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50 対フェアリー2~彼女はいつも笑顔だった

 


 彼女に初めて会ったのは、いつの事だったか。

 父上は滅多にバルモルト家の邸宅にいる事はなかった。

 だから、ユースを見かけた事はあっても、お互いがお互いを認識して会話をしたのは、大分成長してからだったような気もする。


 少なくとも、覚えている中での一番最初のユースとの会話は、私が9歳を過ぎた時。

 初めての召喚を憎しみのうちに成功させ、分刻みのスケジュールをこなしている最中だ

 その時の私は、父上、ルーシェ、アリーチェ殿の微笑ましい団欒を見て、すさみまくっていた。


 そんな憎き父上の優先召喚獣は、嫌悪と憎悪の対象だった。

 だから、ぶっきらぼうな対応になったのは仕方がない事だと思うのだ。


「父上の優先召喚獣? 私には関係ないし優先の契約者がいるなら更にお呼びではない。さっさとどこかに行け。目障りだ」


 自室で机に向かっていた私に、声をかけてきたユースを9歳の私は目もあわせずにはねのけた。

 気温が上がってきた夏の日の事だった。

 風を取り込もうと開けていた窓から、小さい彼女は飛び込んできたのだ。


 ユースは、元気はつらつで物怖じしない。

 その時も、不機嫌な私に萎縮することなく激しく言い返してきた。

 小さな手にスナップを効かせ、スパーン!と良い音を鳴らし、私の前頭部を叩いた。

 魔力を込めたのか、そこそこの痛みがはしった事をよく覚えている。


『気に入らない相手に不機嫌に応対するのは、子どもの証! あんたは偉ぶっていてもまだまだ赤ん坊な坊やなのよ!』


 何を言っているのかと、私はあっけにとられた。


「名乗りもせず、窓から勝手に入り込んで来て、何という言いぐさだ!!」


『なに!? 私の名前覚えてないわけ!?』


「知るわけがなかろう!」


『あー、もう! 記憶力まで坊やなのね! ユースよ! 覚えておきなさいよ、カミュ坊!』


「誰が覚えておくか! その呼び方をやめろ! 私は坊やではない!!」



 ユースはどう思ったか知らないが、私にとっては最悪な初対面だった。

 その後も、週1か月1くらいで、向こうが強引に押し掛けてきた。

 何をするでもなく、ギャーギャーとお互いにわめき散らして終了だったが。

 それが少し変化したのが、私が学園に入学し、バドやローゼリアと関わるようになってからだ。



『へー、カミュ坊にも友達なんていたのね!』


「いきなり、何の悪口なのだ?」


 友達がいない。人に好かれる性格ではない。

 そんな事、私自身が一番わかっている。

 だが、どうやれば好意を持ってもらえるのかなど、こんな私に解るわけがない。

 友達をつくっている(そんな事をしている)時間などないと、自分に言い訳をし、見てみぬ振りをする。


 自覚していた私にとって、ユースの言葉はグサリと刺さった。


『悪口じゃないの! 感想! 小さい頃からカミュ坊を知ってる身としては、そこそこ心配なの!』


「そんな心配いるか!」


 訪ねてくる日にちが、少し空くこともあった。

 だが、最低でも月に1回は顔を出した。

 ローゼリアやバドといる時に訪ねてくることもあり、


『貴方達がローゼリアとバド! カミュ坊の友達ね! 色々残念な子だけどよろしくね!』


 など、いらぬ挨拶をしてくれた。

 おかげで、私は2人から「可愛いお姉さんがいるんだね」とからかわれた。

 その時は、「姉でも何でもない。ただのおせっかいな召喚獣だ」と反発した。


 だが……冷静に考えれば、来訪をどこか楽しみにしている自分もいた。

 日があけば、体調が悪いのか、何かあったのではないかと心配になった。

 ユースは大体窓から訪ねてきたので、夏場は彼女の為に窓を開けておいたものだった。

 甲高くキンキンうるさいあの喋り声をうるさいと思いつつ、去ってしまえばどこか寂しさも感じた。


 来ればケンカもした、うるさいとも感じた、私の近況を聞いてくる彼女をうざったいとも思った。

 友人ではない、だからと言って他人でもない。

 不思議な距離感。

 ユースは私にとって、身近で大切な存在の1人なのだ。



『カミュ……バルモルトォー!!』


 例え、このような姿になっていたとしても……


 髪の色も瞳の色も、羽の形も。

 何もかもが違う。

 腕や足、顔にも幾重の傷があり、赤黒い血が滲んでいる。

 頬はこけ、眼窩はくぼみ、あの愛らしいフェアリーの姿などどこにもない。


 こんなになるまで追い込んだのか。

 耐えてくれたのか……


「ユース……」


 既に、声にも反応しない。

 ただただ、私の命を狙ってくる。


『カミュ……バルモルトォー!!』


 怨嗟の叫び声をあげながら突進してくるユースを、カルトは避け続ける。

 赤黒い泥のような強大な魔力を身にまとうユース(あれをユースと呼びたくはないが)

 触れるだけでも、大ケガを負うであろう。


 カルトにしがみつきながらユースを観察し、勝ちの目を探る。

 どうすればいい。どうしたらいい。

 回避力と速度は今のところカルトの方が上だ。

 だが、ユースは父上という契約者がいるがカルトにはいない。

 魔力はすぐに底をつく。

 カルトにユースを沈めるほどの攻撃力はない。

 ならば他の召喚獣……となるが、私が喚べるのはベルしかいない。

 僅差の空中戦をしているところにベルを喚んでもどうしようもない。

 むしろベルが乗った分、カルトの速度が落ちてしまう。


 やはり……()()か。

 私の右手に握られている、ヒビが入ったブラックスピネルの杖。

 母上からいただいた蒼玉の短剣もあるが、ヒュンヒュン飛び回るユースに近接戦闘を挑んでどうなるというのだ。

 しかも、この私が。

 届かずになぶり殺されるのがオチだ。


 魔力を過剰供給し、暴発させて投げつける。

 うむ、これだ。

 短剣よりは成功確率はあるだろう。……多分。

 正気を失ったユースをどうにかして元に戻したいが……

 ぶつけてどうなるか……か。


「……すまぬ……」


 カルトに作戦とも言えぬ作戦を伝え、杖に魔力を込め始めようとしたその時。


『ああぁぁぁぁーー!!』


 纏う赤黒い魔力が揺らめき、一際甲高い叫び声をあげながら突進してくる。

 その速度は、今までとは比べ物にならないほどに速い。


『!!』


「カルト!」


 避けきれず、赤黒い魔力がカルトの後ろ左足をかすめてしまった。

 直撃はしていない。

 ただかすめただけなのに、カルトの左足は大きく切り裂かれ大量の血が流れ出してしまっている。


『邪魔ダぁぁァァ!!』


 足を痛め、飛行速度も回避力も落ちたカルトの身体を、ユースは容赦なく追い詰めていく。

 白い肢体はみるみる真っ赤に染まり、大きな翼は削られ左右非対称に。

 私はたまらず声をあげる。


「カルト、私をおろせ! 今すぐ向こうの世界に帰るのだ!」


 このままではカルトが死んでしまう!

 だが、カルトはそれを首を振って拒否をする。


「くっ、ベル!!」


 速度も何もかも落ちた今、喚ぶのを躊躇っている時ではない!


『ゲコォー!』


 ベルは待ち構えていたのか、出てくるやいなや、特大の水柱と水球をユースにぶちかます。

 若干の牽制になったくらいで、起死回生の一手とはならなかったみたいだ。

 赤黒い魔力はぐにゃりと波打つも、その勢いは衰えない。


 くっ、炎みたいだから水は効くと思ったのだが。

 やはり威力が足りない。

 リヴァイアサンやウンディーネなどの名ありとは言わない。

 契約者がいる召喚獣がいれば……!


『ブルァ……』


 遂にカルトがバランスを崩し、私を守る為に展開していた障壁も霧散する。

 舌を出し、呼吸する度に身体が揺れ震えている。

 カルトの肢体で血にまみれていない箇所はもはやない。

 翼も鬣も尾も、全てが赤に染まっている。


 これ以上は、例えカルトの頼みでも聞けぬ!


「カルト、地上を目指せ! 向こうの世界に戻るのだ!」


『ブルァ!!』


 それでも、カルトは首を振る。

 それだけの力も残っていないくせに、静かに、だが確実に拒否をした。

 そんなカルトに、私は声を張り上げる。


「強情をするな! 私にこれ以上友の死を見届けろと言うのか!?」


『…………ブルァ』


 目を見開き、渋々だが頷いてくれた。


「ベル! 地上に降りるまで、何としてもカルトを守り抜け!」


『ゲコゲコォァー!』


 水柱、水球、雨あられとありとあらゆる攻撃を繰り出す。

 それを掻い潜りこちらに近づいてくるユースを視界に捉えつつ、私は杖に魔力を込める。


「っ!」


 込め始めた途端、襲いくる身体の痛み。

 頭?胸?いや、違う。全身だ。

 握り潰され、内側から何かが破裂するかのような相反する痛み。


 これくらいの痛み……今のカルトに比べればどうって事はない!

 拳を握り爪を食い込ませ、歯を食い縛り、魔力を込め続ける。



 眼前。

 狂喜に染まったフェアリーの、歪んだ薄笑い。


『ブゥルァァァァーー!!』



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