37 タイタンの一族の村4~楔が必要ならば、私がなろう
「……動けん」
寝ている私の右側にレオ、左側にヴェインがみのむしのようにピッタリとくっつき、私は全くもって身動きがとれなかった。
薄い綿入れのようなものを敷布にし、寝ているが……
背中が冷たくないだけ天幕よりマシだが、硬い。
とてつもなく硬い。背中が痛い。
だが、文句を言ってはならぬ。
私達は急に押しかけてきた、迷惑な客人のようなもの。
寝床と食事を提供してもらえただけ、ありがたい。
あの後、ヴェインとレオ2人に「遅いー!」と怒られながら、夕食をとった。
アシュリーは予想通り、バクバクとたいらげていたので、早々に食事の場から追い出した。
「鬼ー!」という叫び声は無視し、色々と忙しくしている女衆に、存分にこきつかってくれ。と渡してきた。
2人前も3人前も食いつくしたのだ。
食べ過ぎた分は労働で返さねばならん。
ずっと眠っているローゼリアの分も食べたのは、万死に値する。
そのアシュリーは、仕事が終わった後、ローゼリアの部屋に放り込んできた。
護衛騎士なのだから、護衛しておいてくれ。
バドと話し合い、明日の朝にはドラゴニアへ向けて出発する事になった。
タイタンの一族や村の事も心配だが、あまりゆっくりはしていられない。
ヴェインとレオには、まだ伝えていない……
食事を取った後、カルトとベルを呼び出し村の子ども達と遊んだ。
召喚獣を見る機会は、皆なかったみたいで興味津々であった。
その時に解ったが、やはりヴェインもレオも素質がある。
特にヴェイン。
適切な指導さえ受ければ、すぐにでも召喚を成功させる事は可能であろう。
その時の笑顔があまりにも眩しくて。
すがるような瞳を曇らせたくなくて、後回しにしてしまった。
いや。寝る時には言おうと思ったのだが、2人とも即寝だったのだ。
無理もない。今日一日で、色々な事があったのだから。
「しかし、本当に動けぬな」
長に、楔とタイタンの事を聞きに行きたかったのだが。
あの壁画も、明るくなったらもう一度よく見ておかなくては。
……マントを掴んでいるヴェインの手を開かせようと思ったが、とてつもなく力強い。
ならばレオだ。と思ったが、こちらは「ふぇっ」という泣き声が聞こえてきたので断念した。
背中をポンポン叩いて、寝かしつける事も忘れない。
どうにかこうにか試行錯誤していたが、私は本気で脱出する事に決めた。
何故かって?
私の膀胱が危機的状況を迎えているからだ。
要するに、尿意だ。
この年齢でおもらしなどしてたまるか!!
私はそのようなもの、4歳で卒業したのだ!
「……よし」
ヴェインもレオも、私のマントをガッチリと掴んでいる。
ならば、このマントを置いていけば良いのだ!
うむうむ。変わり身の術というやつだな。
軟禁されていた時の本棚にあった、『SHI☆NO☆BI』を読んでいて良かった。
私もSHI☆NO☆BIになって、この場を脱出しよう。
マントの留め具を静かに外し、ゆっくり布地をヴェインとレオの上に置いていく。
ゆっくり、ゆっくり。そう、私はSHI☆NO☆BIなのだ。
この程度の事造作もない。
ゆっくり、ゆっくり……
その時、ヴェインの身体がモゾモゾと動く。
ヒィッ!
私は動くのをやめ、狸寝入りをして場をやり過ごす。
「………………」
大丈夫……か?
私はまたゆっくりゆっくり動き、ついに脱出する事に成功した。
ありがとうSHI☆NO☆BI。
ナイスだSHI☆NO☆BI。
貴殿達のおかげで、私の膀胱は破裂せずにすんだのだ。
さて、花園花園。
SHI☆NO☆BIに感謝を捧げ、私は下っ腹に力を入れながらお手洗いに急ぐ。
「……か……ないで……」
ヒィッ!
起きてしまったのか?起きてしまったのか!?
だが、それは悲しき寝言だった。
ヴェインは涙を流し、夢の中で父母を求めていたのだ。
「お父さん、お母さん。行かないで」と。
その光景に、私は胸が締め付けられた。
自己満足かもしれない。
抱えきれないなら、手を伸ばしてはいけない。
一時の安らぎを与えたとして、何になる。
だが、私は見てしまった。聞いてしまった。
父母を求める幼子の嘆きを。
知ってしまったのなら、見ない振りはできなかった。
温かな手。優しい言葉。
それは、閉じ込められた小屋で寒さに震える幼い私が求め、必死で手を伸ばしていたものだったのだから。
私は知っているのだ。
誰にも握ってもらえない手が、心が、どれだけ痛み、寒いのかを。
マントを握るヴェインの手を上から包みこみ、起こさぬよう静かに、けれど確実に囁く。
「大丈夫だ、ヴェイン。ちゃんと、ここにいるから」
荒かった呼吸が戻り、歪んでいた顔がほっとしたようにゆるむ。
頭を撫で、ずれていた掛布を2人にかけ、ゆっくりと部屋の外に出た。
「ふう、なんとか間に合ったか」
膀胱がはち切れんばかりの危機的状況に陥った私だったが、なんとか間に合った。
さて、大分遅れてしまったが、長はまだ起きてるだろうか。
寝静まった一族の村の中を1人歩く。
長の家の前までたどり着き、ノックをしようとしたが、誰かが来ているようだった。
喋り声が微かに聞こえてくる。
……出直すか?
そう思い踵を返そうとした瞬間。
「ぶうっ!」
扉が開き、私はしたたかに鼻を打ち付けた。
ポタリポタリと鼻血が垂れる感覚。
痛みにもんどりうっていると、頭上から声が降ってきた。
「カミュー? 何をしてるんだー?」
この声は……
「バド! 何をしてくれるのだ!」
「カミュ、しーだぞ。しー」
おっと。もう皆眠っているからな。
大声を出してはいかん。
……じゃなくて!!
「何故お主は毎度毎度私の鼻を……!」
「今はローゼリアも寝てるから治療は無理だなー。ほら、カミュー」
渡された布切れを、ヤケクソ気味に鼻に詰め込む。
美しくない。これは美しくない……!
ヴェインとレオが寝ていて良かった。
私を慕ってくれている2人には見せられん。
「それで、バドはどうしたのだ?」
長に何の用があったのだ?
「改めてお礼を言っていたんだぞー。受け入れてくれてありがとう。って」
確かにそれは必要だな。
うむ。やはりバドは気が利くな。
見習わねば。
「そーいうカミュはどうしたんだー?」
「うむ。私の失礼な態度で中途半端になってしまったからな。謝罪をしにきたのだ」
円滑な人間関係の為には、謝罪が必要不可欠だからな。
「後、時間が許せばタイタンや楔の事も聞きたくてな」
「そーかー。あまり遅くならないようにな。明日も歩くんだからなー」
「うむ。解っている。長にも負担をかけては悪いからな」
そう言い、寝床に向かうバドを見送った。
そして、ふと疑問に思ったのだ。
やらかしてしまう私はともかく、気が利くバドが、いくら謝罪の為とはいえ、夜遅くに老齢の長を訪ねるだろうかと。
……うーん。考えても答えはでんな。
私は、長の家の扉をノックした。
「お待ちしておりました」
夜遅くの訪問にも関わらず、長は私を快く迎え入れてくれた。
夜遅く訪ねた事への謝罪と礼。
失礼な態度をとってしまった事への謝罪も受け入れてくれた。
そうして改めて、テーブルを挟んで向かい合う。
「まずは楔の事だが、今すぐに新たな楔をたてねばいけないほど、切羽詰まっているのだろうか?」
「いいえ。ユニコーンの護り手が楔になりましたから、そこまでではございません。ですが、そう長く保つものでもございません。もって1年。1年以内には、新たな楔をたてねばなりません」
1年。それは、長いのか短いのか。
それまでに、私は全てを終わらせられるだろうか。
……いや、やらなくてはならない。
そうでなければ……
「わかった。なら、ギリギリまで待ってほしい。そして、いよいよ駄目だという時には、たてる前に私に教えてほしいのだ」
「……わかりました。他ならぬ、契約者様からのご命令ならば」
「ありがとう」
何も解決していないが、とりあえず楔はOKだ。
そして、次にタイタンの事だ。
ここはタイタンの住みかだという事だが、きてから1度もタイタンの姿をみていない。
闇の封印に関わり、楔の監視を兼ねているのなら、新たに楔をたてねばならないという緊急事態に、1度も姿を見せないのはおかしいのではないか?
疑問に思うところは、まだある。
クリアヌスタ峡谷は、土属性召喚獣と召喚師の聖地とまで言われる場所だ。
そのような場所が、いくら楔の封印が解けかけているからとはいえ、召喚獣や動物を1体も見ないなど異常すぎる。
これらから導き出される事は……
「もしや、タイタンはここにいないのではないか?」
「……おっしゃるとおりでございます」
……やはりか。それしか考えられぬ。
クリアヌスタ峡谷から、タイタンの加護は失われてしまっていたのだ。
一族の血が薄まり、魔力が弱まっているのも、タイタンの不在が影響しているのだろう。
そして、問題は――
「何故、タイタンが不在になっているかだ。タイタンはどこへ行ってしまったのだ?」
世界を揺るがす、楔の番を放り出してまでいるのだ。
ただごとではあるまい。
「……タイタン様は、50年ほど前に人界へ降りたと聞きます。嫌な気配がする。嫌な予感がすると仰って。その何かを確かめてくると。そして、そこからお戻りになられておりません」
約50年の不在……か。
50年前。……何かあっただろうか、と考えるが、特には思い付かない。
「ええ。ですが、それくらいの年数、名ありにとっては誤差のようなもの。不在が百年二百年でも、本来は何の支障もなかったのです」
それまでに、幾千万年の加護がある。
多少の事では、名ありの加護は揺るがない。
だが、不在時に、その揺らぐほどの事が起こってしまった。
闇、楔。
そして、邪悪なる意思あるモノ。
この、邪悪なる意思あるモノがすべての元凶だ。
恐らく、タイタンが帰還せぬのもこのモノが原因だろう。
エリンが言っていた、何か嫌なモノ。
これは、きっと邪悪なる意思あるモノと同一だと私は思う。
ルーシェがおかしくなったのも、これが原因なのだろうか……
「……そうか。色々わかった。夜遅くに申し訳なかった」
礼をし、長宅から辞去する。
そうだ、忘れていた。
「最後に1つ。螺旋の登り階段の先の、屋上らしきものの所に壁画があるだろう? あれは何を描いたものなのだろうか?」
「ああ。あれは、創世神話の頃。バハムート様やタイタン様、名ありの方々が闇と戦った場面を彫ったものです」
なるほど。
「その闇の名は、記録に残っているだろうか?」
「いいえ、残念ながら。壁画の闇の姿も、抽象的なものだと言われております」
「……そうか。長々とすまなかった。ありがとう」
辞去しようとする私の背中に、長が声をかけてくる。
「タイタン様が今どこにおられるかは解りません。ですが、人間思いなあのお方は、きっと今も人々の為に尽力なさっていると思います」
「ああ。私も、そう思うよ」
「……タイタン様のご加護とクリアヌスタ峡谷の大地が、御身と共にありますように……」
長の祈りの言葉を背に受けながら、思案する。
楔となる条件は、強い魔力を持つ気高き魂。
私の魂は気高くはないだろうが、魔力量だけは誰にも負けない。
この1年の間に、クリストファー殿下をアイミュラーの皇帝陛下にし、ルーシェの正気を取り戻させる。
母上やローゼリア、バド、ヴェインとレオの生活を安定させた後、私は楔となろう。
「また、相談なしに!」
と叱られそうだな。
だが、世界の危機ならば仕方なかろう。
一度でもバハムートと契約した私は、全てが終わっても平穏無事に生活する事など叶うまい。
契約を解除したとしても、バハムートと契約が可能な召喚師なのだ。
私の存在は脅威にしかならない。
聖女エルマも、晩年の暮らしはドラゴニアの王宮でバハムートの事を思い暮らしたなど、ごまかし書かれているが、実際は体のいい軟禁だ。
なら、楔となって役にたつ方がいくらかましであろう。
もう、誰も犠牲になどしない。
私は、そう誓ったのだ。





