5 悪魔襲来2~巨大クロワッサン喪失
「さーて、どうしてくれようかしら」
鞭にからめとられたまま、地面に転がる芋虫な私。
そんな私を舌なめずりしながら見下ろす捕食者。
せめてほどいてほしい。
「ダメです。ほどいたら、確実に貴方は逃げるでしょう」
チッ!
ローゼリア=シャルドゥ=アイミュラー 18歳 ♀
通称ロゼ。
名前の通り、ここアイミュラー皇国の第1皇女様だ。
上に変態兄がいるから、皇位継承権は第2位だが。
その変態兄は研究馬鹿なので、ローゼリアが皇位継承権1位ならば…という嘆きは日々伝わってくる。
私との関係は……いわゆる幼なじみというものだろうか。
幼い頃はそこまで頻繁に会う関係でもなかったが。
14歳で互いに召喚師の学院に入学してからは、学友でもあるからほぼ毎日顔をあわせていた。
お気に入りの金髪たてロールをわっさわっさと揺らして闊歩するさまは、まさしく皇女に相応しい姿だろう。
私にとっては、どこの巨大クロワッサンだ。という感じだが。
憎々しげにクロワッサンを見上げると……ない。
「ご自慢の巨大クロワッサンはどこにいったのだ!?」
「オーッホッホ! やっと気づきましたの。あれは私の気合を込めた戦闘服ですが、セットに時間がかかるのです。急いでいましたので、今日はたてロールではありませんのよ」
だから今日は早かったのか。
腰より更に長い、サラサラとした金髪が風になびく。
あれは……ハーフアップというのだろうか。
後ろ髪を編み込んで半分あげ、残りの髪はそのまま流している。
服装もいつもの豪奢で華美なドレスではなく、簡素だ。
首周りのファーがモコモコしてローゼリアの顔が埋もれ、更に小顔に見える。
化粧も、いつもより薄目ではないだろうか。
ふむ……
「ローゼリア、そっちの方が似合ってるんじゃないか? 少なくとも、私はこちらの方が好みだ」
鞭で拘束され、芋虫になりながらも感想を伝える。
「!!???? は、反則。反則ですわ、いきなり……」
ローゼリアが真っ赤な顔をしながらしゃがみこむ。
どうしたのだ?いつもなら鞭を振り回す女王様なのに。
やはり、金髪たてロールじゃないと調子がでないのだろうか。
モゾモゾと動き、ローゼリアの方に身体を移動させる。
「ローゼリア、どうしたのだ? 大丈夫か?」
「カミュ!!」
「うぉっ!?」
しゃがみこんでいたローゼリアがいきなり顔をあげた。
危なかった、ぶつかる所だった。
「こちらの方が似合っていると言いましたわね」
「言った」
「こちらの方が好みだとも言いましたわね」
「言った」
「こちらの方が、か、可愛いとも言いましたわね」
「言ってな……」
「わかりましたわ!」
私の言葉を遮って、何か一人で納得した。
「カミュがそこまで言うのなら、私の髪型はハーフアップを基本といたしましょう。金髪たてロールは、いざという時の戦闘服です」
いや、だから言ってない。
「ええ、ええ。みなまで言わなくても良いのです。これからは毎日、私の可憐な姿を見る事ができるのですから。崇め奉りなさい、アイミュラー皇国の宝石箱と謳われたこの私を!」
人の話を聞かずドヤ顔の皇女様。
ここは市民が行き交う公共の道路だという事はご存じでしょうか。
ここだけ結界が張られたかのように人が寄ってきませんが。
遠巻きに見られていますけど。
いや、市民の皆様方は皇女様を見られて嬉しがっていますけどね。
私は衆人環視の中、ずっと芋虫なんだ!
早くほどけ!!
「あら、忘れていましたわ」
この女……
ローゼリアはヒョイッと手を動かし、私の身体に巻き付いていた鞭を手もとに戻す。
相変わらず見事な鞭捌きだ。
ようやく解放された私は、立ち上がりながらコートやマフラーについた雪をほろい落とす。
「でも、カミュなら召喚で簡単に抜け出せますでしょう?」
……私はさっと目をそらし、少しずつ後退しながら、ローゼリアから距離を取る。
が、バドにがっしりと羽交い締めにされた。
「逃げちゃダメだぞー、カミュ」
「バド! 友人の私を見捨てる気か!?」
「ナイスですわ、バド。さ、行きますわよ」
羽交い締めにされたまま、ローゼリアが乗ってきた皇家の馬車に乗せられる。
「ゆっくりと、事情を聞かせてもらいますからね。カミュ」
天使の微笑と名高い、ローゼリアの微笑みを見た私は逃げる事を諦めた。
天使とは名ばかりの、悪魔の微笑。
その微笑みを見た瞬間、長年の付き合いの私はローゼリアが激怒している事が解った。
この表情のローゼリアに逆らってはいけない……
私は、来たりくる恐怖からどう逃げようと、ダラダラと冷や汗をかきまくっていた。