38.5 sideユース3
『どうやって殺そう、どうやって殺そう?』
鉄製の鳥籠の中、1人呟き続けるユース。
その声は、新しい玩具を与えられた幼子のように楽しげであった。
暗く湿気にまみれ、カビのすえた臭いが広がる地下室。
ここが皇宮なのか、バルモルト家の邸宅かも解らない。
カミュに任せろと啖呵をきった、カミュの母親の状況も解らない。
だが、今のユースにとって、そんな事どうでも良かった。
ユースの頭の中にあるのは、大切な契約主を奪った、憎き毒婦アリーチェを、いかに苦しませて殺すかという事だけだ。
『串刺しにして殺そう。捻り潰して殺そう。首を切り裂いて殺そう。手足をもいで殺そう。全身を切り刻んで殺そう。火の中に突き落として殺そう』
楽しい。
頭の中で毒婦を殺すのは、とても楽しい。
思わず、ユースの喉からクフフフ、と笑い声がもれる。
鼻につくような頭にまとわりつくような、甘ったるい匂いにももう慣れた。
むしろ、この匂いがクセになる。
『ああ、でもどうしよう』とユースは落胆する。
この鳥籠の中にいたら、毒婦を殺せない。
ガシャガシャと鳥籠を揺らしてみるが、ユースの細腕ではびくともしなかった。
契約を結んだ事により羽や身体の傷は治ったが、魔力の邪魔をする特殊な法陣はいまだに健在だ。
契約主がいる為、自身を構成する魔力には事欠かないが、それだけ。
鳥籠を破壊するほどの魔力は、法陣に阻害されている。
『ちっ!』とユースは憎々しく舌打ちをする。
この法陣も、毒婦が敷いたもの。
あの女に邪魔をされていると思うと、ユースは全身をかきむしりたくなる。
『あの女のせいで……あの女のせいで……!!』
バリバリと全身をかきむしり血だらけになると、契約主が感知したのか、ユースの身体は淡い光に包まれ傷が癒される。
契約主がいる召喚獣の傷は、主が魔力を流し込む事によって、癒す事ができる。
『ああ……アル……』
ユースが求めてやまなかった、大切な契約主の甘露の魔力。
全身が包まれ、ユースの身体は歓喜に震え吐息がもれる。
だが、大切なその気配は直ぐになくなってしまった。
『……あ、そうか』
良い事を思い付いたと、ユースの瞳は細まる。
爪を尖らせ、笑顔で全身をかきむしり、また血だらけになる。
淡い光に包まれ、ユースの傷は癒される。
『ふふ、やっぱり』
予想が当たっていたユースは、大輪の花が咲いたかのように顔をほころばせ、また全身をかきむしり血だらけになる。
また、淡い光に包まれ、ユースの傷は癒される。
『やっぱり、アルは優しいな。私の為にも、ちゃーんと魔力をくれるんだもん』
ユースが思い付いた良いこと。
それは、自傷。
全身を痛め付け、傷だらけにし、甘露の魔力で包まれる。
それは、とても気持ちが良いことに気がついたのだ。
『うふふ、アールー』
ユースは、また笑顔で全身をかきむしっていく。
頭の中にあるのは、契約主の甘露の魔力の事だけ。
彼女は知らない。
それは、毒婦の計略の1つだという事を。
彼女は知らない。
部屋に充満する甘い匂いは、彼女を手駒にする為の、毒婦の魔力だという事を。
彼女は知らない。
そんな光景を見、毒婦は笑い、契約主は目を伏せ、シアは泣いている事を。
彼女は知らない。
この後、毒婦の手の上に落ち我を失い、弟分達を傷つける事を。
彼女は、何も知らない。
『うふふ、アールー』
血だらけの身体に不釣り合いな、幸せな声だけが、暗く湿った地下室に木霊していた。





