55 ナクレ平原1~バドの秘密
大きく開かれ、痛む股を尻目に私はイリアレーナ王女とシヴァの魔力を探した。
その近くに、ローゼリアとバドもいると思ったからだ。
しかし、とてつもなく探しにくい。
結界を張りフェブラント国土全体に加護を敷いているシヴァの魔力はそこらかしこから感じられ、干し草の中から針を探すような困難さだ。
それに加え、イフリートの濃密な魔力も漂う。
後他に、一つ。
「これは、誰の魔力だ?」
シヴァとイフリートに比べたらとても小さな魔力だが、その中で負けずに輝いている。
ローゼリアかバドかとも思ったが、似ても似つかん。
アシュリー……いや、ないな。
しかし、これでは目視で探すしかない。
……見づらい、とてつもなく見づらい。
私はそこまで視力が良い方でもない。
その上、曇天の暗さ。
見えるわけがなかろう!!
「お主、もう少し低く飛んでくれ。後、人影を見つけたら私に教えてほしい」
『バヒ』
ゆっくりと降下する大柄なペガサス。
うむ、こういうところはカルトよりできたペガサスだな。
カルトであれば急降下をし、私の内蔵にとてつもない大ダメージを与えていたであろう。
眼下の景色に目をこらす。
『バヒバヒ』
「ん?」
声に目をやってみれば、小高い丘の上に人影が一つ。
「あそこに行ってくれ!」
『バヒ!』
目的地に到着し、ペガサスから地面に降り立つ。
影は振り返る事なく、発した。
「ずいぶんゆっくりなご到着ですね」
何があったか、全てを知っててのセリフ。
こめかみに青筋が浮きそうになるが、まあいい。
この嫌味にも、少しはなれてきた。
「色々あったものでな」
「そうですか」
「さて、お主と問答している暇はない。ローゼリアとバドはどこだ」
そこで初めて、気だるそうにこちらを向いた。
少し、顔が青白いか?
「大切なお友達でしょう? ご自分で探したらどうですか。私が何か言っても、信用できるんですか?」
「確かに……な」
「話は終わりですね。なら行って下さい。記憶を取り戻せず、バハムートを使役できない貴方に用はありません……」
……いや、待て。
顔色がどんどん……
「お主、やはり体調が悪いのであろう?」
「貴方には関係ありま……ぃつぅっ!」
顔を歪め、下腹部を押さえながら倒れ込むイリアレーナ王女。
その瞬間、張られていた結界も、フェブラント国内中に敷かれていた加護も音もなく霧散した。
「やはり、これは……」
シヴァとその契約者は、月に一度魔力が極端に落ちる日がある。
契約者が女性である以上、それは避けようがない。
青白い顔をしながら倒れ込んだイリアレーナ王女を抱き起こし無理矢理ペガサスに乗り込ませる。
その身体は氷のように冷たく、少し接触しただけの私も凍えてしまいそうだった。
結界がなくなったなら、今すぐにでもイフリートは進軍してくる。
力を失っているイリアレーナ王女を、このまま放っておくわけにはいかない。
幸いというか、シヴァの魔力がなくなった事で、ローゼリアとバドの魔力は逆に探しやすい。
すぐ近くにいる。
いた!
「無事か!? ローゼリア、バド!!」
「カミュ!!」
ボロボロで傷だらけで、目にいっぱいの涙を溢れさせているローゼリア。
こちらに駆け寄ろうとして、でもハッとした顔をして立ち止まった。
私はペガサスに意識のないイリアレーナ王女を任せ、ローゼリアに近寄る。
戸惑い後ずさろうとしたローゼリアの腕を掴み、その身体を力強く抱き締めた。
「か、カミュ?」
自分を責め続け、後悔し続けるローゼリアに何と言えば良いのか。
伝えたい事はたくさんある。
だが、今のローゼリアにそれは受け入れられないだろう。
だからせめて、少しでも心が楽になる一言を。
「遅くなってすまなかった」
到着するのが遅れて。
ルーシェとの件を知っているという事を伝えられなくて。
色々、色々。
「カミュ……私は……」
今は何も口にしなくて良いのだ。
溢れ続ける涙を少しでも止めたくて、目元に口づけた。
こわごわと宙に浮かんでいた腕は垂らされ、ほんの少し私に身体を預けてきた。
少しは楽になったのなら、私も嬉しい。
力をゆるめながら、バドの方に目をやる。
……まったく、あの男は。
私とローゼリアを見て、とてつもなくニヤニヤしておる。
「俺はお邪魔みたいだなー。気にしないでイチャイチャしておくといいぞー」
バドのからかう言葉にローゼリアの身体は一気に硬直し、またギクシャクとした動きに戻ってしまった。
まったく……
まあいい。時間がない事も確かだ。
「ローゼリア。私はバドと話があるから、イリアレーナ王女を頼む」
「頼むと言われても、王女はどうしましたの?」
問われ、私は意識を失い、ペガサスに身を任せるイリアレーナ王女に目を向ける。
「……王女はもう戦えない。少なくとも、後数日は」
今は意識を失っているが、目を覚ましたら、痛みと寒さにうち震えるのだろう。
「……」
私には、どうする事もできない。
視線を戻し、微笑むバドと対面する。
「もう、色々バレてるのかー?」
「そうだな。イリアレーナ王女が、なぜバドを対イフリートに利用しようとしたか。先ほどまでは解らなかったが、お主と相対してやっと解った」
きっと、バハムートの力なのだろう。
「まったく。何故お主は、こんな大切な事を黙っていたのだ?」
「んー、続けていたかったから。かなー。バドゥル=マルタンとして、なるべく長く楽しく生きていたかった」
「本当に、お主というやつは……」
笑顔で言うような事でもないだろうに。
「お主じゃなくては、駄目なのか?」
どこかに他の選択肢は、救いはないのかと。
「無理だなー。カミュも解ってるだろう? シヴァは無理、バハムートは動けない。な? 俺しかいない」
それでも、お主であれば。
何か別の選択肢を思い付くのではないのかと。
原初から至る、名ありであるお主ならと。
「お待ちになって! 2人は一体、何の話をしていますの!?」
戸惑うローゼリアが、疑問を口にする。
……ああ、口にしたくはない。
言葉にしたら、本当に認めなくてはいけなくて。
「バドは、バドは……な。名あり召喚獣、大地のタイタンなのだ」





