53 さようなら、小さなフェアリー
白い光。爆音と熱風、衝撃がおさまり目を開けた時。
ユースはその小さな体をボロボロにして、雪の上にいた。
あれだけの熱風だったが、雪は少しも溶けた様子はない。
ただの雪ではなく、シヴァの魔力の一部だからだろう。
「ユース! ……っ」
急いで駆け寄ろうと思ったら、足がもつれてスッ転んだ。
力が入らない。
だが、かすみながらも目は見える。
耳も聞こえる。足も手もある。
ならば、動ける。
「ベル?」
もつれてスッ転んだ私を、ベルが背負い運んでくれる。
「ユース……」
ひどいものだった。
膝から先、肘から先はもう崩れ落ちて形はない。
顔や残った部分には、無数のひびが入っている。
赤黒い魔力は爆発で焼けたのか弾き飛ばされたのか見当たらず、ユースの髪や瞳は元の色に戻っていた。
『……ミュ……ぼ……』
「はっ、ユース! ユース!」
弱々しいユースの声。
ゆっくりユースの体を掌に乗せるが、その衝撃だけで更にひびが入っていく。
『ごめん……ね、迷惑かけ……て』
「何を言うのだ! 迷惑などかけられていない!」
ユースは腕をあげようとしたのか、右腕が震える。
だが、自分の手がない事に気がついたのか、目を見開いてから力なく笑った。
『カミュ坊も、ボロボロじゃない……あんなに格好つけてた坊やが……でも、いい召喚師になったね。もう、坊やは卒業かな……』
「何を言うのだ! 私はまだっ……!」
まだ坊やだから、ユースが見ててくれないと。
そう言おうとして、口つぐんだ。
ユースはもう助からない。
なら私にできる事は、私を見守っていてくれたヒトに、心安らかな眠りを与えることだけではないか。
余計な心配を、かけてはいけないのだ。
色々な聞きたい事。
それを全部飲み込んで、いつもの私でユースに声をかける。
「私はバハムートと契約できるほどの、エリート召喚師だぞ? 何も心配する事はない。だから……だから……ユースは、もうゆっくり休むのだ。今まで、ありがとう」
『大きくなっても、カミュ坊は泣き虫だね……ごめんね……私がもっと強い召喚獣なら、楔になってカミュ坊を楽にしてあげられたのに』
「楔になどならなくて良い!」
もう、友を奪われたくはない。
「っ……ユースはさっさと生まれ変わってきて、私の召喚獣になれば良いのだ。もう決定したからな!」
『はは、そうだね……それも良いかな……』
ユースの体から、光る魔力の粒が浮かび上がっていく。
駄目だ……まだ、逝かないでくれ……!
『カミュ坊……ひとつだけ、お願い聞いてくれる?』
「もちろんだ。何でも言うが良い」
『……アルを、1発思いっきりぶん殴っておいて』
意外なお願いだったが、私はしっかりと頷いた。
「任せておくが良い。ユースの分までしっかりとぶん殴っておく。奥歯が飛ぶくらいにがっつりとな」
『よろしくね……あぁ、もう何もないや。……じゃあね、カミュ』
「ユース!!」
私の掌の上から、ユースが消えていく。
髪の毛一つ、塵一つ残さずに。
体力の光の粒が。ユースの魔力が。
大気へ、世界へ還っていく。
「あ、あぁ……」
崩れ落ちた膝に雪が凍み、私の握りしめた両手は何もつかまない。
馬鹿ものめ、最後の最後で私の名前をちゃんと呼ぶとは。
――気に入らない相手に不機嫌に応対するのは、子どもの証! あんたは偉ぶっていてもまだまだ赤ん坊な坊やなのよ!
――ユースよ! 覚えておきなさいよ、カミュ坊!
――次に会う時まで成長してるのよ! カミュ坊じゃなくなるくらいにね!
私は、少しは成長したか?
安心して頼れる召喚師になれただろうか。
「ユース……」
こんな認められ方など、望んではいなかった。
別れの直前に認められるなど。
もっと、もっとちゃんと……
――ずいぶん成長したじゃない! これで坊やは卒業ね! 流石はカミュだわ!
そんな機会は、もう2度と来ない。
「っ! ユースーーー!!」
握りしめた拳を地面に叩きつけ、絶叫した。
私は、また家族を亡くしてしまったのだ。