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56 ナクレ平原2~バドとの別れ

 


「バドは名あり召喚獣、大地のタイタンなのだ」



 時が止まる。

 ローゼリアは衝撃から動けず、私も自身で発したにも関わらず、動けずにいる。

 だってそうであろう?

 誰が信じると言うのだ。


 私達の友人、筋肉だるまのバドゥル=マルタンが召喚獣などと。

 しかも名あり。

 強大な力を持つ、大地のタイタンなどと。


「そんな事、あってはならないというのに……」


 私の中のバハムートの影響なのか。

 それが紛れもない真実なのだと解ってしまう。


「なぜ……なぜ、バドがタイタンなのです? まるっきり人間ですわ! 魔力も、見た目も……」


 人より腕力があり、人より少し体格がいいだけだ。

 バドの魔力は、人間界そのもの。

 質も量も凡人並で、名ありの魔力とは比べ物にならない。


「それは……」


 言いよどむ。

 バドの核心とも言える秘密を、私の口から発しても良いものかと――


「人間に擬態してるんだぞー」


 そうしたら、本人があっさりと口にしおった。


「50年前。瀕死の重傷をおって死にそうだった俺は、追っ手の追撃を振り切る為に、タイタンとして存在する為の魔力を手放して眠りについた。結果、封印の為の楔は外れゆるんでしまった」


 そして、眠りにつく原因となった存在が……


「俺が目覚めたのが、約6年前。そこから魔力と体力を回復する為にクリアヌスタ峡谷に戻ろうと思ったが、アイミュラーにとてつもない存在を見つけた。このまま放置しておくわけにはいかないと思って向かったら、カミュとローゼリアに出会った」


 バドの家族は本当の家族ではなく、アイミュラーに向かう途中で出会った旅商人らしい。

 命の危険があったところをバドが助け、かわりにアイミュラーに入国する為の名前をもらい、身元引受人になってもらったとか。

 私もローゼリアも、わざわざバドの身元を調べようなどとはしなかったから知らなかった。

 皇家やバルモルト家は知っていたかもしれぬが。


「じゃあ、バドは本当に……」


「黙っててごめんなー、ローゼリア」


 事実の大きさに耐えられなかったのか、ローゼリアが地面にへたり込む。

 バドはそんなローゼリアに自分のマントをかけ、私の方に向き直った。


「さあ、カミュ。時間だぞー」


 こんな時に、微笑むでない。

 自分が消えてしまう時に微笑むなど……


 拳を握り、唇を噛み締める私に、バドが声をかける。


「ためらう事なんかないぞー。俺が楔になれば十分に足りる。おつりがくるくらいだ。そうしたら、バハムートは封印に力を使わなくてすむ。表に出てこられる。カミュの身体もマシになる。カミュはバハムートを使役できる」


「!!」


 その物言いに、私の感情は一瞬で激し、爆発した。


「自分が消えるという事を、笑いながら話すでない!!」


「良い事づくめだろ?」


「何が良い事づくめだ! お主という存在が消えてしまうのだぞ!」


 それでも、困ったようにバドは微笑むのだ。


「俺が消えても、新しいタイタンは生まれてくる。何も困らない」


「それでも、それはバドではないだろう! 私が惜しんでいるのは、タイタンではない! 私とローゼリアの友人、バドゥル=マルタンだ!」


 息をきらし叫んでも、この男には届かない。


「いつでも自分を犠牲にして、なのに笑って、怒りの感情なんか見せた事すらない! 何故自分が消える時まで、そんな簡単に受け入れるのだ! 少しは泣いて怒って、抵抗してみせたらどうなのだ!!」


「……それが、名あり召喚獣タイタンとしての使命だからなー。有事の際はその身その魂をもって、大道を正すべし。これが、俺が生まれた意味なんだぞー」


 ……ならば。


「ならば! そんな、今にも泣きそうな、諦めたような表情で笑うでない! いつもそんな風に笑って、全部受け止めて!」


 バドは、いつだってそうだ。


「お主のそういう所が、私は大キライだ!!」


「そうかー。俺はカミュのはっきりしたところとか、感情豊かなところが大好きだぞー」


 こうやって、私の子どもじみた癇癪を受け止める。


 刹那。空気を切り裂く魔力の刃。

 爆発音があがり、地平線が赤く染まる。

 あれは……


「イフリートの炎……」


 どれだけの長さ、どれほどの魔力。

 地平線全部が、炎で赤く染まっているのだ。


「時間だなー」


 こんな、考えるのも馬鹿らしくなるほどの魔力の量。

 そんなイフリート(相手)に今から立ち向かうというのに、バドの声はいつも通りだ。


「カミュ、1つだけお願いがあるんだけどな。俺のケツを、思いっきり蹴飛ばしてくれないか?」


「……なに?」


「頼むよー、約束だろ? 俺が迷ったり立ち止まったりして動けなくなったら、ケツを蹴っ飛ばしてほしいって」


 それは、エリンを亡くした後。

 アブガルカ湿地帯に入る前の出来事。


「こんな決意に使われるなら、約束などしなかった……!」


「頼む、カミュー」


「っ。この、馬鹿バド!」


 人を好いていると言いながら、頼ることなどしなかった。

 そんなお主の初めての頼みが、自分を消滅させる事など、何という皮肉だ。

 ああ、お主はずるい男だ。

 いざという時の為に、私が駄々をこねぬようにとの企みだったのであろう。


 そんな企みにまんまと乗ってしまった、私が愚かだったのだ。

 どんなに嫌でも、私はバドの頼み事を聞くという選択肢しかないのだ。

 人に頼る事をしなかった男の、最初で最後のお願いなのだから。


「よし、来い! カミュー!」


 私の決意を悟ったのか、バドは足を広げケツを向けて準備をする。

 私の足が届くようにとの配慮なのか、大分足を広げ、ケツを低くしているのが腹立たしい。

 私を見くびらないでもらおう。

 あの時から、バドのケツに足が届くように特訓をしていたのだ。

 私は見事な回し蹴りを決める事ができるであろう。


 痛む身体、痛む腹、痛む股。

 その全てを抑え込む。

 私の全力で、バドのケツを蹴りあげるのだ。

 痛すぎて、カミュに頼むんじゃなかったと思わせるほどに。

 それが、私にできる唯一の反撃だ。


「っんのおぉぉぉぉーーーー!!」


 私の全力の回し蹴りは、パアァーン!と良い音をさせた。

 バドのケツにヒットした私の右足は、鉄板みたいだったケツの固さに悲鳴をあげた。

 とうのバドは腕を組ながら仁王立ちをし、いかにも満足そうな表情で頷いていた。

 痛さなんて、これっぽっちも感じていなさそうな顔で。


「うん。これで、大丈夫だぞー」


 私とローゼリアを置き去りに、バドは1人覚悟を決めた。

 腕や足を大きく回し、首をポキポキと鳴らして準備体操をしている。


「イフリートの馬鹿は俺がちゃんと止めるから、ルーシェの方はカミュとバハムートで頼むなー。多分、そっちまで手がまわらないからなー」


「当たり……前だ。ルーシェは、私の弟なのだからな」


 そうして、バドは別れの言葉を紡ぐ。


「じゃあなー」


 いつものように、間延びした声で。

 特別な言葉など何もなく。

 また明日会えるかのような、いつもの挨拶で。

 ユースのように笑顔で。

 人間としての生に別れを告げた。



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