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54 蝕まれる内腑

 


 ユースを喪い、膝から崩れ落ちた私に寄り添うようにベルはそばに居続ける。

 イヴとオックスは、少し離れたところで黙って待っていた。

 慰めるような2人ではないし、少し時間が必要とも思ったのだろうか。


『ゲコ……』


「大丈夫だ……ベルは一度向こうに戻ってくれ。魔力やらなんやらを回復してくるのだ」


『ゲコ……』


 寄り添ってくるベルの喉を撫でてやる。


「そんなに心配そうに見上げなくとも、大丈夫だ。あぁ、後一つ頼まれてくれ。カルトに、状況を伝えておいてくれるか?」


『……ゲコ』


 元気ない返事をし、ベルは向こうの世界に戻っていった。

 カルトやベルも、ユースとは顔馴染みであった。

 同じ優先契約召喚獣として、何か思う事もあったであろう。


 体が重い。

 歩行杖がわりにしていたブラックスピネルの杖はもうない。

 カルトもまだまだ回復しないだろう。

 だから、自分の足で立たねば。


「……っぐ!」


 折れた膝に力を入れ頭をあげた瞬間、込み上げる何か。

 我慢しきれずに、雪の上に撒き散らす。

 また胃液か嘔吐かと思ったが……

 口の中に残る鉄臭い味。

 雪の上を赤く染める液体。


「……流石に、血を吐くのは初めてだな」


 ここまで来たか、という半ば諦めと覚悟。

 まだ終わってたまるかという反骨心。


「……っは!」


 遠くからイヴが私を呼ぶ声が聞こえる。

 私は慌てて、口元に垂れた血を袖口で乱暴に拭い、雪の上にぶちまけられた血を、他の雪で覆い隠す。


 隠せ隠せ隠せ!

 このような私の現状など、誰も知らなくていい事だ。


 歩いてきたイヴとオックス。

 一戦を終えたというのに汗一つかかず、呼吸一つ乱していない。

 息も絶え絶えでボロボロな私とはえらい違いだ。


「終わったのか?」


「ああ、終わった。協力感謝する」


 2人に握手を求めたが、にべもなく拒否された。

 私なりに、協力してくれた感謝と友好の証を示してみたのに、何という奴らだ。

 

「私はもう行くが、お主達はどうするのだ?」


「私達は残る。イフリートにシヴァ、名ありがぶつかる所に名無しが行っても足手まといにしかならないからな」


「そうか。世話になったな」


「ちょっと待て」


 背を向け歩きだそうとした私に、イヴが声をかけてくる。


「何だ? 私は急いでいるのだ」


 ゆっくしている場合ではない。

 時間をロスした分、急がなくてはならないのだ。

 ルーシェとイリアレーナ王女の元へ。


 きっとそこに、ローゼリアとバドもいる。

 アシュリーは……まあ、腐っても軍属の召喚師だ。

 何とかなってるだろう。


「お前、歩いていくつもりか?」


「……そうだが?」


 カルトはまだ回復中。

 ベルも向こうに戻らせた。

 なら、私の移動手段は徒歩しかないであろう。


「はぁぁ、どこの馬鹿なんだ」


 呆れたようにため息をつくイヴ。

 少し離れたところで、オックスまでもがため息をついている。


「数キロ離れたところにそんなトロさで行ったら、とっくに決着なんてついているだろう」


 自慢ではないが、今の私はカタツムリより遅いであろう。

 何せ、腕も膝もプルプルなのだから。


「他に移動手段がないのだから、仕方なかろう」


「はあ、お前の目の前にいるのは何だ? 私は元護り手の召喚師。大樹はなくとも、ペガサスの1体や2体、楽に召喚できる」


「いや、だが、しかし……」


 願ってもない提案だが、二の足を踏んでしまう。


「私にはカルトがいるし、カルト以外のペガサスに乗るのは裏切りのような感じがして……」


「お前もお前の召喚獣も、どこの馬鹿だ」


 そんな私の感傷を、イヴは迷う事なく一刀両断した。


「お前の召喚獣は、世の危機より自分の嫉妬心を優先させる愚か者なのか?」


「……」


 ……少し、そういうところがあるかもしれない。


「そうだとしても、それを納得させ制御するのが召喚師の役目だ。召喚獣のご機嫌をとっているだけの召喚師なんて召喚師ではない」


 私とカルト達の関係が単なる馴れ合いだと指摘されて、反論したいのにできない。

 それもそうかもしれない、と思ってしまった自分がいた。


 私は、彼らに()()()()()負い目がある。


「……イヴ。お主は気に入らない私の為に、ペガサスを召喚してくれるのか?」


「当たり前だ。自分の感情優先で大局を乱し、状況が見えなくなるほど、私は愚かでも子どもでもない。」


 私はまたやってしまったのか。

 また、自分の感情を優先させてしまった。

 カミュ坊は卒業したというのに。

 あぁ、私は本当に……


「大体、その殊勝な態度は何だ。私がどう言おうが、自分の主義主張を押し通しやりたい事をやるのがお前だろう! 今さらそんな態度をとられても気色が悪いだけだ! さっさと召喚しろぐらい言ってみろ!」


 イヴの気迫に気圧され、私は目をぱちくりする。


「ははは」


 イヴが怒っているのか私を励まそうとしたかはさだかではないが、肩に入っていた余計な力が抜けた気がする。


「何がおかしい」


 馬鹿にされたと勘違いしたのか、イヴのこめかみに青筋が浮く。


「いや、そうだな。私はそんな可愛らしい性格でも、人を思いやるような性格でもなかったな」


 追い詰められ貶されても、それを怒りとバネにかえて突き進むのが私だ。

 自分の感情を優先させるのが坊やなのではない。

 自分の主義主張を優先して、焼け野原にさせ、跡形もなく壊滅させるのが坊やなのだ。


 そうだ、私は進化してみせよう。

 焼け野原ではなく、笑顔溢れる花畑に導くスーパーカミュに!


 私の身体の中にいるあやつにも、「もう少しだけ大人しくしていて下さい、お願いします」

 と、懇願するのは実に私らしくない。


 むしろ、「人の身体の中に勝手に居候している分際で、大家に迷惑をかけるでない。静かにしろ!」

 と、命令するのが私だ。


 うむ。近頃色々あって、ネガティブすぎるくらいネガティブになってしまっていたな。


 ズキリ、と胸が痛む。

 私は早速念じてみた。

 今、忙しいのだ。静かにしろ!と。


 すると、ドガッ!ドガッ!ドガッ!と、何かを抗議するかのように、内側から腹部に衝撃が加えられる。

 ぬぅぉおおおおー!何という暴力的な住人なのだ!

 だがしかし、私は負けぬ!

 私は大家なのだ!


 ドガッ!ドガッ!ドガッ!

 あ、すみません。ごめんなさい。調子に乗りました。

 私が下手に出ると、解ればよろしい。とでも言うように、腹部の痛みはきれいさっぱりと消えた。


 ……気にくわん、全くもって気にくわん。

 全てが終わったら、礼節というものを叩き込まなくてはいけないようだ。


 足に力をいれ、空を見上げ、深呼吸を一つ。

 冷たい空気が喉を通り、私の目を目覚めさせてくれる。

 ……さあ、行こう。


「イヴ、ペガサスを頼む! とびっきり速い奴をな!」


「言われなくても」


 イヴが腕を振れば、そこには一頭のペガサス。

 カルトより、大分体格が良い。


「よろしく頼む」


 胴を一撫でして跨がってみれば――

 ……ちょっと、お主は大きすぎないか?

 いつも乗っているカルトより、胴体の幅が大分広い。

 つまり、私の股は限界以上に開かれている。

 結論から言ってしまえば、


「痛い」


 ちぎれる!私の股がちぎれる!!


「イヴ! もう少し小柄な個体を頼む!」


 プルプルさせながら、頼んでみれば。


「ワガママをいうな! 行け!」


 イヴの号令で、大柄なペガサスは一気に上昇する。

 まままままままま股が!股がぁー!!


「覚えてろよ、イヴリンー!!」


 せめてもの仕返しに、リンをつけて叫んでやった。

 道中、引き裂かれ続ける私の股の痛みを思えば、可愛い仕返しだ。



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