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6 カミュの過去~望まれなかった子ども

 


 皇家の馬車に乗り連行され、ついた場所は皇宮の一画。

 ローゼリアの自室だった。

 赤と白を基調とした部屋で、ローゼリアの好きな薔薇の花が飾られ、薔薇を象った家具やら何やらであふれている。


 馬車の中は誰もが無言。

 ブリザードが吹き荒れていて、とても居づらかった。


 ソファーに案内され紅茶を飲み、一息ついたところでローゼリアが口を開く。


「さて」


 ビクッ!


「詳しい話を聞いていきましょうか」


 尋問が始まる。

 ちなみに、今の席は3人掛け用のソファーに私が1人。

 その前にテーブルがあり、それを挟んでローゼリア。

 立会人みたいな感じで、お誕生日席にバドがいる。


「聞きたい事も言いたい文句も山ほどありますけれど……1番はやはりこれですわ。何故、私にもバドにも誰にも告げずに行ったのです」


「……」


 理由など……

 ギュッと唇を噛み締める。

 理由など、言えるわけがない。


「貴方の、義弟の存在ですか?」


「……っ!」


 その言葉に、私は怯えたように硬直する。

 その行動だけで、ローゼリアには解ったも同然だった。


「無言は是と取りますわ。カミュ、貴方は独りで死ぬ気だったのですね」


 観念したかのように、私は部屋の天井を見上げる。

 全てが解っているローゼリアとバドに誤魔化しようがない。

 私は、そっと目を閉じた……



 私には、4歳違いの異母弟(おとうと)がいる。

 ルーシェ=バルモルト 14歳。


 父上が、愛人である平民に産ませた子どもだ。

 両親は政略結婚だった為、父母共に相手に愛はなかったらしい。

 また、父上は過激な母上の性格を疎んでいた。

 跡取りである私が出来た後は、両親の接触はなかったらしい。


 母上は、我が子である私を完璧な召喚師として育て上げる事で、自分の矜持を保とうとした。

 魔力があっても、召喚が可能になるのは10歳前後だと言われている。

 思考能力や創造力、召喚獣との対話や報酬のやり取りに耐えうるのがその年齢なのだろう。


 母上は、それを3歳の私に教育していた。

 貴族としての礼儀作法や一般教養にくわえ、召喚師としての教育。

 最初はまだマシだった。

 それが激化した理由が、愛人と子どもの存在だった。


 それからの母上の口癖は、「あの女の子どもに負けてはなりません」「バルモルト家を継ぐのは、カミュ貴方です」

 その台詞を何度聞いただろう。


 それでも、まだマシだった。

 すきま風すさぶ小屋に閉じ込められても、ヒステリックに罵倒され、頬を打たれても。

 褒められる事もなく。

 頭を撫でられる事も、抱き締めてもらえなくとも。

 それでも、まだマシだったのだ。



 私は、産まれた時から魔力量が多かった。

 赤子にしてバルモルト家の歴代召喚師を上回る量だった。

 それだけに母上も期待したのだろう。

 だが、私は召喚が可能になると言われる9歳になっても、1度も召喚を成功させた事がなかった。


 今なら解るが、私はとてつもなく不器用で飲み込みが遅かった。

 大抵の人が10やれば解る事が、私は100やらないと解らなかった。

 召喚獣が住む世界や通る扉、それを開ける鍵を想像してみろ。と言われても、解らなかった。


 そんな中、わずか5歳の義弟、ルーシェが召喚を成功させた。

 魔力量は凡人と言われていた。

 そんなルーシェが、わずか5歳で召喚を成功させた。

 その事実が、母上を狂わせた。


 平民の子で、愛人の子で、魔力量も並。

 そんな人間が、自分の子どもより少しでも勝っている事が許せなかったのだろう。

 その怒りと失望は、私に向いた。

 母上の口癖が変わった。


「あんな女の子に負けて恥ずかしくないのですか」「どうしてできないの」「カミュ、貴方は私とバルモルト家の恥です」「貴方のせいで、バルモルト家はもうおしまいです」


 前までは、バルモルト家の跡取りは私だと期待されていた。

 怒りと折檻の中にも、私に対する期待が見てとれた。


 だが、ルーシェが召喚を成功させてから期待は全て消えた。

 バルモルト家は、代々召喚師の一族だ。

 当主は、最も優れた召喚師でなくてはならない。


 召喚が出来ないのであれば、正妻の子であろうと用はない。


 周囲の目は、全てルーシェへと向かった。



 その日、私は周囲を出し抜いて街へ出た。

 使用人達の立ち話から、愛人とルーシェが住んでいる住所が解ったからだ。

 行って、私は何をしようとしたのか。


 春の日差しが暖かい日だった。

 私は、頭の中の住所と現在地を照らし合わせ、見つかる前にと必死で走った。

 しばらく走り、目標の家を見つけた。


 バルモルト家の屋敷よりは小さいが、それでも平民が住むには十分過ぎるほどの広さがあるキレイな家だった。

 庭はきちんと整えられ、木製の柵は花々で彩られていた。


 私は花を避け、柵の間から屋敷の中を覗いた。

 そこにある光景は、私にとっての絶望であった。


 小さな男児と両親が笑いあっている。

 男児がルーシェ、女性が母親の愛人だろう。

 男性は……父上。


 私の父も、そこにはいた。

 母上の折檻から助けてくれる事もなく、抱き締めてくれる事も、頭を撫でられる事も、微笑みかけられた事すらない。

 最後に話したのは、挨拶をしたのは何年前だ?

 ろくに、バルモルト家の屋敷にも帰宅しないのに。

 私の誕生日ですら帰宅した事はない。


 その、父上が……

 ルーシェに話しかけ、笑顔をみせ、抱き締めている。

 抱っこをし、愛人と微笑みあっている。

 その様は、まさに幸せな家族の一時だ。


 私は、動けなかった。

 見たくないのに、認識したくないのに、声すらも聞きたくないのに。

 私の身体は呼吸すら忘れたかのように、ピクリとも動かない。


「おとうさまー、おかあさまー」


「まあ、ルーシェったら」


 笑顔の子どもが杖を振るって、名無しを召喚している。


「流石、私とアリーチェの子どもだ。」


 アリーチェとは、あの愛人の名前だろう。

 私はあのような優しい言葉、言われた事はない。


「バルモルト家を継ぐのは、ルーシェ。お前だぞ」


 ガツン、と殴られたような気がした。


「気が早すぎませんか? アル。カミュ様がどれだけ成長するか解りませんよ? それに、私は平民で愛人ですし……」


 私の名前……


「あいつか……大丈夫だろう。9歳になったというのに、召喚成功の片鱗さえ見せぬでき損ないだ。本当にバルモルトの血をひいているのかというの疑問さえある。バルモルト家で、召喚に手こずったものはいなかったからな。母親の血が悪いのだろ。」


 …………


「アル、言い過ぎですよ」


「構うものか。私の家族はアリーチェとルーシェ。お前達だけだ。


 父上が、女をギュッと抱き締めた。

 女も神妙な顔で抱き返している。


「あー! おとうさまとおかあさまだけで、ズルイー! ぼくもー!」


「はは、よしよし。おいでルーシェ」


 父上がルーシェを抱き上げようとした瞬間、目があったような気がした。

 こちらを威嚇するかのような瞳。

 そこには、愛も温もりも一切ない。

 敵を見る目だった。


 私は、逃げるように駆け出した。




 脱け出した事がバレて折檻され、食事も何もなしで私は仕置小屋に閉じ込められた。


 私は泣いた。

 泣いている間、父上や母上から言われた言葉がグルグルと頭の中を駆け巡った。


「でき損ない」「バルモルト家の者ではない」「母親の血が悪い」「情けない」「バルモルト家の恥」「お前のせいで」


 期待されても何も出来なかった自分の不甲斐なさ。

 ついに、誰からも期待されなくなった自分の惨めさ。


 私を罵倒し愛してくれる事はない母上への悲しみと諦め。

 愛人とその子どもに全てを注ぎ、私を敵視する父上への怒りと憎しみ。

 与えられる愛情が当たり前と思い、子どもでいられるルーシェへの嫉妬と劣等感。

 折檻を受けている私をニヤニヤと見ている周囲への嫌悪。


 私は泣いた。

 泣いて泣いて、もう泣くまいと決めた。


 その日から私は変わった。

 いや、変わらざるをえなかった。

 父上があそこまで言いはなったのだ。

 ルーシェが当主になったら、私はどうなってしまうか解らない。

 事故や自殺に見せかけて殺される可能性もある。


 そう簡単に死んでやるものか。

 父上の思い通りになどさせはしない。

 バルモルト家の血をひいているかどうか解らないだと。

 ならば、その私がバルモルト家の当主になろう。

 バルモルト家を継ぐのは誰でもない。この私だ。


 そう決めたら、難なく召喚する事に成功した。

 私は今まで、何を苦労していたのか。

 召喚獣で小屋の扉をぶち破り、私は自室へ向かった。

 戻る途中に、つまめる軽食をメイドに頼む。


「カミュ! 何故勝手に出てきてるので……す……」


 母上の口を、召喚獣の威嚇で閉ざす。


「申し訳ありません、母上。時間は有限なのです。バルモルト家の当主になる為に、1分1秒と無駄にしてはいられません」


 淡々と返す。

 感情を揺り動かす時間さえ無駄だ。

 母上の返事を聞かず、私は自室へと戻る。

 母上は、突如変わった私の態度に戸惑い、呆然と立っているようであった。


 当主となる為には召喚師の勉強だけでは足りない。

 政治、経営、マナー、社交界での人脈、会話術。

 今までの勉強時間では足りない。

 分刻みのタイムスケジュールを組んだ。


 空いている時間は常に自習。

 娯楽の時間など、今の私には必要ない。

 食事の時間も惜しい。

 食事は全て、自習しながらでも取れる軽食に変えた。


 私は物覚えが悪く不器用だ。

 だから、どこかの時間を削り、人より多く学ばなくてはならない。

 睡眠時間も削った。

 眠たい目を擦り、勉強を続ける。


 その習慣は、14歳で召喚師の学園に入学してからも変わらなかった。

 よく、バドやローゼリアに無理矢理食事を取らされ、寝台に運ばれたものだ。


 その甲斐あってか、私は入学当初から首席をキープし続け、バルモルト家の当主に相応しいのではないかと、周囲からも評判であった。


 優先契約を交わした召喚獣もいた。

 だが、それではまだ足りない。

 当主を確定させる為に、卒業前に名ありとの専属契約を結びたいと私は考えていた。


 由緒正しいバルモルト家だが、名ありとの専属契約を結んだ事がある召喚師は数えるほどだった。

 それほど、名ありとの専属契約は難しい。

 最高学年になった私は、卒業前の冬休みで名ありの元に出向き、契約を申し込もうと予定をたてた。


 予定した名あり召喚獣はウンディーネ。

 穏やかな性格で、名ありの中でも専属は比較的容易だと言われている。

 住んでいる場所も、アイミュラー国内で、皇都からさほど遠くなかった。


 そんな中、凶報が飛び込んできた。

 学園に入学して3ヶ月のルーシェが、名ありと専属を結んだと。

 召喚獣はイフリート。

 しかも、ルーシェは召喚獣の元に出向く事なく、専属契約に成功したと言う。


 専属を望む召喚師は、基本名ありの元に出向いて契約を申し込む。

 力のある召喚獣に対して、それが礼儀だと言われているからだ。

 だが、他にも理由がある。


 専属契約を申し込む時も向こうの世界の扉を開けなくてはならないが、力のある召喚獣ほど扉を開けるのが難しく、必要な魔力量も多いからだ。

 扉を開けるのに失敗し、重傷を負った召喚師も数多くいる。

 それを防ぐ為にも、出向くのだ。


 まあ、名ありが住む場所は危険な場所が多く、出向くのもそれなりに危険ではある。


 そして、住む場所が明らかになっていない名ありも数多くいるのだ。

 ルーシェが今回専属を結んだイフリートもその一人だ。

 ルーシェは自身の魔力で扉を開き、イフリートとの契約に成功したらしい。


 一体、いつの間にそこまでの魔力とコントロールを身に付けていたのか。

 入学式の時は、そこまでの魔力量ではなかったというのに。

 たった3ヶ月で……!


 私は焦った。

 14歳でイフリートとの専属契約を結んだルーシェ。

 当時の私は17歳だった。

 超える為には、格下のウンディーネでは足りない。


 イフリートより格上と言われている召喚獣は何体かいたが、住みかが知られているのは、最強と名高い竜王バハムートのみだった。

 私には荷が重すぎる。


 私は悩んだ。

 住みかが解っている竜王バハムートに望みをかけるか、その他の召喚獣にするか……


 時間がない。

 バハムートが住む竜王山は他国にある。

 そこにするのなら入国申請が必要だが、許可がおりるのに時間がかかる。

 冬休み中に契約をするのなら、期限は1ヶ月もない。

 どうする……


 私が逡巡していると、父上からの呼び出しがあった。

 父上の仕事場である皇宮に来いと。

 呼び出しなど、17年生きてきて初めての事だった。

 何を言われるかは、解っていたのだ……



「ルーシェが学院を卒業したら、正式にルーシェを次期当主として任命する。それまでにお前は出ていけ」


 解ってはいたが、実際に対峙して言われるとキツいものがある。

 父上は、書類から目を離さず仕事を続けていた。


「ルーシェが学院を卒業するまではお情けでおいてやる。それ以降は、バルモルトの名を名乗るな。貴族としての籍も抜く。どうしても貴族でいたいなら、あの女の実家にでも頼み込め」


 あの女とは母上の事。

 父上がここまでやるなら、母上の実家や皇家の方にも根回しはすんでいるのだろう。

 この17年間で、父上は私と母上を切り捨てても、バルモルト家には何の影響もないように準備してきたのか。


 そこまで、私と母上が邪魔なのか……


「私が、それまでに名ありとの専属を結ぶとは考えないのですか?」


 そう言った瞬間、父上はピタリと止まった。

 ゆっくりと顔をあげ、ねめつけるように私を見た。


「できるのか? お前に」


 それは、出来ないと決めつけているかのようだった。

 無駄な時間を使ったというかのように、父上はまた仕事に戻る。

 よせばいいのに、私はまた声をかける。


「私は、父上にとってなんだったのですか?」


「なにものでもない。政略結婚をした相手が産んだ存在。それだけだ」


 解っていた。

 解っていたのに……


 私は何者にもなれなかった。


 私はフラフラとした足取りで皇宮を出、その足で竜王山があるドラゴニアへの入国申請をした。

 竜王山を、私は死に場所にしようと思ったのだ。


 契約に成功したら、それは万々歳。

 もし失敗しても、家督争いに負けた惨めな長男。というより、バハムートとの契約に失敗し死亡した召喚師。

 その方が、世間体的にもマシだと思った。



 そう、私は竜王山に自殺しに行った。



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