぐっ!」


 どうした事か。

 高笑いをしていたアリーチェが、いきなり胸をおさえて苦しみ始めた。

 同時に私に攻撃を加えてきていた名無しも、何もせずに突っ立っている。

 一体何が?


 いや、私も呆けている場合ではない。

 これはチャンスだ!


 腰紐をほどき、苦しみ暴れるアリーチェの腕を後ろでひとまとめにする。


「えぇい、大人しくするのだ!」


 ひ弱でズタボロな私の力でも制圧できるほど、アリーチェは弱々しい。

 呻き続けてるが、心配などしない。

 千載一遇の好機。

 ここを逃せば、私は魅了された名ありの集団に殺されてしまう。


 後ろ手に縛った後、防寒マントで更にぐるぐる巻きにしていく。

 イフリートの熱気で、肌寒い程度だからできる芸当だ。


「あぁ、何で……一体誰が……」


 恨めしい呟き事を残し、ガクリと首が垂れ下がる。

 目を閉じ、ぐるぐる巻きの状態で意識を失ってしまった。


 アリーチェが出ていったのか、ルーシェが戻ってきたのか……

 ……後者だといいなぁ。


「ルーシェ、ルーシェ!」


 顔の横に膝をつき、その頬をペチペチと叩く。

 よく見れば、少し痩せたのではないか?

 目にも隈がある。

 それが、慣れない行軍のせいかアリーチェのせいかは解らぬが。

 体調は良くないのだろう。


「ルーシェ!」


「……っぅ」


「!?」


 微かな呻き声をもらし、目尻がピクピクと動く。


「しっかりしろ、ルーシェ! 私だ、カミュだ!」


「……義兄(にい)、さん?」


 私を義兄(あに)と呼んだ。

 禍々しい気配はない。

 疲れた様子だが、目は澄んでいる。


「ルーシェ、良かった! 無事だったか!」


 良かった、ルーシェで本当に良かった。

 アリーチェだったら、どうしたものかと。


「僕は一体……っ、これは?」


 手を後ろに縛ったままだったので、ルーシェが驚き芋虫のようにうごめく。


「今ほどくから、動かないでくれ」


 ぐるぐる巻きにしていた防寒用マントをはぎとり、手を縛っていた腰紐をとく。


「体調はどうだ? ルーシェ」


「良くはありませんが、ここはどこですか? 僕は今まで一体何を?」


「覚えていないのか?」


「えぇ」


 何も解っていないような困惑した目を見て、私は事実だと認識した。

 ルーシェは確かに、空気が読めなくて人の気持ちもお構いなしでズケズケとプライバシーに踏み込んでくる、恐ろしくデリカシーのない男だ。

 性格が良いとも言い切れないし、必要ならば多少の嘘もつく。

 だが、基本的には善人だ。


 それに……

 こいつは私の弟だ。

 兄とは、弟を信じるもの。

『兄弟、それは強敵(とも)』という本にも書いてあったからな。


話したい事も、聞きたい事も、伝えたい事も山ほどある。

だが、今は――


「ルーシェ、詳しい事は後で説明する。今は緊急事態なのだ」


「……はい」


 何かを感じ取ったのか、ルーシェが表情を引き締める。


「今すぐにイフリートを止めてくれ」


「義兄さんがそういうのなら……ぁ」


「……ルーシェ?」


 視線は私の後ろ。

 何かを見て固まっている。

 口は半開きで、目はこれでもかというくらいに見開いて。


 恐る恐る後ろを見てみると――


 イフリートの拳が、タイタンの腹を貫いていた。



「…………バド?」


 バドではない。

 あれはもう既にバドではない。

 私の頭はそう認識している筈なのに。

 映像の衝撃は、私をも貫いた。



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