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49 対フェアリー1~フサフサの鬣を汚す者は、ペガサスの罰が与えられる

 


『…………』


「カルト」


『…………』


「カルトさーん……」


 飛翔するカルト、背に跨がる私。

 イフリートとシヴァが衝突するナクレ平原まで、全速力で飛んでもらっている。

 だが2人の、いや1人と1匹の間に流れる空気は重苦しい。

 何度謝り、何度名前を呼んでもカルトは応えてくれない。


 酔いと吐き気と格闘していた私は、カルトが地上に向けて一直線に急降下した衝撃にとどめをさされた。

 つまりは、吐いた。

 その嘔吐物は空中へと飛び散ったが、私はカルトの鬣にしがみついていた為、カルトご自慢の鬣にも嘔吐物は付着した。

 カルトは怒りとも嘆きともとれる嘶きをあげながら、雪に身体をなすりつけ、何とか付着物を取ろうとした。

 だが、雪の上でなすりつけようとしても、全部をキレイに取れるわけがない。


 向こうの世界に戻り、水でキレイに洗い流そうとしたカルトを、私は全力で止めた。

 そのような時間あるわけがない。

 結果、自慢の鬣を汚され、洗う事も邪魔されたカルトは激しく機嫌を害し、私をガン無視している。


 悪いと思って、私は誠心誠意謝ったぞ?

 しかし、私だけが悪いのだろうか。

 急上昇、急降下を繰り返したカルトがそもそもの原因ではなかろうか。

 その結果、私は吐いてしまい、汚物を空中に撒き散らすという失態もおかしてしまった。

 私の人生の黒歴史をまた1つ増やしてしまった。

 そう、私だけが悪いのではない。

 私はむしろ被害者の1人。

 そう、キングオブ被害者なのだ!


「って、ぶふぅ!!」


 私の背中に、カルトの尾の一撃(強め)がヒットした。


『ブルァ! ブルルァ! バヒー!』


「何? 何を寝ぼけた事言ってるんだ、だと?」


 心の中で言っていたつもりが、口に出ていたらしい。

 私とした事が、とんだ失態だ。


 ……カルトと2人きり。

 なら、聞いておくべきであろう。

 全てを思い出したわけではなく、まだ影やもやがかかったところもあるが、()()()()思い出した竜王山での記憶。


「カルト、身体は大丈夫か?」


『……バヒ?』


 少しだけ体を震わせてから、何を言っているんだ。と問いかけてくる。

 カルトも、嘘が下手だな。


「お主も、竜王山にいたのであろう? いや、カルトだけではない。ベルも、デラニーも」


 竜王山の入り口で、優先を解除し別れた。

 だが、そこで帰るのを3体は良しとしなかった。

 そして……

 デラニーは、バドとローゼリアの召喚に応じなかったのではなく、()()()()()()()()のだ。


『…………』


 カルトは正面を向き、私と目を合わそうとしない。

 もうそこそこの付き合いだ。

 それだけで解る。


 すまないと言うべきなのか、ありがとうと言うべきなのか。

 カルト、ベル、デラニーは決して仲が良かったわけではない。

 むしろ、私の気をひこうと陰でケンカをしていた方が多かったような気もする。

 だが、お互い嫌いあっていたわけではなく、ケンカ友達のような悪友のような関係だった。

 3体とも認めないだろうが。


 ……今は、何も言うべきではないのだろうな。

 鬣の比較的汚れていない箇所を慎重に握りしめ、前を見据えた。



 風が、草が、空が。

 ものすごい勢いで後ろに流れていく。

 太陽は中天を過ぎようとする時間帯だが、重い黒雲がかかっており、その姿を確認する事はできない。

 昼間なのに、まるで夜のような暗さだ。


 平原まで後数分といったところか。

 大きな力が2つ、シヴァとイフリートだろう。

 波動や空気から、まだ激突していないという事が解る。

 まだ大丈夫、まだ大丈夫だ。


『バヒ……』


「カルト、どうした?」


 舌を出し、はあはあと息があがっている。

 まさか、


「疲れたのか?」


『ブルァ』


 力なく嘶き、肯定するカルト。

 確かに全速力で向かってもらっているが、ペガサスのカルトが、この程度の距離で疲れた?

 契約していないから魔力の補充はできず、自身で賄うしかないが、それでもおかしい。


 目を閉じ神経を集中させる。

 そして気づいた、微かな違和感。


「そういう事だったのか、アイミュラー軍!」


 フェブラント侵攻時に最大の障害となるのが、名あり召喚獣シヴァの存在だ。

 普通の召喚師や兵士では歯がたたない。

 それなのに大勢の兵士を動員するのは、王都や他の都市を占領する為の人手だと思っていた。


 確かに、それもあるのだろう。

 だが、最大の理由は魔力スポットを荒らす事。

 世界には魔力がたまりやすく、多数の召喚獣の生息地になる場所が存在する。

 ユニコーンの生息地であったケブモルカ湖。

 土属性の召喚獣が多数生息していたクリアヌスタ峡谷。


 ケブモルカ湖の象徴であった森林と大樹は、イフリートによって燃やされた。

 クリアヌスタ峡谷は、主のタイタンの不在により荒れていた。

 これで、フェブラントに近い大規模な生息地は壊滅。

 とどめが、フェブラント国内で村を襲い、悪意ある人間を大勢入国させた。


 フェブラント国内はシヴァの領域。

 その領域が荒らされるという事は、シヴァの力を減退させる事と同義だ。

 アイミュラーは、フェブラント国内を荒し、シヴァの力を削ぐために大軍を動かした。


 その事に気がつかぬ、イリアレーナ王女とシヴァではない。

 最初は、私とバハムートを使うつもりだったはずだ。

 だが、私はなかなか思い出さず、バハムートを使役できない。

 なら、次に使う手はなんだ……


 私は必死に考えを巡らせる。



「安心してください。バドゥルさんもアシュリーさんも無事ですよ。アシュリーさんは用がなかったので放置。バドゥルさんの方は色々と役にたってもらいます」



 先ほどの、広間での一幕。

 まさか……


「バド?」


 イリアレーナ王女は、バドを使おうというのか?

 だが、どうやって?

 バドをイフリートにぶつけてどうなるというのだ?

 バドは体力と筋力に優れているが、魔力は並だ。

 召喚速度は早くなったが専属召喚獣はいない。


 ……いや、確かにこの旅の最中、色々思い詰めてはいたが……

 何を考えていたのかは知らないが、対イフリートの事ではないと思う……多分……


 考えがまとまらない私をしり目に、ナクレ平原へとどんどん近づいていく。

 後、数分という時。

 遥か前方に火柱があがった。

 天まで焼け焦がすほど、高く燃え上がる火柱。

 それほどの炎を使う召喚獣など、1体しかいない。


「イフリート!」


 叫んだ喉に届くほどの熱気。

 ケブモルカ大森林を焼き付くした時より、炎の勢いがあがっている。

 イフリートがいるなら、契約者であるルーシェもあそこに……


 イリアレーナ王女は……

 シヴァの魔力を探り、細かい場所を突き止めようとする。

 バドとローゼリアも、()()にいるのだろうか。


 ……見つけた。


 ナクレ平原の、少し小高い丘の上。

 ローゼリアとバドの魔力は、シヴァの強い魔力にかき消されて解らない。


「カルト、あそこだ!」


『ブルルァ!』


 目当ての場所を指を差して伝え、急行してもらおうとする。

 カルトも嘶きで答え、疲れた身体に鞭打ち、翼をはためかせる。


 その時、急速接近してくる何かに気がついた。

 左手側、ベルモーシュカ方向から何かが飛んでくる。

 ゾッとするような、芯が底冷えするような魔力の波動。


 何度も感じた事のある、この悪意ある魔力は……


「アリ……」


『ブルルァ!!』


 考え込んでしまった私を乗せながら急旋回し、()()を避けるカルト。


「ぬぉっ!?」


 上の空だった私はいきなりの急旋回にバランスを崩し、カルトの首に慌ててしがみついた。

 慌てていた為、鬣についた嘔吐物を気にせずにしがみついてしまった。

 が、セーフ!

 既に乾いていた為、私のマントや頬にべっちょりとつく事はなかった。


「すまぬ、カルト!」


 呆けていた事を侘び、体勢を立て直す。

 ビュンビュンと飛び回る何かは、黒い魔力に包まれ、その姿形が確認できない。

 大きさ的にはそこまでではなく、むしろ小さい。

 目測だが、手のひら大と言ったところだろうか。


 解る事は1つ。

 あれは、私に強い殺意を抱いている。


「っ! カルト、避けろ!」


『ブルァ!』


 右に左に、上に下に。

 突進してくる塊を避け続ける。

 魔力スポットが荒らされ、大気中の魔力が少ないこの状況では、避け続ける事は不可能だ。

 どうすればいい。


「ここまで殺意を向けられる謂われなどないぞ!」


 先程までは焦りまくっていたが、段々腹がたってきた。


「あれは、一体何なのだ!」


『……ブルァ?』


 避け続けていたカルトだが、不意にその動きが鈍った。

 それに合わせて、何者か解らない塊も動きを止める。


「カルト、どうした?」


『……ブルァ? ブルァ?』


「カルト……?」


 カルトは基本、穏やかで冷静だ。

 声を荒げる事も、感情を激する事も珍しく、平静を保っている。

 そのカルトが、動揺している。

 ()()が、何か気がついたのか?


『ブルァ……ブルァ……』


 首を振り続け、必死にそれを否定しようとしている。


「何が……」


 空中で静止しているあれを、私も凝視してみる。

 纏っている黒い魔力が時々揺れ、中にいるモノの姿をあらわにする。


 それを見て、私は更に堕ちるのだ。

 風が、花の蜜の匂いと蠱惑的な笑い声を運んできた……



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