41 イリアレーナ王女2~真相は自身の中に
「さあ、どうぞお召し上がりになってください」
冷めてしまった紅茶をアルマが入れ直し、おやつタイムが始まった。
この部屋の主のイリアレーナ王女はいけすかないし、何かが入っているという懸念も残るが……
うむ、紅茶と甘菓子に罪はないな。
甘いものは疲労を回復させ、温かい飲み物は人心地つかせてくれる。
私は甘いものは好きだ。
疲れた時に身体に染み入るからな。
勉学に励んでいる時、甘菓子は私の精神を癒してくれた。
もっぱら飴玉等の、食べながら勉強できるものだったが。
お言葉に甘え、私はケーキと紅茶を食べ始める。
白い生クリームの上にイチゴが乗っているな。
ふむ、では一口。
私はケーキを一口ほおばり、ゆっくりと咀嚼し味わう。
鼻に抜けていくイチゴの香り。生クリームの甘さ。
ふむ……うむ……
次は茶を一口。
この色、香り、味。
これはフェブラント産の紅茶か。
ふむ……うむ……
両方を完食し、ナプキンで口元を拭う。
「フェブラント一のスイーツ店のものとフェブラント産の茶葉です。アイミュラーのような後進国では、味わえないような高貴な味でしょう? 感謝してくれてもいいんですよ」
一々嫌味な奴だな。
鼻高々で自慢しているが……
「ふん。これなら、アイミュラーの方が上だな」
「ぬぁんですってぇー!!? 希少な砂糖をふんだんに使い、茶葉も最高級のものでよ!? これでアイミュラーの方が上とか、何寝ぼけた事を言っているんですか!」
テーブルに勢い良く手をつき、食器がガチャリと音をたてる。
アルマが「姫様!」と叱責し、少しこぼれた紅茶を布巾で丁寧に拭く。
鼻息荒く反論するイリアレーナ王女を、私は鼻で笑う。
「ご自慢のスパイも、アイミュラーの甘味にまでは精通してなかったみたいだな。甘菓子、特にケーキは甘ければいいというものではない。生クリームを使ったケーキにするならば、生クリームの甘み、果物の酸味。この2つの調和が重要だ。しかも、これは紅茶もとても甘い」
砂糖をそのまま飲み込んだかのような、歯に染みるほどの紅茶の甘さ。
「生クリームも果物も紅茶も、何もかもが甘い。これではケーキの甘さが紅茶にかきけされてしまうであろう。フェブラント一の名店の甘菓子がこれでは、貴国の甘味レベルも大した事はなさそうだな」
とどめに、ふんと鼻で笑ってやる。
下に見ていたアイミュラーに馬鹿にされたのがよほど堪えたのか、テーブルに両手をつき俯きながらプルプルと震えている。
ふん。人を誘拐し、その事を恩に着せ、上から目線で見下してくるこやつには、良い薬であろう。
そこに住んでいる人間は別だが、アイミュラーという国にさほど思い入れはない。
だが、甘菓子となれば話は別だ。
こんな低レベルな甘菓子に馬鹿にされて、黙っていられるか!
腕を組みふんぞり返る私と、プルプル震えるイリアレーナ王女。
そんな2人を、アルマは後ろに待機しつつ、シヴァは面倒そうに見ていた。
ここにアイミュラーの甘菓子があれば、披露してやるのだが、ヴェインとレオに与えた為、飴玉一つ持っておらぬ。
「フェブラントは軍事大国故、繊細さをどこかに置き忘れてきたらしいな。反乱革命はお得意でも、嗜好品はおざなりのようだ。クリストファー殿下が皇帝になられたら、イリアレーナ王女を招待するように進言しておこう。アイミュラーの繊細かつ優雅な菓子を思う存分、堪能なさるが良い」
ふ、決まった。
膝を組み、満足げに人心地つく。
「ふ、ふふふふふふふふふふ」
む、どうした?
見下されたプライドが傷ついて、ついに逝ったか?
「ええ、ええ。招待してもらおうじゃないですか。クリストファー殿下が治めるアイミュラーに」
ニヤリとした笑みをはりつけながら、うつむいていた顔をあげるイリアレーナ王女。
何だ、この異様な自信は。
「もう少し引き延ばして遊ぼうかと思いましたけど、気が変わりました。絶望させて叩き落とします」
物騒な単語を口にするものだ。
アルマが「姫様」と、阻もうとする。
だが、イリアレーナ王女はそれを無視し、紅茶を一口含み、唇をしめらしてから紡ぐ。
「うちには、スパイがいると言いましたね」
「ああ。アイミュラーの甘味に精通していない優秀なスパイがな」
ピキリ、と王女のこめかみが波打つ。
だが、些末な事だ。
ローゼリアとバドの外見、クリストファー殿下を帝位に就けるという計画を把握していたにも関わらず、アイミュラーの甘味については知らなかった。
この事から、私はスパイの目星をある程度つけていた。
アイミュラーの領土には、名あり召喚獣水のウンディーネの住みかがある。
良質な清水と豊かな土壌、温暖な気候に恵まれ、果実や砂糖の産出は周辺諸国内でも随一を誇る。
が、それが甘菓子として発展してきたのはここ数年。
まだまだ高値で皇都の貴族内でしか流通しておらず、輸出もしていないので、平民や他国には知られていない。
スパイは、ここ数年のアイミュラー国内の情報には疎い。
私やローゼリア、バドは当然アイミュラーの甘菓子の事は知っている。
ならば、後の候補は――
「クリストファー殿下の侍従……であろう?」
名までは解らぬが、殿下は学術研究国家イリアトローネに留学する際、侍従を何人か供に連れていっている。
全員が全員、殿下に絶対の忠誠を誓っている者ではなかろう。
殿下は前、自身で仰っていた。
「信頼して味方になってほしい人には、ちゃんと情報は開示しないとね。全部教えすぎだ! とか、よく怒られる。裏切られたらどうするんだ! とかね」
きっと、自身の侍従達にも全てを教えたのだろう。
ローゼリアとやり取りしていた手紙には、私とバドの事もよく書かれていたと聞いた。
妹思いの殿下は、ニコニコしながら妹の友人達の事も話したろう。
自分の妹には、こんな友人がいるのだと。
アイミュラーの甘菓子が発展したのは、殿下が留学なさってから。
殿下は知っていたとしても、侍従が知らない可能性はある。
召喚獣を隠密させていた、ローゼリアやバド、殿下がスパイだった。
というより、そちらの方が説得力はある。
……私自身が、そう思いたいだけという事もあるが。
暫しの沈黙の後、王女は口を開く。
「少しは、考えられる頭を持っているようですね」
私の発言を肯定も否定もせず、またもやはりつけたような微笑を浮かべながら。
「まあ、スパイが誰かなんてどうでもいいんですよ。これで貴方を叩き落とせるなんて思っていませんから。重要なのは、ここからです」
その言葉に、私はソファーに座り直す。
あの王女がここまで言うのだ。
アイミュラーにとって、よほどの事態なのだろう。
「つい先日、アイミュラーの皇帝に関する情報がもたらされました。ウィリアム=カルバネ=アイミュラーに代わり、クリストファー=フラン=アイミュラーが、72代皇帝に即位したと」
「っ!!?」
その、情報は……
「どういう事だ!?」
あそこまで自信を持って言った事なのだから、事実だろう。
だが、クリストファー殿下が即位したとはどういう事だ?
私達の計画は、殿下とローゼリアの父親であるウィリアム皇帝陛下を暗殺し、クリストファー殿下を即位させる事にある。
五百年前の大戦の敗戦により、アイミュラーは竜王バハムートの住まう地に攻めこまない事。という誓約を交わした。
これを破った時、古の魔導具はアイミュラー皇帝の命を奪う。
私達はこれを利用し、皇帝陛下の命を奪おうとしていた。
だが、今現在帝位にあるのがクリストファー殿下なら、私は絶対にドラゴニアに入国してはならない。
クリストファー殿下が亡くなってしまう。
計画の全てが崩れてしまった。
「……確認しておきたい事がある。アイミュラーは、ドラゴニアへの侵攻を中止したか?」
クリストファー殿下が帝位奪取に成功したという、万が一の可能性が……
「していません。鋭意侵攻中です」
「国民や他国への布令は?」
「ありませんね」
……ならば、クリストファー殿下はウィリアム皇帝陛下によって、無理矢理その地位につけられたのだろう。
国民や他国へ知らせておらず、即位の儀も披露もしていないのなら書類上の事のみ。
政権は未だ、ウィリアム陛下が握っている……
あまりの事態に、思わず爪を噛む。
バハムートの契約者がドラゴニアへ入国しない為の盾にされた。
盾として使うならば、少なくとも命は無事だ。
アイミュラー軍をとめ、殿下も救わねばならない。
楔の事は後回しだ。
まずはこちらを止めねば。
だが、どうすればいい?
どうすれば助けられる?止められる?
アイミュラー軍にはイフリートを従えるルーシェがいる。
殿下の方には、父上や宮廷召喚師。それと、何か解らぬ嫌なモノがいる。
こちらを監視している何かが。
ローゼリアとバドは無事だろうか。
バハムートの側であれば大丈夫だと言っていたが、あの二人は今側にいないのだ。
考える事、しなければならない事、決めねばならない事が多すぎる……!
どうすればいい……どうすればいい……どうすればいい……!?
「何をそんなにイライラしているんですか?」
紅茶を飲みながら優雅にのんきに聞いてくる王女。
そんな言葉に私のこめかみは波打つ。
「何をだと……!?」
「バハムートを使役すれば、問題は全て解決するでしょう?」
怒りの言葉を遮られて発せられた言葉は、あまりにも当たり前で、途方もなく無理な事。
バハムートを使役するなど、私にできるわけがない。
「バハムートを使役しろだと!? できたらやっているに決まっているだろう! ご自慢のスパイはそんな事も把握していないのか!?」
生傷を抉りとられた私は激昂した。
テーブルを殴り付け、勢いよく立ち上がる。
そうだ。バハムートを使役できたら全てが解決するなど、私自身が一番よく解っている。
バハムートならば、国境壁をものともせず越えられるであろう。
バハムートならば、イフリートを押さえつけ打ち負かす事ができるであろう。
バハムートならば、父上や宮廷召喚師の召喚獣にも負けはしないであろう。
バハムートならば、バハムートならば、バハムートならば。
「できないから、こんなにも苦労して国境を越えた! 抵抗もできずにフェブラントに一人拐われてしまった!」
王女が、はあはあと呼吸が荒い私を、冷めた目で見据えてくる。
その目が……気にくわない。
「何をそんなに憤っているのかは知りませんけど。バハムートを使役できない理由が、バハムートにあると思っているんですか?」
「なんだと?」
その言葉は、まるで原因は私にあると言っているようで。
「鍵はある。開け方は知っている。なら、後は開ける側の問題でしょう?」
「私……が?」
先ほどまでの激した感情はどこへいったのか。
毒気を抜かれた私は、そのまま立ち尽くした。
バハムートに原因があると思っていた私にとって、召喚できないのは他ならぬ自分自身が原因だったという事実は、それほどまでに大きかった。
「はあ。本当に、誰も彼もが過保護ですね。事実を知るモノは側にいたのに、誰も貴方に教えなかった」
ため息をつきながら王女が立ち上がり、立ち尽くす私の横まで移動する。
「隷属契約だから? バハムートが表に出てくる度に、契約者の身体が壊される? だから、バハムートは応えない? いいえ! 全ては些末な事!」
黒い手袋をはめた指が、私の胸を指差す。
「全ては貴方の中に。全ての問題は、貴方が事実を知れば直ぐにでも解決します」
「……」
何も答えられずに、こちらを見据えてくる王女の瞳を見つめる。
「何を恐れているんです? 貴方は既に知っているはずです。この事態を引き起こしたモノを。何故急遽新な楔をたてなければいけなくなったのかを。あの時、竜王山で何があったかを」
「私……は……」
「私とシヴァが貴方に初めて会ったのは、どこですか?」
「っ……ぐぅ!」
頭がガンガンと痛みだし、目の前がチカチカする。
吐き気がこみ上げ、立っていられず床に膝をつく。
激しい痛みに思わず友人パワーを求め、バドの名を口に出す。
「今貴方の側に、バドゥル=マルタンはいません! 邪魔するモノはいない! 遮るモノはいない! 思い出してください!」
うるさい!うるさい!うるさい!
かん高い声が耳に障る、頭に響く。
知らない!私は、イリアレーナ王女とシヴァに会ったのはフェブラントが初めてだ。
会った事などない!
知らない、私は何も知らない!!
「ぅぐ、ぅぁ……あ、あああああああぁぁぁぁ!!」
一際激しくなった頭痛にうめき、頭を抱え込みながら床に突っ伏す。
胃液がこみあげ、絨毯の上に嘔吐物が撒かれる。
「……ぁ……」
えづきながら、ふと訪れた無音。
目の前が暗くなり、意識が遠いどこかに移動する。
紅、蒼、黒、炎、氷、血、羽、風。
一面に広がる紅。
むせかえるような赤。
私を庇う白と黒。
どこかで聞いた高笑い。
甘ったるい花の匂い。
その他に……その他に……
うずくまり、丸まった背中に触れる冷たい感触。
イリアレーナ王女が私の背中を包んでいるという事には、しばらく気がつかなかった。
背中に触れる冷たい感触。
この冷たさを、私はどこかで感じた事があると思ったのだ。
この冷たさに、この小さな背中に私は守られた経験がある。
気がついた瞬間、よみがえってくる情景。セリフ。
舞う粉雪。
飛び散る鮮血。
踏み潰された白い花。
私を刺し貫いた……
身体が思い出したかのように腹部に激痛がはしり、瞬く間に血がにじんでいく。
経験した事のある痛み、衝撃。
声が木霊する。
「竜の涙……」「友……か」『早くここから立ち去れ!』「何故、ここに人間が!?」「丁度良い、手間がはぶけるわ」『死ぬな、カミュ!!』
イリアレーナ王女の声、シヴァの声、バハムートの声。
そして……
「……リ……チェ……」
そこで、私の意識は途切れた。
亀更新です。
重要なところを先に書いているので、また間が空いてしまうと思います。





