41.5 sideイリアレーナ1
窓の外に白い雪がちらつく、真冬。
室内でも火の気なしでは、凍えてしまうような寒さなのに、その部屋には暖炉に火が入っていなかった。
薪は豊富にある。
だが、部屋の主が、火を入れる事を良しとしなかった。
「契約者様の容態は?」
部屋の主である少女イリアレーナが、ペンの動きをとめずに聞く。
このような寒い室内、吐息は白く見えるはずなのに、少女の口からそれが見える事はなく。
「あまり、芳しくはございません。熱も下がりませんしうなされております」
それを受けて答えた、客人である契約者カミュ=バルモルトの世話を任された侍女アルマ。
彼女の口からは、白い吐息が見えていた。
「腹部の傷は?」
「血は止まりましたが、時折にじみ出ております」
「ユニコーンでの治療は?」
「効果はございませんでした」
「そう……解った。さがっていいわ。何かあったらまた報告を」
アルマは礼をし、退室をした。
自身の乳母でもあった気心しれる侍女アルマがいなくなり、イリアレーナはこめかみを揉む。
『マスター』
「……呼んでないわよ、シヴァ」
自身の契約召喚獣であるシヴァに、イリアレーナはぶっきらぼうに返事をする。
だが、シヴァはそれを気にせずイリアレーナが座る椅子に近づく。
『あの傷を完治させるには、フェニックスでないと無理ですわ』
フェニックス。
あらゆる傷を癒し、あらゆる病を完治させるという不死鳥。
だが、人間の世界オーリプタニアでは目撃例もない伝説の存在と言われている。
それもそうだった。
フェニックスは、召喚獣の世界エンドローズから出た事がない。
人間に召喚獣として使役された事がないのだから。
「フェニックスは人間の召喚には応じない。人間はエンドローズには行けない。なら、契約者様には自分で乗り越えてもらうしかないでしょう」
人間が召喚獣の世界エンドローズに足を踏み入れる。
それは楔の封印が解け、闇が這いずり出てくるという事に他ならない。
『ええ、そういう事になるんですけどね』
シヴァの手が、イリアレーナの頬を包む。
『マスター。貴女が無理に思い出させようとしなかったら、あの傷は浮かび上がってこなかったんですよ?』
シヴァの手から冷気が噴出し、ピキリピキリとイリアレーナの頬を凍らせていく。
『古の約定を、お忘れですか?』
――忘れるわけがない。
遠い先祖がした古の契約。
忘れたくとも、この身体に流れる血の冷たさが嫌でも思い出させてくれる。
「……約定には、反していないでしょう?」
その言葉に、シヴァは頬から手を離さずに笑顔で答える。
『ええ、反してはいません。だから、貴方はまだ生きている』
凍らせたイリアレーナの頬を戻し、シヴァはようやく手を離す。
『ほら、もう少しで月のモノでしょう? バハムート様のお役にたちたいのに、マスターが役立たずだったら私困っちゃいますから』
――うっかり殺してしまうかも
『気をつけてくださいね、マスター』
冷気を残し、ふわりと消えるシヴァ。
イリアレーナは苛立たしげに、触れられた頬を手布で乱暴に拭う。
鏡に映せば、白い頬に赤い線が入っていた。





