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51 対フェアリー3~再会×コンプレックス×蹄

 


 死んでしまったと思った。

 突如目の前に現れた、ユースの薄笑い。

 私の死を心底望んでいる、その歪んだ顔。

 本当にユースはユースでなくなってしまったという悲しみより、襲いくる痛みに恐怖して目をつぶった。


「…………ん?」


 しかし、痛みは一向に訪れず。

 ドガッ!という音と、何かが起こったような風の流れが私の耳を撫でていく。

 恐る恐る目を開けると、そこにユースはいなかった。

 その代わりにいたのは、どこから出てきたのかという召喚獣。

 大きな雪だるまのような姿をした、ジャックフロストだった。


『……』


 クイクイ、とその太い腕を地上に向けて指し示す。

 とりあえず、降りろという事か?

 カルトに指示を出し、地上へ向かう。

 フラフラなカルトは、もう速度を出せない。

 ゆっくりと下へ降りていく。


 すると、見知らぬ影が2つ。

 人間……のようだが、誰だ?

 あのシルエットはアシュリーでもバドでもローゼリアでもない。


 地上に着くやいなや、カルトはその肢体を地面にドサリと投げ出した。


「カルト!?」


 向こうの世界に自力で戻れないほどに、魔力と体力を消耗しているらしかった。


「目をとじてはいかん! カルト!」


 今にもその命を手放しそうになっているカルトに、柔らかな光が降り注いだ。

 後ろを振り返ると、上から見た見知らぬ影の1人がケルピーを多数召喚し、傷を癒してくれていた。


 ケルピー1体1体の回復力は低い。

 それを数でカバーするということもなくはない。

 だが、召喚獣を複数召喚し、同時に使役する事は常に魔力の暴走というリスクを背負うことでもある。

 魔力が足りなければ、召喚獣は帰還してしまう。

 コントロールを誤れば暴発し、自分が危険となる。


 同時使役に失敗して魔力が暴走し、腕や足が爆散したという話もあるのだ。

 だから、基本召喚師は1体しか召喚しない。


 それなのに……

 いとも容易く行っている、この術者は誰なのだ?

 宮廷召喚師なみの技量。

 いや、ケルピー6体の同時使役など、下手したら父上にならぶ……


 ボロボロのフードとマント。

 2人とも口元は覆い隠されている為、輪郭もはっきりせず、目しか確認できない。

 どちらも私より背が高く、2人とも弓を持っている。

 1人は少し離れたところで弓に矢をつがえ、辺りを警戒している。

 術者とみられる者は、何故か私を睨み付けている。


 助けてもらっている事に感謝はするが、睨み付けられる覚えなどないぞ。

 全く、何という無礼な者なのだ。

 ……しかし、この気配にどこか覚えが……


「邪魔だ、どいていろ」


「っ!?」


 思案している私の耳に届いた、低く重苦しい女性の声。

 一瞬で、私の記憶はあの凍え死にそうだったあの夜を思い出す。



 ――答えろ。他の生命を蹴落とし、何故お前が生きている。何故、お前らのせいで妹は死なねばならなかった……!――



 そうだ、この声はあの時の。

 アブカルカ湿地帯で聞いた……


 刃を突きつけられ、血が出た首に手をあてる。

 あの時の痛み、あの時の寒さ。

 あの時のどうしようもない使命感が、鎌首をもたげる。

 好かれていないであろう事実に後退りしたくなるが、私はこの者と向き合わなくてはならない。


「知っているかもしれぬが、私はカミュ=バルモルト。今回も助けてもらって感謝する」


 切れ長の目が私を一瞥する。

 蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまうが、殺される事はないだろうからな。



 ――今代のユニコーンの護り手は、バハムート殿につくと決め楔になった。なら、我等一族もそれに倣おう――



 私がいくら気にくわなくとも、エリンの為に力を貸してくれる。

 この者は、エリンの姉なのだから。


「妹の為だ、馴れ合う気はない」


 一瞥した後は私に背を向け、カルトを癒すケルピー達に右の掌をかざす。

 その手に杖は見当たらない。

 かわりに、右の手首に太めの腕輪がはまっているのが見えた。

 あれが杖がわりなのだろう。


「せめて、名前を教えてはくれぬか? 呼びにくくてしょうがない」


「…………」


 華麗な無視だ。

 だが、そこまで頑なだと、何としても名前を聞き出してやるという執念がわいてくる。

 そして、私は必殺の一言を持っている。


「教えてくれぬのなら、姉上殿と呼ばせてもらおう」


『ゲコォッ!?』


「……なんだと」


 私の必殺の一撃は、ベルにも名を知らぬ召喚師にも深い一撃を残したらしい。

 足下にいたベルは舌を飛び出しながら仰天し、召喚師の眉間には更に皺が深く刻まれた。


「私はお主の事を、エリンの姉という情報でしか知らない。ならば、(エリンの)姉上殿と呼ぶしかないであろう」


 ふんぞり返って言葉を発し、更に鼻をフンと鳴らしてやった。

 うむ。我ながら、よく煽れたと思う。

 あの者はエリンをとても愛している。

 エリン以外に姉と呼ばれるのは耐え難いと考えた。

 それが、死の遠因となった私であればなおさらだ。

 必ず、名を教えるであろう。


「………………」


 見るからに歯噛みしている。

 それほどまでに、私に名前を教えたくないのか。

 逡巡するのは結構だが、コントロールをおろそかにしないでくれないか。

 ケルピーがこちらを、チラチラチラチラと見まくっているではないか。


 複数のケルピーが、そのつぶらな瞳でこちらをチラチラと見る。

 ……うむ。可愛いな。

 思わず手を振ってしまいまくなるが、そんな事はしない。

 嫉妬深いベルがこちらをずーっとねめつけているからだ。

 こんな時にベルを爆発させてはならない。

 私は空気をそこそこ読む男だ。


「……イヴリン、だ」


 目をそらしながら、小声でボソリと呟いた。


「イヴリン?」


 あまりにも小声で呟くものだから、これであっているかどうか尋ねる為にも疑問系になってしまった。

 そうしたら何が地雷だったのか、私の胸ぐらをつかみながら激しく恫喝してきた。


「背が高くて声も低い私に、イヴリンなんて可愛い名前は似合わないだとー!?」


「言っておらぬぞ!? そんな事!」


 否定しても、頭に血がのぼったイヴリンに届いてはいない。


「そんな事、私が一番よく知っているさ! 切れ長の目も、筋肉質なこの身体も可愛くないなんて! 何度も何度も言われてきた言葉だ!」


 掴んでいた私の胸ぐらを振り払い、大仰(おおぎょう)なポーズをとりながら一人言を繰り返していく。


「小さくて小柄でふわふわなエリンの方が数倍可愛い! むしろ名前が逆の方が、っぽいだろう!? あの子がイヴリンの方が似合うじゃないか!」


 見た目と名前のギャップがコンプレックスだったのだな。

 思わぬ地雷を踏みぬいてしまった。

 またもや私の胸ぐらを掴みあげる。

 身長差から、私の爪先は地面から少し離れた。


「だから教えたくなかったのに、貴様というやつはー!!」


 どんどん1人で怒りのボルテージをあげていくイヴリン。

 私では止められん!

 その時、シュッという風切音がした。

 見れば、イヴリンの足下に一矢。

 周囲で矢をつがえながら警戒していた男が、放った矢みたいだ。

 こちらを見ながら、呆れかえったような声をかける。


「いつまで遊んでいる気だ、イヴ。この陰気な魔力の塊に気がついているだろう」


「……もちろんだ、オックス」


 男はオックスというらしい。

 イヴリンは私を地面におろし、ケルピー達を帰還させた。

 私も目線でカルトに帰還を促す。

 カルトは『バヒ……』と頷き向こうの世界へ帰っていった。

 応急処置にはなったらしい。


 オックスと呼ばれた若い男は、イヴリンと同じくフードを被り口布をしていた。

 間からのぞく髪色は緑、その肌は浅黒かった。

 腰に矢筒、太ももにナイフホルダー。

 身長は確実に私より高く、筋肉質だ。

 杖や装飾品らしきものは見当たらないから、召喚師ではないのだろう。


 ……うむ。私より身長が高いという点で、気に入らないカテゴリ入りだ。


「おい、そこのチビ男」


「…………ん?」


 こちらを見ながら声をかけるオックス。

 もしかしなくても、私の事を呼んでいるのか?


「時間がないから手短に伝えておく。俺はベルモーシュカ、ミリガルカ族のオックスだ」


 ミリガルカ族だと?

 ベルモーシュカを代表する戦闘民族がなぜここに。


「ある方の依頼を受けた。お前達の援護をしろとな」


 ある方……まさか、クリストファー殿下か?

 殿下以外に私達を援護するよう依頼する人など……

 ウィリアム陛下に捕まる前に、動いたのだろうか。


 だが、ミリガルカ族は何故この依頼を引き受けた?

 ミリガルカ族は金銭では動かぬと……

 そういえば……ミリガルカ族はフェブラントの自治に納得しておらず、ベルモーシュカの独立を勝ち取るべく、フェブラントに度々ゲリラ戦を仕掛けていると聞く。

 ……何となく予想はついたが、私の与り知らぬ事だ。


 そして、オックスは私をチビ男と呼んだ。

 初対面で思いっきり人の事を見下し侮辱した者の未来など、私には関係ない。


「っ……この魔力は……」


 ユースが吹き飛ばされた方向。

 どんどん魔力が膨れ上がっていく。


 オックスは矢を構え、イヴリンは複数の召喚をする。


「バルモルト、お前は下がっていろ! そして私の事はイヴと呼べ!」


「私の事もバルモルトと呼ばないでもらおう。カミュだ」


 こんな時にも、私達はどうでもいいような言葉を飛ばしあう。

 膨れ上がっていくユースの魔力は風を生み、小さな雪や小石が私の頬をかすめていく。

 ヒビが入った杖を両手で握りしめる。


「いくぞ、ユース……」


 きっとこれが、お主と私の最後になるのだ。



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