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54.5 sideローゼリア3

 


 私の瞳は何も映さず、ただただ空虚が漂い続ける。


 小高い丘の上、半ば地面の上に横たわるように座りながらうなだれている。

 少し離れたところには、冷気を身にまとうイリアレーナ王女。

 その瞳は厳しく、細められた瞳は前を見据える。


 彼女はずっと、イフリートとアイミュラー軍の進軍を阻止する為の結界を張り続けている。


 ……私はどうして、ここにいるのだろう。

 なんで、私の隣にいるのはこの人なのだろう。

 解っている。

 私自身が全てをぶち壊したから。

 カミュの隣にはいられない。

 どんな顔をして会えばいいのか。


 ルーシェとの婚約を知られ、スパイをしていた事すら知られてしまった。

 他の誰でもない、カミュにだけは知られたくない事だったのに。

 それを、いとも簡単にばらしてくれたこの王女様。

 憎らしい。憎らしいのに、私はすでに刃を持たない。


 彼女は何も語らない。

 カミュを連れ去られ、慌ててフェブラント王城を目指していた私達の前に現れた時も。

 私を氷にとらえた時も。

 そして今も。


 何も語らないのに、解ってしまう。

 この王女様の方が、私より何倍も祖国の為を思って行動している事が。

 私より、姫としての責任を全うしている。

 唇を噛み締めながら、拳を握りしめながら。


 彼女に刃を向けたら、自分自身の醜い性根を突きつけられる事になる。

 ただ嫉妬し、やつあたりしているだけだという事実を。


 どうしてこんな事になってしまったのか解らない。

 国を守りたかった。

 民を守りたかった。

 お父様を止めたかった。

 カミュを……助けたかった。


 どこで、間違えてしまったの?


「んっとに、あの契約者様もバドゥル=マルタンも何をしているんだか」


 苛立たしげなイリアレーナ王女の声が降ってくる。

 私に話しかけているわけではないらしく、単なる一人言らしい。

 その声には、苛立ちの他に焦りと苦痛の色が見てとれた。


 対イフリートの結界を維持するのも楽ではないらしい。


 ……自分の事でいっぱいいっぱいだったけど、バドはどこに?

 意識を失い氷に囚われた時、すでにバドはいなかった。


 そういえば、無理矢理カミュと対面させられた時、イリアレーナ王女はバドには色々役にたってもらうと言っていた。

 何をさせるかは解らないけど、対イフリート用という事?

 何でバドが?


 ……バドは私達に隠している事がある。

 フェブラントの国境壁で、バドは暴走するカミュを沈めてみせた。

 カミュの状態の事も知っていた。


 ……バドの秘密が、イフリートに対抗する手段?


「っ!」


 止めなくては!

 バドは秘密を知られたくないようだった。

 力を使う事を躊躇していた。


「……」


 思わず立ち上がろうとして、また膝をおった。

 行ってどうなるというのか。


 あの王女がバドを利用しようというなら、バドには名ありに対抗する力があるという事。

 愛用の鞭を切り刻まれ、杖は砕けた。

 もちろん、専属なんていやしない。

 それなのに名ありの対決の場に行くなんて、足手まといにしかならない。



 ふと、閃く。

 なら、自分も力を得ればいいのでは?と。

 腐っても私も召喚師。

 名ありとの契約に挑戦する権利は誰にだってある。


 目の前がひらけたと思ったけど、思い出して目を臥せる。

 杖は砕けてしまい、代わりとなる宝石や魔石なんて一つも……


「ぁ……」


 これがあった。

 左腕にはまったままの腕輪。

 隷属契約で結んだ、ユニコーンのロディルマリアの住みか。

 このままでは使えないけど、ロディとの契約を解除すれば……


 ロディは、今の私が唯一持っている力。

 それを捨ててまで、成功するかどうか解らない名ありとの契約に挑む?


 ……迷うはずもなかった。

 今必要なのは、他者を癒す力ではなく害する力。

 ロディと契約していても、バドとカミュを助ける事はできない。


 次の問題は、どの名ありとの契約に挑戦するか。

 最大の敵はルーシェが使役するイフリート。

 私の魔力もコントロールもルーシェには及ばない。


 ならば、イフリートより数段格上の名ありとの契約が必要だった。

 ウンディーネでもダメ、シルフでもダメ。


「――リヴァイアサン」


 その力はバハムートと並ぶと言われる、大海の覇者。

 今現在、専属で契約しているという情報は聞いた事がない。

 リヴァイアサンであれば、私でもルーシェとイフリートに対抗できる。


 そうなら、早速……

 私がどうしようとイリアレーナ王女は興味を示さないだろうけど。

 音をたてないようにゆっくりと立ち上がり、その場から離れる。

 少し駆け足で、でも静かに。

 息をするのも怖くて、やっと離れられたころには、軽く息があがっていた。


 イリアレーナ王女はこちらに興味がないようで、変わらず結界を張り続けていた。

 シヴァが力を行使している近くでの契約は、コントロールが難しそうで、もう少し離れる。


 イリアレーナ王女の影が見えなくなったところで、私は足を止め、ロディに契約破棄を告げようとするけれども……


 ひときわ大きな背中を見つけた。


「バド?」


 その背中に声をかける。

 疑問系だったのは、確信が持てなかったから。


 あそこまで大きな背中の持ち主は、バドしかいないだろう。

 でも、バドの背中はいつも真っ直ぐで、胸を張っていて。

 その威風堂々とした体躯と態度は、周囲にいる人達を安心させるものだった。


 でも、あの背中は……

 ショボくれて、猫背で、陰を背負っている。

 私が知っている、バドの背中ではなかった。


 ゆっくりと振り返った顔は、バド以外の誰にも見えなくて。


「ローゼリア? ボロボロだなー」


 声にも覇気がなくて。

 いつもほころんでいた顔は土気色だった。


「このくらい、何て事ありませんわ」


 今の私はマントもローブも千切れ、身体にも幾重の傷がある。

 とても一国の皇女には見えない。


「……どうしたんですの? バド」


「どうした……か」


 深いため息。

 そして、自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。


「解ってるんだよ、そうする事が一番いいって。それが最良だって。あーでもなー、もうちょっとだけなー」


 地面に降り積もるバドの言葉。

 それはどんどんどんどん高くなって、バド自身を突き刺してしまう。

 バドは優しいから。誰よりも優しいから。

 それが、自分にとって嫌な事でも、人の為になるなら選んでしまう。

 自分をギュウギュウに押し潰して。


「バド。貴方が何をしようとしているかは私にはわかりませんわ。でも、貴方自身は嫌なのでしょう?」


 何を隠していて、何を迷っているかは解らないけど、私は必死にバドに語りかける。


「なら、そんな事はしてはいけませんわ! 私もカミュも、バドが嫌な思いをする事は望んでいませんもの!」


「ローゼリア……ありがとうなー」


 ほんの少し、いつものバドの口調と笑顔が戻ってきてほっと一息をつく。


「でもなー、現時点で俺しかいないんだ。イフリートを止められるのは」


「ダメですわ、やるのなら私がやります! 進軍してきているのはアイミュラー軍! 皇女たる私がやるべき事です!」


「と言ってもなー。ローゼリアは杖もないし、名ありと契約も結んでないだろ?」


「結んでいないのなら、結べば良いのです! 私はリヴァイアサンとの契約に挑戦するところだったのですから!」


「……何?」


 一瞬にして、バドの声が剣呑なものになった。


「ローゼリア、今リヴァイアサンとの契約に挑戦すると言ったかー?」


「え、えぇ」


 何がそんなに、バドの琴線に触れたのか。

 腰に手をあてながら天を仰ぎ見て。

 目を閉じて動かなくなったと思えば、歯を見せながらバドは笑った。


「だったら、なおさら俺はここでやらなきゃいけない。ローゼリアを死なせられないからなー。リヴァイアサンとの契約は絶対に失敗する。反動は怪我じゃすまない」


「何で解るんですの? 一筋の奇跡があるかもしれません!」


「俺には解るんだよ」


 困ったように笑うバド。

 こちらに背を向け、何かを覚悟してしまった。

 私は、どうしようどうしようと焦るばかりで。


 その時、イフリートとアイミュラー軍を阻む為に張られていた結界が消えた。


「ああ、もう時間かー。エリンもユースも逝った。次は、俺の番だなー」


 え?ユース?

 あの小さなフェアリーに何があったというの?


「大丈夫だー、ローゼリア」


 何が……?

 どうして。何で、こんな時にもバドは笑えるの。


 私の言葉じゃ、もうバドは止められない。


 会いたくないのに、会っちゃいけないのに。

 私は彼の助けを、到着を待ち望んでいる。


「あーでも、最後にカミュには会いたかったなー」


「待って! バド!」


 消えようとする友人を何とか止めようと、私は必死に、その背中に向けて手を伸ばす。

 でも、何も掴めなくて……


 今まさに友人を失おうとしている時に、()が来てくれた。


「無事か!? ローゼリア、バド!!」


 自然と、涙が溢れる。

 どうしてこの人は、お馬鹿で、抜けてて、自惚れで、ドジで、運動音痴で、失言も多くて、空気も読めなくて。

 なのに、何で。


 ――何でいつも、私が助けてほしい時に来てくれるの。


「カミュ!!」


 愛しいその名前を、叫んだ。



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