57 ナクレ平原3~ルーシェ探索
バドの身体が光の粒となり、別の何かを構成していく。
それは、クリアヌスタ峡谷で見たタイタンの像とそっくりだった。
上半身裸の腰みの一丁。
髪の毛は1本もなく、全身がムッキムキ。
……あの像は、とても正確にタイタンの姿をかたどっていたのだな。
作者の方よ、怪しいおっさんの像だと思って申し訳ない。
そしてバド。いや、タイタンよ。
もう少し威厳というか、美を意識した姿になる事はできなかったのであろうか。
シヴァの加護が解け雪が積もっていないとはいえ、真冬なのだ。
そこそこ寒いのだ。
そんな中、腰みの一丁のおっさんなど、激しく浮いている。
その顔つきは厳しく、バドだった頃の面影はない。
共通点など、筋肉くらいだ。
……気のせいであろうか。
タイタンがこの姿に戻ったら、私の身体がいくらか楽になったような気がする。
――きっと、カミュはタイタンの魔力と相性がいいんだな。
思い出すバドの言葉。
身体が傷んだ時など、バドにさすられれば治ったのはそういう事だったのだろう。
友情パワーなどではなく、タイタンの魔力のおかげだったのだ。
そう考えると、私とタイタンの相性が良かったのは不幸中の幸いだったのだな。
バドがいなければ、私の身体はとうに限界を迎えていたに違いない。
タイタンは大きく前へ跳躍し、私達から距離をとる。
何百メートル離れたのか。
その姿を確認する事はできなかった。
イフリートとタイタン、名あり同士のぶつかり合いだ。
距離をとって間違いはない。
「ペガサスよ。ローゼリアとイリアレーナ王女、2人を乗せてイヴのところまで戻れるか?」
『バヒヒヒ』
それは肯定の意。
「ならば頼む」
「待って。カミュはどうしますの?」
不安そうな目で、こちらを見つめてくるローゼリア。
その心に寄り添う事は私にはできない。
「私はここに残る。それが、バハムートの契約者としての、ルーシェの兄としての責務だ」
「駄目ですわ! カミュまで失いたくはありません!」
「ローゼリア……」
彼女を愛しく思う。
隣に並び、ともに生きる事を望んだ事もあった。
……だが、それが無理だという事は、嫌というほど理解している。
ペガサスに目で促し、その温もりを突き放す。
「きゃっ! 何ですの!?」
ペガサスがローゼリアの首もとをくわえ、無理矢理背中に放り投げた。
ローゼリアの抗議の声も何のその。
彼女がよろけた隙に、大空へと一気に飛翔した。
「……そなただけでも、何とか平穏な日々に戻れるように」
すぐに指先が少し冷たくなり、自分で手放した温もりが恋しくなる。
これで良かった、仕方がないと自分で自分を慰めるのが滑稽だ。
全てが終わった後、私とローゼリアがともに暮らしていける道など、ありはしないのだから。
「……」
またもやネガティブスパイラルに落ちかけてしまった。
パーン!と勢いよく自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。
今すべき事をしなくては。
イフリートはタイタンが何とかするという。
ならば、契約主であるルーシェをおさえる事が、私の役目だ。
名あり同士のぶつかり合いだ。
イフリートも、契約主であるルーシェを身近に置いておくことはしないだろう。
離れたところで魔力を送っているはず。
探さねば。
タイタンの魔力が周辺に漂っているお陰で、なんとか私は自分の足で歩いてルーシェを探せる。
バドじゃなくなっても、バドは私を助けてくれている。
そんなバドの働きに、私も応えなくてはいけない。
魔力を探ろうにも、あたりはタイタンとイフリートの魔力が渦巻いている。
こうなれば、手段は目視しかない。
大柄ペガサスに、2人を送り届けたら戻ってきてほしいと伝えるべきであった。
そうしたら、上空から探せたものの。
「っはぁ……」
ただゆっくり歩くだけなのに、息があがる。
いくらか楽になったとはいえ、身体はとても重い。
平地ならまだしも、傾斜があるところはキツい。
あごが上がり、へっぴり腰。
情けなく多量の汗をかき、重い身体を支える為の杖が欲しいと切実に願う。
情けなく、みっともなく、少しも美しくはない。
それでも、私は前へ進むのだ。
◆◆◆◆◆◆
対峙する2体の召喚獣。
巻き込みたくない相手が地上にいるという事で、人間から距離を取ることはお互いに承知した。
タイタンは、イフリートがそこまでの思慮分別を身につけたことに驚いた。
タイタンが知っているイフリートと言えば、直情的なガキ大将で、敵を見れば突っ走る。
そこに周囲への配慮や理性などはなかった。
年齢を重ねて落ち着いたのか、それほど大切な契約主なのか。
それとも、契約主がイフリート以上にヤバくて、慌てたイフリートがおさえに回っているのか。
どちらにしろ、厄介な事にかわりはない。
タイタンの中にある、バドとしての記憶。
その中に、イフリートの契約主ルーシェの記憶がある。
だが、それは今はもうタイタンには遠い遠い出来事で、思い出せても理解はできない。
口下手なイフリートと自分を押し殺すタイタンが言葉を交わしても、解決することは何もない。
己の全てをかけて、ただぶつかるのみ。
◆◆◆◆◆◆
「うぉっ!」
タイタンとイフリートの戦闘が始まったらしい。
ゴウッ!と音をたてながら炎が舞う、大地が隆起する。
イフリートの炎は天上まで届かんとし、タイタンの土はそれをさせまいと飲み込もうとしている。
周囲に人家がなくて良かった。
あったならば、確実に巻き込まれて命を落としていたに違いない。
戦闘を始めてわずか数分で、草は焼け、大地は隆起しその姿を大きく変えていた。
大分距離が離れているはずなのに炎の熱気がここまで届き、だいぶ息苦しい。
「ルーシェ、どこにいる……」
これほどの激しい戦闘だ。
イフリートはルーシェを安全なところにおいているであろう。
安全な場所……私ならば、自分の後ろにおく。
イフリートの遥か背後に目を凝らす。
舞い散る火花に照らされた、小さな影。
「ルーシェ……か?」
時は既に夕刻。
太陽も星も月も見えぬ曇天の暗闇の中に、ルーシェはいた。
アイミュラーの軍勢は確認できぬので、更に後方に位置しているのであろう。
邪魔が入らないのは好都合だ。
近くに寄っても、ルーシェは何の反応もしない。
空虚な目で平原を見つめ、ただ立っている。
ユースのように、禍々しい赤黒い魔力を纏ってはいない。
息子にはそこまでの仕打ちをしないだろう。
というのは、楽観視しすぎたみたいだ。
こちらを振り返り、ニタリとこぼした笑み。
蛇を思わせるその表情を、私は知っている。
「息子の身体を使って、優雅に観戦か? アリーチェ」
蠱惑的な花の匂いが、辺りに広がった。





