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52 対フェアリー4~1人と1匹の共同作業

 


『アぁぁ、アあぁァァァァァ!』


 声帯もやられてしまったのか、高くなったり低くなったりという異様な叫び声をあげている。

 オックスが弓で行く先を遮り誘導し、イヴの召喚獣達が的確にダメージを与えていく。

 ユースは痛みを感じていないのか、うめき声をあげる事はない。

 ……それが、唯一の救いだろうか。


 2人のコンビネーションは、教科書のお手本を見ているように見事なものだった。

 ジャックフロスト、ヴォジャノーイ、ケルピー、スキュラ。

 多種多様な召喚獣を使役するイヴ。

 生き馬の目を射るような正確な弓射で、ユースの移動先を制限するオックス。


 この2人の間に、余計な手助けは逆に邪魔になる。

 ベルは私の護衛の為にそばに控えていた。


「2人のような力があれば、国境でも手間取る事はなかったのだろうな……」


 そうすれば、私が寝込む事もアシュリーがケガをする事もなく、バドが疲弊する事もなく。

 ローゼリアがイリアレーナ王女にそそのかされる事もなかったのに。

 あのような顔をさせる事もなかった……


『ゲコ。ゲコゲコゲコ』


「何をまた思い詰めてるんだ、だと? 思い詰めもする……」


 このネガティブ思考は癖みたいなものだ。

 良くないと思ってはいても、どうしていれば、どうして、どのようにと考えてしまう。

 過去を悲観し、思い詰め、自分で自分を追い込んでしまうのだ。


『ゲーコゲコゲコ、ゲコゲコゲコ』


「あのような実力を持つ者が味方で良かったと考えろと?」


 ……確かにそうだな。


『ゲコゲコゲコ、ゲコ、ゲコゲコゲコ』


「……何だと? 国境壁でもあの2人に助けられたと?」


『ゲコ!』


 ……そういえばあの時、思いもよらぬ方向から火柱や竜巻が発生した。

 あれは、この2人の陽動だったのか。


「何? 私とアシュリーが倒れた後、撤退できたのもあの2人が助けてくれたお陰だと?」


 いけすかない、気にくわないと思っていたが(特にオックス)態度を改める必要がある……か?

 ……いや、オックスにはチビ男などと呼ばれ、イヴには胸ぐらを掴みあげられたのだ。


 無礼すぎる態度で帳消しだ。と、1人納得した。

 ベルはそんな私を、呆れるような目で見ていた。



 物思いにふけり、ベルと会話している間にも2人は着々とユースを追い詰めていく。


 ユースがまとう魔力は確かに強大だ。

 だが、その強大な力も振るう隙がなければ行使できない。

 理性を失い、私を殺すという一点のみで動くユースの動きは大振りで単調だ。

 徐々に追い詰められていく。


 スキュラの一撃が入り、またもやユースは大きく吹き飛ばされる。


『アあぁァァァァァ!』


 雪の中にもんどりうち、それでも私を目指そうと飛び回る。


 ダメージを受けても、そこそこの傷ならば、あの赤黒い魔力が回復しているように見えた。

 だが、そのダメージも徐々に深くなり、回復しきれない傷が増えていく。

 血が流れ出る腕を押さえ、口元からも血を垂らし、それでも私の命を狙ってくる。


 ふと、違和感を感じた。

 ユースの身体の先端部分。

 欠けていないか?

 ダメージを受けて欠損したようには見えない。


 目を凝らし、よく見てみる。

 …………確認した。


 乾いた粘土が崩れるように、陶器が割れるように。

 ユースの身体は、指先などの先端部分からボロボロと欠けはじめていた。


 何だ……あれは。

 あのように召喚獣の身体が崩れるなど、見た事がない。


 ここまでの変質。

 ()()()、ユースに何をした……!


「ユー……ス?」


『バルモルト……バル……もるト。アル……あル……ア……る』


 言葉にならぬ声を叫び続けてばかりのユースだったが、明確な変化が訪れた。

 文章ではなく単語だが、意味のある言葉を発し始めている。

 理性を取り戻し始めているのか?

 このまま、元のユースに戻るのでは……


「楽観視している場合ではないぞ、カミュ」


「どういう事だ、イヴ」


 自分の意識を取り戻しはじめているのだぞ?

 このままいけば、元のユースに……


「あれは強大すぎる魔力に耐えきれず、身体が自壊していっているんだ」


「死ぬという……事か?」


 それより質が悪い、とイヴが吐き捨てる


「消滅、だ。」


 その薄気味悪い言葉に私はうまく息が吸えず、ヒュッと鳴る。


「死ねば死体は残り大地に還り、魔力は大気に還る。だが、消えれば何も残らない。死体も魔力も。世界の循環から弾き出され、塵となる」


「それは、転生も何もしなくなるという事か……」


 この世界には生まれ変わりがある。

 生を終え別れがあるとしても、その先があると知っているから死の恐怖も別れの辛さも、人々は乗り越えられるのだ。

 楔は輪廻の輪から外れたとしても、その魂は大地と封印を繋ぎ止める為、世界に残る。

 だが、消えればどこにも残らない。


「元には……」


「戻らない。完全に消えてしまう前に、止めをさしてやるしかないんだ」


 微かな希望も握りつぶされ、はたはたと涙が流れ落ちる。


 わかっている。

 私が知っているユースには、二度と戻れない。


 あれは、強大すぎる魔力で自壊しているだけではない。

 あの女が纏わせた赤黒い魔力。

 あれに無理矢理限界以上の魔力を引き出され、喰われているのだ。

 今まさに、ユースはあの女の餌になっている。


 ふと、目があったような気がした。


『カ……ミュ……ぼ……』


 流れる血が涙のように見えて仕方がない。


 ……そうか。

 父上の優先召喚獣で、父上を慕っていたお主にとって、あの女のいいように利用されるのは我慢がならないだろうな。


 契約召喚獣の不始末は契約者の不始末。

 本来なら、父上が何とかするべき事柄だ。

 だが今この場に父上はいない。


「ならばバルモルトの名を持つ者として、血を受け継ぐ者として、私が始末をつけよう」


 だから、もう少しだけ耐えてくれ。


「イヴ、オックス。力を貸してほしい」


 悔しい事に、私の力だけでは足りないのだ。


「ああ。召喚師として、あんな状態の召喚獣を放っておくわけにはいかない」


「……」


 私からの頼みにイヴは力強く、オックスは無言で頷いてくれた。

 私の攻撃手段を伝えると、2人とも眉間のしわを深くする。


 仕方がないであろう。

 これしかないのだから。


 攻撃手段は言うまでもなく、ヒビが入ったブラックスピネルの杖。

 契約していないベルにあのユースに向かわせるのは、自殺行為にしかならぬ。


 運動神経や体力などに自信はないが、内に秘める魔力量ならば私は誰にも負けない。

 魔力量が凡人にまで落ちているのは、私の身体が破壊されるのを防ぐ為。

 身体へのダメージを気にしなければ、限界以上の魔力を引き出す事も可能だ。

 食われ続けるユースを救う事も出来るだろう。


「……っ!」


 杖に魔力を込め始めると心臓の鼓動が早くなり、ズキズキと痛み始める。

 更に魔力を込めると激しい頭痛に襲われ、吐き気も襲ってき始める。

 膝をつき、全てを投げ出してしまいたい衝動に必死にこらえる。

 その時、ふくらはぎ辺りに何かぬめつくものが巻き付いてきた。


「ベ……ル……」


 何かと思えばお主か。

 心配そうな目で見上げてこなくても大丈夫だ。

 私は、バハムートとの契約にも成功したエリート召喚師だぞ?

 1人で耐える痛みは逃げ出したくなるが、これが友人の為になると思えば。

 こんな痛み、どうってことはない。


「くぅっ!」


 杖を地面に突き刺し、それに寄りかかるようにしながら続ける。

 ピシピシと骨が軋む音が聞こえる。

 内臓が抉りとられるような衝撃が襲ってくる。

 奥歯を噛みしめていると、幻聴なのかなんなのか。


『やめろ』という声が聞こえてくる。


 バハムートなのか()()()なのか。

 いや、どちらでもいいな。

 どちらの言葉でも、私はやめる気はないのだから。


 なんとか、暴発させるだけの魔力はたまった。

 後は、タイミングを見て解き放つだけ……なのだが。

 まずいな。

 目がかすみ、繰り広げられているはずの戦いすらろくに見えぬ。

 これは想定外だ。

 慌てる私に、ベルが穏やかな声をかける。


『ゲコゲコ』


「……助けてくれるのか?」


『ゲコゥ!』


「そうか、頼んだぞ。ベル」


 目はベルに任せる。

 ならば、後はタイミングに合わせて解き放つだけだ。


 まだか……まだか……

 爆発音やユースの奇声もどんどん聞こえづらくなっていっている。

 このままでは、耳すら……!


「……ったぞ、……モルト!」


 何か、聞こえたか?

 微かに聞こえた叫び声。

 だが、それが何か判別できなくて……


『ゲコゥ!!』


「っ!!」


 瞬間、折れ曲がりそうになっていた膝に力が入った。

 今の声を、聞き間違えるはずがない……!


「こんのおぉぉーー!!」


 勢いよく杖を振り上げ、溜め込んだ魔力を一気に解き放つ!


 爆音と熱風、衝撃が私を襲い……

 そして私は、ユースを亡くした。



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