43 イリアレーナ王女4~王女の秘密
運んでもらった大量の本と格闘する。
「高山植物図鑑」「ドラゴニア植物分布図」「ドラゴニアに自生する草花辞典」「フェブラントの歴史」「フェブラントの成り立ち」「フェブラント王公貴族系図」「貴族年表」「召喚獣シヴァ」等々。
夢で見た私の過去の記憶から色々気になる事があったので、調べている最中だ。
フェブラントの成り立ちや歴史などは学園で習ったし本でも読んだが、歴史を都合の良いように改竄するアイミュラーで得た知識など、あてにはならん。
フェブラントの第1王女が代々シヴァと専属契約を結んでるなど、習いもしなかったしな。
実際、フェブラント建国時の事など大分違っている。
アイミュラーでは、フェブラント建国の王は男性だったと習った。
だが、実際には女王だ。
アイミュラーでは、フェブラントの建国は文明が花開いていなかった地を開墾しての建国だと習った。
だが、実際にはアイミュラーがドラゴニア(当時ミストレイル)にこてんぱんに負けた事が原因の内乱だ。
その他にも色々違うところはある。
何故、そのようなところまで改竄しなくてはならないのかと思うほどだが、私が知らないだけで何かアイミュラーに不都合な事があったのかもしれない。
フェブラント王公貴族系図をめくりながら考える。
私が1番知りたかった事は、シヴァと契約した第1王女が、契約解除後どうなったかだ。
婚姻先の貴族の権力、勢力図。
約500年のフェブラントの歴史の中、シヴァと契約した王女は36人。
イリアレーナ王女が37人目だ。
大体10歳前後で契約し、兄弟の娘、次の第1王女が10歳前後に成長するまでの間。
その世代によってばらつきはあるが、約10~15年。
その後、フェブラントの貴族と婚姻し王族を離れる者が大半だ。
これはやはり……
1人唸っていると、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは渦中の少女。
イリアレーナ王女だった。
いつもと変わらず、室内でも屋外用の防寒マントを羽織り、首もとも毛皮で覆い、手袋もしている。
彼女が入ってくると、冷気で部屋の温度がガクンと下がるような感じがするが、これは勘違いではないのだろうな。
「無事お目覚めになったみたいで安心しました。3日も眠っていたのですから、体調も万全でしょう?」
会って早々嫌味とは。
しかし、どこか体調が悪いのか?
顔もいつもより蒼白いような気がする。
まあ、私が聞いて素直に答えるような相手ではないな。
聞きたい事も問い詰めたい事もあるが、まずは……
「ご機嫌麗しゅう、イリアレーナ=ブランシェ=ウェルス=フェブラント王女。私が気を失っていた間の看護、感謝いたします」
これはイリアレーナ王女のフルネームだ。
先ほどのフェブラント王公貴族系図に書いてあった。
先制攻撃を与えるには、いつもと同じ単なる嫌味で終わってはならない。
椅子から立ち上がり、これでもか!というほど仰々しく貴族の礼をとる。
他の者にやっても何とも思われないが、あれだけの言い合いを繰り広げた相手には嫌味にしかならない。
現に、イリアレーナ王女は眉間に皺を寄せている。
嫌味はここまでだ。
通常の姿勢に戻り、改めて声をかける。
「とまあ、いろいろと迷惑かけた。ありがとう。感謝する」
「……」
人が珍しく素直に謝ってやったのに、酢を飲んだような顔をしおって。
そのように顔をしかめるものではないだろう。
「何なんですか、いきなり。気持ち悪い」
「言うに事欠いて、気持ち悪いとは何だ! 気持ち悪いとは!」
しかも、吐き捨てたように口にしおって!
「気を失っている間に色々と見て、その時にお主とシヴァに助けられたような記憶があったのだ! ならばこれは礼をせねばならんと思ったのにお主という奴は!」
「え? 思い出したんですか?」
嫌味を言って畳み掛けようと思ったら、思いもよらぬ反応に私の出鼻はくじかれる。
「どこまで? どこまで思い出したんですか?」
勢いよく詰め寄ってくるイリアレーナ王女に、私はたじたじだ。
「い、いや。断片的に夢の中で流れてきただけで、全然……」
「そうですか……」
あからさまにテンションを落とし、真顔に戻る。
……まあ、良い。
「体調が悪いのであろう? 座ったらどうだ」
ソファーをすすめたら、これまた怪訝にこちらを見てくる。
ええい、一々何なのだ。
「顔色も悪いし、少しふらついているであろう? アイミュラー軍が進軍してくるという時に、シヴァの契約者が倒れては話にならぬ。フェブラントの民の為にも休め」
「至極真っ当な意見ですが、貴方の口から出た意見だという事を思うと、遠慮したくなりますね。ですが、一応受け取っておきましょう」
イリアレーナ王女がソファに座ったのを見届け、私も向かいのソファに腰かける。
夢の中では慌てたりして可愛らしかったというのに。
現実世界では口を開けば嫌味、真顔、不機嫌と。
可愛らしさはどこへ消えてしまったのだ。
ああ、いかんいかん。
椅子をすすめたのは、このような話をする為ではない。
「確認したい事がある」
返事を待たずにソファーから立ち上がり、王女の側に行く。
「失礼する」
「何を!?」
抵抗する王女を躱し、厚い冬衣に包まれた細すぎる手首を掴む。
赤々と燃える暖炉により、暖かく保たれた室内にいるのに、イリアレーナ王女の肌は氷のように冷たかった。
「何をするんですか!」
激した王女に無理矢理振りほどかれるが、確認はすんだ為抵抗せずに手首を離す。
「1国の王女に無礼な真似をした。確認したい事があったのでな」
「確認したい事? 事と次第によっては、牢にぶちこみますよ?」
私に捕まれた手首を、何度も何度も擦り続けている。
「お主のその、低すぎる体温を、だ」
「っ!」
動揺したかのように、瞳が揺れる。
「気を失っていた時の夢で、バハムートがシヴァは契約者の体内に住み着いていると言っていた。私が今お主の手首を掴んだのは、体内のどこに住み着いているかを確認する為だ」
「あの一瞬で、読み取れたと言うんですか?」
「ふん。見くびってもらっては困るな。私は元々そういう繊細なコントロールに力を入れていたのだ」
ただ単に力を開放するだけなら誰にでもできる。
召喚獣を隠密行動させたり、より細かい行動をさせるのならば、より細かく繊細な魔力コントロールが必要になる。
大勢の人が出来る事が出来ても、評価はされない。
私はできる少数に入る為に、評価の為に日夜コントロールに力を入れてきたのだ。
ただ読み取るだけなら、私の今の平々凡々な魔力量でも事足りる。
重要なのは、コントロールなのだから!
召喚もできなくなって、魔力のコントロールが今後何の役にたつのかと腐っていたが。
まさか、こんな場面で役に立つとは思わなかった。
元々、シヴァが個人ではなく、代々フェブラントの第1王女と契約を結んでいるというところに思う物があったのだ。
シヴァは体内に住み着いているという事実を知り、疑惑は確信に変わった。
「シヴァは、フェブラント王家の血と契約しているのだな」
そして、その言葉通り。
「住み着いているのは、体内の中の血液」
イリアレーナ王女のあの体温の低さは、血流内にシヴァの魔力、冷気が常時流れているせいだ。
そのせいで温もりを感じる事ができず、常時寒さに震えている。
室内にいても多くの防寒着を着ているのはその為であろう。
私の予想は、外れてはいなかったみたいだ。
そして、触れて欲しくはない事実だったみたいだな。
王女の唇は真一文字に結ばれ、その瞳からは熱が消える。
「だとしたら? それが、何だと言うのですか?」
足下から冷気が漂い、敷かれた絨毯の毛先がピシリピシリと凍っていく。
「まだ、確認しておきたい事がある」
私は、テーブルに載せておいた「フェブラント王公貴族系図」を手に取る。
「500年前の初代契約者から、シヴァとの契約期間が終わった者はフェブラント貴族と婚姻する者がほとんどだな」
「それが何か? 王女が国内の貴族と婚姻するのは一般的な事でしょう?」
「ああ、極々普通の事だ。国内の有力貴族との婚姻ならな」
「……」
王女の目付きが鋭くなり、殺意が込められ始める。
私は手に取った王公貴族系図をめくる。
「一見、有力貴族と婚姻したかのように見えるがそうではない。婚姻した貴族は、大体が同じ特徴がある。シヴァの契約期間が終わる2~3年ほど前から、急に地位が高くなっているという特徴がな」
「……」
王女は答えない。
「最初は偶然かと思っていたが、36人の契約者の内23人の嫁ぎ先がそうなら疑いもする。もっと深くまで調べてみれば、実子を産んだ王女も1人もおらず、全て養子だ。ここから推測するに、思春期の間にシヴァと契約し冷気により絶えず冷える事で、何らかの異常が……」
それ以上言葉を続けられなかった。
気分を害したであろうイリアレーナ王女から、より一層冷気が噴出され、凍ったソファーとテーブルが粉々に砕け散ったからだ。
テーブルに乗っていた本が無事なのは、少しの理性を残しているからであろうか。
とはいえ、これ以上この事を追求するのは、こちらの身も危ない。
「これで、解ってもらえただろうか?」
「何がですか」
心底うんざりしたような顔で、その長い髪をかきあげる。
「私が運動神経が悪いだけの、ただの人間ではないという事が」
「……」
「私が後進国アイミュラーの出身だからと言って、あまりみくびらないでもらおうか。確かに、私は愚かで何も出来ず契約している召喚獣を使役する事すらできていない」
見据えてくるイリアレーナ王女の瞳を真っ直ぐに受け止める。
「だが、私はもう膝を抱えて泣くだけの幼子ではない。自分を害そうとする相手に牙をむく事はできるのだ」
「……そうですか。終わったなら、私はもう失礼しますよ」
「まだ終わってはいない」
立ち去りかけた王女を制止し、今度は「召喚獣シヴァ」を手に取る。
フェブラント国民にとって、第1王女がシヴァと契約している事は周知の事実。
この本は、フェブラントの象徴ともいうべきシヴァの事を、国民に広くしらしめる為の教本みたいなものだ。
子どもにも解りやすいように図入りで説明されている。
「この本には、シヴァは有事の際は国土全体を氷結圏にして加護を敷くと書いてあるが、事実か?」
「そうですね」
「氷結圏では、シヴァは何があるかを把握できると書いてある事も事実か?」
「ええ、事実です」
平坦な声が怒りを誘う。
この王女ならば、私が今から何を問おうとしているかも解っているだろうに。
それを知っていても、何でもないような声を出せるのだ。
「ならば何故っ!」
泣く気などなかったのに。
喉がつまり声が出づらくなる。
「何故! クリアヌスタ峡谷近くにある村がアイミュラー軍に襲われたのだ! シヴァは把握できるのであろう!? ならば、襲われる前に村を保護する事は出来なかったのか!?」
この本を読んだ時、私には衝撃がはしった。
加護を敷いているのなら、把握できるのなら。
何故、フェブラント軍は村を保護してくれなかったのか。
フェブラント王都から遠くても、国境に軍はいた。
しかも、陸軍部隊のトップで召喚も剣も使えるほどの使い手がいたではないか。
激した私とは反対に、王女はいたって冷静だ。
顔色ひとつ変えやしない。
「……まず、シヴァが加護を敷き事態を把握できるのは、氷結圏内のみです。それは裏を返せば、雪と氷が溶けているところは何も解らず何もできないという事です。逆に問います。襲われた村に、雪と氷はありましたか?」
「それ……は……」
思い出すと、確かにあの村に雪と氷は一欠片もなかった。
私の顔色から察したのか、王女は続ける。
「そういう事です。普通の炎ならば、シヴァの氷雪は負けはしません。ですが、今のアイミュラー軍にはイフリートがいる。同じ名ありに溶かされ染められたならば、そう簡単に加護は敷けなおせません」
「そして、フェブラントの国土全体を覆っている今、私とシヴァに敷き直す余裕はありません。民が少ない土地を守る為に、より大勢の民を危険にさらすわけにはいかないのです」
「それは……」
「ええ、これがフェブラント王家の総意です」
迷いなく言い切るイリアレーナ王女。
「もう用件はありませんか? なら、私はこれで」
そう言い、冷めた顔色と声音で部屋を出ていってしまった。
ガチャリと空しく響く扉の音。
それを見送りながら、言い様のない怒りとむなしさが込み上げる。
その怒りとむなしさを発散したかったのか、私は拳を壁に叩きつけた。
血が滲み、痛いはずなのに。
麻痺しているのか全くもって痛みは感じない。
麻痺しているのは体なのか、心なのか。
上にたつ者として、選ばなければいけない選択肢がある事も、個より全を優先しなくてはいけない事も解る。
だが、私は知ってしまったのだ。
妻子を失い泣き崩れたユグズを。
大切な人達を失い怒りにかられた村人達を。
2人っきりになってしまった、幼い兄弟のヴェインとレオを。
私は今は上に立つ者ではない。
国に背き、家に背いた反逆者だ。
ならば、私は個を優先させてもらう。
あの村を見捨てたフェブラント王家など……
救えなかった醜い八つ当たりとは自覚しながらも、私はフェブラントへの怒りを募らせた。





