38 タイタンの一族の村5~輪廻の輪から外れたとしても
長の祈りと願いを受けた私は、1人寝床へ向かう。
流石に、そろそろ身体がきつくなってきた。
その途中で――
ユグズ……だっただろうか?
アシュリーのマントの留め具、アイミュラーの証である羽ばたく鷲に気がついた目ざとい中年男。
そして、息子の誕生日当日に襲われ、妻子を亡くした男性。
そのユグズが、村の中央付近にある木の根元に座り込んでいた。
これは、邪魔しない方がいいであろうな。
私も、アイミュラー国民なのだから。
気がつかれないように、ゆっくりと……
私の左足の爪先が、何の凸凹もない平らな地面に引っ掛かる。
先行していた右足が、こらえきれずに地面から離れていく。
要するに、私は転んだ。
憎い……!この運動神経の欠片もない、どんくさい身体が憎い……!
何故、こう狙い済ましたかのようなタイミングで私はやらかすのだ!
気がつかれないようにと、ゆっくり歩いた意味は全くもってなかった。
ズザー!と音をたてながら、またもや私の形の良い鼻にダメージが加えられたのだ。
夜の静けさの中、私が盛大に転んだ音はよく響き、当然ユグズにも届いた。
「な、何だぁ!?」
振り返ったユグズと、地面とお友達になっている私はバッチリと目があい、お互いが戸惑いながら挨拶を交わしたのだった。
「こ、こんばんは……」
「こんばんは……?」
「お貴族様ってーのも、中々大変なんだなー」
「悠々自適に暮らしている者もいるが、僅かであろうな。まー、一番大変なのは貴族同士の横の繋がりであるが」
アイミュラーでも、貴族の社交場は舞踏会、乗馬等々あった。
ルーシェは庶子である為、参加する事はできなかったが、一応長男である私は、勉強の合間をぬい参加していた。
……まあ、横の繋がりを強化できたといえるほどの成果は残していないが。
戸惑いながらの挨拶を交わした後、私とユグズは座りながら互いの事をグチグチと話していた。
今では、カミュ、ユグズと呼ぶ仲だ。
ユグズはローゼリアに八つ当たりした事を反省し、謝罪しようとしていたらしいのだが、肝心のローゼリアは長と会談した後ずっと臥せっている為、謝罪ができないままらしい。
そして、ふと振り返れば、皇女様にどんな謝罪をしていいか解らない。
むしろ、自分みたいな平民が話しかけていいものか。と、ぐるぐる考えていたとか。
そんな時に私がずっこけ、これ幸いとユグズの方から話しかけてきた。
ローゼリアは気にしていないと教えると、胸を撫で下ろし、そこから何故か身の上話が始まった。
「はぁー。愛人に異母弟ねー」
「うむ。異母弟はルーシェと言うのだが、私と違って出来が良くてな。父がルーシェに跡を継がせたい。という気持ちもわからなくはないのだ」
だからと言って、納得できるかどうかは別問題だが。
「父母は政略結婚だったから、互いに愛はなかったらしくてな。私の事もどうでもいいらしい」
「っかぁー! 父親の風上にもおけない野郎だな!」
「ユグズ……は、いい父親なのだろうな」
少しの間話しただけでも、妻子を深く愛していた事が伝わってくる。
「いい父親かどうはわからねーが、嫁も息子も愛してるぜ。世界一大切な俺の宝物だ」
そう言い切れる事が羨ましい。
「特に息子、ケインはよ。長い間できなくて、やっとできた待望の一人息子だ。可愛くて可愛くてよ。ごっつい親父に似て、てめーまでごつくてな。大きくなったら父ちゃんの跡を継いで、俺もガイドになるなんて言ってやがった」
ユグズは、クリアヌスタ峡谷のガイド護衛をしており、槍の扱いには定評があった。
ここに来る時も槍を持ち、村人達の護衛を買ってでてくれた。
ユグズは鼻をすすりながら、胸元の金属で作られたペンダントに触れる。
少し焦げがついたそれは、ユグズが昔妻であるヴァレリ殿にプレゼントしたものであり、ロケットになっていた。
ヴァレリ殿はそれに、息子であるケインが描いた家族の絵を入れていたが、今回の騒動で燃えてしまったらしい。
ユグズが形見として身に付けており、今は2人の遺髪が入っている。
「すまぬ、ユグズ。もう少し、私達が早くついていれば」
「何謝ってんだよ。お前が謝る事じゃねーや」
それでも、後悔は消えはしない。
もう少し私達が早くついていれば。
煙に気がついた時点でカルトを呼んでいれば。
ベルを先行させていれば……と。
「悪いのはアイミュラー軍だ。アイミュラー人のカミュには悪いが、アイミュラー軍は大嫌いだな」
「気にする事はない。私もアイミュラー軍は嫌いだ」
私の宣言に、ユグズが吹き出す。
「アイミュラーを故郷にするお前が、言っちゃ駄目だろ」
「アイミュラー人だからこそ、はっきり言わなくてはな」
同じアイミュラー人だからこそ、あれと一緒にしてほしくはない。
「はぁー、久しぶりに笑った。俺も、ずっと腐ったままじゃいられねーからな。ヴァレリとケインに怒られちまう」
「色々あったのだ。落ち込んだり八つ当たりしても、仕方なかろう」
あれから、まだ1日もたっていないのだから。
「そうなんだけどな……」と、ユグズが頬をかく。
「名あり召喚獣様達の加護で、この世界には輪廻があるんだ。ヴァレリとケインが生まれ変わってきた時に、しょぼくれた親父を見られたくねーからよ」
ズキリ、と胸に何かが刺さる。
「もし……もし、2人が生まれ変われないとしたらどうする?」
「んぁ?」
「もしもだ! もしも、大切な人が輪廻の輪から外れてしまったら……原因を……恨むか?」
ユグズがキョトンとし、うつむく私を見る。
多分私は、とても酷い顔をしていたのだろうと思う。
「俺は学がないから、よくわかんねーんだけどよ。輪廻の輪から外れるって事は、この世界にずっといるって事か?」
……ん?
思いもよらぬ返答に、私の方がキョトンとしてしまう。
「だってよ。輪廻の輪から外れるって事は、生まれ変わらないって事だろ? 生まれ変わらないなら、どこに行くんだ? ここにいるんだろ?」
この世界に、ずっといる?
「だったら、恨む必要なんてないだろ。姿は見えない、声は聞こえないとしても、一緒にいるんだからよ」
そのような考えもあるのか?
思い付きもしなかった。
輪廻の輪から外れる事は、悲壮な事ばかりではないと?
「おい、カミュ。大丈夫か? 俺、何か変な事言ったか?」
「い、いや。大丈夫だ。何ともない」
心配するユグズに慌てて答える。
「だったらいいけどよ」
「むしろ、話せて良かった。ありがとう」
「よせや、照れくさい」
ほめられる事になれていないのか、顔を赤くさせながら鼻をこする。
「明日の朝、出るんだろ?」
「うむ。ドラゴニアへ向かわなくては。それでユグズ、ヴェインとレオの事なのだが」
「言われなくても大丈夫だっつの。小さい村なんだ。ヴェインとレオの事は、小さい頃から知ってる。俺らに任せな、村全体で育てていくさ」
それはありがたい。
後、もう1つ聞いておかなくては。
「ヴェインとレオの両親? いや、召喚師ではなかったと思うけどな。召喚してるところなんて、見た事ないぜ」
「そう……か」
2人の魔力は、随分奥底にあった。
まるで、隠されているような。
だから、術師であった両親によって隠されたのかとも思ったが、違ったか。
だが、召喚師優遇のこの世界で、魔力を隠して何の得が?
「2人に何かあるのか?」
「いや、何もない。ただ、勇気ある子を育てた父母は、どんな人なのかと思ってな」
「何だ、そんな事か」
「ああ、何もない」
何も、あってはいけないのだ。
ユグズと別れ、私もヴェインとレオが待つ寝室に戻ろうとした時。
「……声?」
誰かに呼ばれたような気がして、声の元を探す。
「上……か?」
夕方に行った、あの螺旋階段の上の屋上。
マントを置いてきていた為、少し躊躇したが、どうせ少しだけだ。と思い、私は階段に足をかけた。
上っている最中も、ずっと聞こえる。
私を呼んでいる。
――来て
――こっち
――早く
誰かは解らないが、この声は女だ。
聞いた事がない声。
ローゼリアより高く、細い声。
いけない、駄目だ。と危険信号が鳴り響くのに、抗えない何かが私の歩を進める。
1歩、歩を進める度に寒気が私を包み込んでいく。
マントを纏っていない薄着の私は、すぐさま手がかじかみ、息は白くなる。
頭に靄がかかったようで、ぼんやりとはっきりしない。
階段を登りきり、屋上についた私を待っていたのは白銀舞い散る雪世界と、身体全てが氷の巨大な鳥の姿であった。
この屋上は、タイタンの一族の里の一部。
つまり、結界の中にある。
結界が破られた衝撃などなかった。
タイタンが不在となり、結界が弱まっていたとしても、そこらの名無しでは結界を通り抜ける事などできやしない。
通り抜けられるのは、名ありのみ。
名ありで氷をつかさどる召喚獣など、そう多くはない。
この気配は――
私より何倍も大きな氷の鳥が、そのくちばしで私を挟み込む。
傷がつかないように配慮しているのか、痛みはない。
ふいに、階段の方がドタドタと音をたてる。
「カミュー!」
息をきらしたバドの声が響いた瞬間、氷鳥は私をくわえたまま大きく羽を羽ばたかせる。
頭の中に甘いかすみと声が響く中、視界に入るのは小さくなるバドとクリアヌスタ峡谷。
フェブラントの真冬の寒気に包まれながら、私の身体は凍月の下飛翔するのであった。
ストックがきれたので亀更新になります。





