36 タイタンの一族の村3~私はこれでも社会人
「……ぜ……」
何故、解った?
アシュリーは、あの兄弟と会話もしていないはずだ。
私でさえ、触れねば解らぬほどの奥底だ。
アシュリーが気づくはず……
「あ、当たった? ちょっとヤマカンだったけど」
勘、だと?
「小人君は基本ネガティブだけど、ドライなところもある。大して親しくもない人が犠牲になるってなっても、そこまで動揺しないでしょ?」
おい、その呼び方やめろ。誰が小人だ、誰が。
しかもその言い方。
確かに私自身、自分がゲスな人間だと自覚しているが、人にまで言われたくないぞ。
「だから、候補者は小人君と親しい人に限られる。つまり、皇女様、巨人。そして、あの兄弟。美少女探偵アシュリーちゃんは、意外と見ているのです。あの兄弟と仲良くなって気を許している事など、お見通しです!」
もう、突っ込む気にもなれん。
「とまぁ色々あって、アシュリーちゃんはあの兄弟が一番の候補だと見抜いたのです」
「そこ、はしょるのか!? 1番大切なところでは!?」
「だって、勘だし」
重要なところで野性動物か。
「で、何悩んでるの?」
「お主、何を聞いていた!? ヴェインとレオを犠牲にしたくないという話だろう!」
「それ、そこ」
何がそこだ。
「兄弟が楔にならないといけないなんて、決まってなくない? 直ぐに封印し直さないといけない! なんて、切羽つまった状況じゃないみたいだし。ユニコーンの護り手? が楔になって余裕あるんでしょ?」
確か……に?
いやいや、私はエリンが楔になってしまった事も嘆いているのだ。
「何で?」
何でではなく、幼子が犠牲になるのは私は好かん。
「まあ、確かに私も子どもが犠牲になるのは好きじゃないけど、もうなっちゃったのはしょうがないじゃん?」
私は絶句し、呆気にとられる。
今、何を……
「お主、自分が何を言っているかわかっているのか!?」
「解ってるよ。わかってるに決まってるじゃん」
「なら、何故!? お主も子どもが犠牲になるのは嫌だと言っていただろう!?」
今もそうだし、村がアイミュラー軍に襲われた時もそうだ。
「あのねー」
頭をバリバリとかきながら、心底面倒くさそうな声を出す。
「忘れてるかもしれないけど、私は小人君達より3つも年上! アイミュラーの貧しい平民に生まれて苦労して、社会に出て勤労し、吸いも甘いも味わった大人です! 術師的にはポンコツだけど、私だって色々見てきたよ」
色々見てきたと言うアシュリーの瞳は、一瞬暗さに沈んだ。
「……すまない。言いすぎた」
私は頭を下げる。
感情に支配され、また感情のままに突っ走ってしまった。
変わりたい、変わらなければいけないと思っているのに、私はいつまでたっても甘ったれのカミュ坊のままだ。
「いいよ、気にしてない。私の言い方だって悪かったかもだし?」
あっけらかんと答えるアシュリー。
それは、どこかバドに通じるものを感じた。
感情のままに動いた自分を反省し、アシュリーに聞かなくては。
先ほどの、言葉の真意を。
「真意っていわれてもねー。本当に、そのまんまだよ。小さな子が犠牲になってしまったのは嘆く事。他に犠牲になる人が出る前にがんばろーって」
「……お主、先ほどのは言葉が少なすぎであろう」
突っ走った私も悪いが、そんな意味とは思わなかったぞ。
「ごめんごめん」
ケラケラと声をたてて笑うアシュリー。
今は笑うべき局面なのか甚だ疑問だが、まあいい。
「しかし、私を批判はしないのか?」
端的に言ってしまえば、知らない者の犠牲はどうでもいいが、親しい者の犠牲は嫌だ。
と、いう事なのだが。
自分の周囲以外はどうでもいいなど、我ながら最低な考え方だと思うのだが。
「なんで? それ普通じゃん?」
「普通?」
「そ、普通。誰だってそうでしょ。誰だって、自分の大事な人は笑っていてほしいし幸せでいてほしい。でも、知らない人や自分に関わりのない人はどうでもいい。それ、普通だから」
何でもない事のように、背伸びをしながらアシュリーが言う。
「そーだねー。なら、ちょっと例え話をしてみようか。ある村が襲撃されて68人死亡しました」
うむ。気の毒な事だな。
「68人の中には、生まれたばかりの赤ん坊、子どもを助けて殺された父母もいました」
幼子が……何という事だ。
「いきなり襲撃されて逃げ惑い、炎に追われながら刺し殺されました」
何とむごい……
「被害者は、パディル0歳。アラン4歳。ケイン10歳。ミランダ24歳。キャロル32歳。その他大勢。その中でも、ケインは10歳の誕生日当日に、無惨にも殺されてしまったのです」
……誕生日当日に襲撃?
それは、今日聞いたばかりの……まさか……
「ね? 詳細な説明を聞くにつれて、同情心が涌き上がったでしょ? 単なる数字ならなんとも思わないのに。でも、それが普通」
青ざめる私を見ながら、アシュリーは続ける。
「知らなかったら、どこかの誰かの犠牲なんてなんとも思わない。何人死んでも、どれだけ悲惨な死に方をしても。知るからこそ、同情心も恐怖もわいてくる」
指先についた土汚れを気にするアシュリー。
自分が今話している内容より、そちらの方が重要だとばかりに。
「知るって怖いよ? 知らなければ普通に暮らしていけるのに、知ったからこそ、立ち止まったりなんだりするし」
確かに、アシュリーの言うとおりだ。
知ったからこそ、私はこうして迷い続けている。
だが、私はもう知らずにいる事は嫌なのだ。
アイミュラーの事を知らなかった。
五百年前の大戦の真実を知らなかった。
知らないばかりに、何度も何度も間違えた。
道を踏み外した。
知らないからこそできる事もあるなら、知るからこそできる事もあるはずだ。
私は、それにかけたいと思う。
知らなければならないのだ。
バハムートの事、楔の事、ルーシェの事。
他にも様々な事を。
そう口にした私を、アシュリーは呆れたような目で見てくる。
「小人君はドライでネガティブでヘタレな所があるわりに、下手に真面目だよねー。もっと楽に生きれば? 思い詰めて自滅するタイプだよ」
……これは、馬鹿にされているのか心配されているのかどちらなのか。
楽に生きろと言われても、楽に生きる。というのがよく解らん。
私はこんな所でも不器用なのか。
まあ。器用に生きられるのなら、今こんな事にはなっておらぬな。
「はあ。お主にも色々聞きたい事はあったのだが。後にするか」
大分時間もたってしまったし、バドも心配しているかもしれん。
「そうそう、お腹も空いたしね。いっぱい食べなきゃ!」
そう言いながら、盛大な腹の音を鳴らす。
「少しは遠慮するのだぞ。ここの村だって、そう蓄えはないだろうからな」
「わかってますー」
口を尖らせているが、どうも信用できん。
「あ、そう言えば私に聞きたい事って何?」
階段を下りようとしていたアシュリーが、振り返る。
「……心構えというか、どうあるべきかという疑問だ」
「ふーん? まあ、その内答えてあげましょう! 報酬はお肉でいいよ!」
「あるか、そんなもん!」
にゃははーとのんきな笑い声を残し、階段をかけ下りていった。
本当に、真面目な時とそうでない時のギャップが激しすぎるぞ。
アシュリーも、色々あって、今ここに生きているのだろう。
話をやめた理由は、時間がたちすぎてしまったからというより、あのアシュリーにこれ以上聞くのは危ういと思ったのだ。
私の身か、それともそれはアシュリーの身か。
「……」
ため息をつきながら、夜空を見上げる。
聞きたかった事は、人を殺した後の心の在り方。
失礼かもしれないが、アシュリーは慣れているように見えたのだ。
平静を保とうと思っても、ふいにあの時の情景が襲ってくる。
後悔はしていないが、それとこれは話が別だ。
「月が、見ているからな……」
寒々と美しく輝く冬月。
それを綺麗だと感じつつも、どこか背中に恐ろしいものを背負いながら、私は階段に足をかけた。
◆◆◆◆◆◆
月が輝く廃墟と化した村に、武装した人影が見える。
そのどれもが精悍な身体つきをしており、少し離れた場所には、多数の天幕と松明が灯っていた。
たなびく旗に描かれるは、羽ばたく鷲。
それは、アイミュラーのシンボル。
「隊長。確認、終了いたしました」
「報告を」
「は。村はずれにあった土山から、アイミュラー軍兵士の遺体を確認いたしました。分断されたものも多々ありましたが、25人全員分の遺体を確認いたしました」
「ご苦労。下がって良い」
「は!」
隊長と呼ばれた初老の男は、白髪が混じり始めた口ひげをいじりながら舌打ちをする。
考え事をする時口ひげをいじるのは、彼の長年の癖だった。
男の名は、カルロス=ファーディン。
今回のドラゴニア遠征、アイミュラー軍の総指揮官だ。
ファーディンは、部下に知られぬよう1人ため息をつく。
後方からの糧食運搬の遅れ、大量に積もった雪による進軍の遅れ。その他もろもろ。
そして、止めが指示していない、先行部隊による略奪暴行。
頭が痛くなる事ばかりだった。
ファーディンを悩ます頭痛の種のもとは、練度が足りていない若手の兵士達だった。
現皇帝陛下になってから、軍の人員はどんどん増えている。
召喚師部隊だけではない、通常の兵士の入隊数もだ。
訓練し1人前の兵士になる前に、どんどん次が入ってくる。
どんどんどんどん膿が溜まり、その膿が他の兵士に伝染していく。
大きくなりすぎたアイミュラー軍は、ファーディンの手と目が届かないところが増えていく。
今回の略奪暴行も、その1つだった。
ファーディンは責任者として、埋葬された不出来な部下達の為に祈り、犠牲者達にも祈り、頭を下げた。
そこでファーディンは、墓に捧げられた包み紙を見つけた。
彼は、それがアイミュラーでしか流通していない、菓子店の包み紙だという事を知っていた。
「……近くにおられるのですな、皇女殿下」
喜とも悲ともつかない、ファーディンの呟き声。
その声は、ファーディンのもとへやってきた召喚獣ハーピーの羽ばたき音によってかき消された。
アイミュラー本国とのやり取りを運んでくれている、名無しの召喚獣だ。
足にくくりつけられている手紙を読み、ファーディンは眉間の皺を深くした。
一体、何が起こっているのか。
皇帝陛下の真意はなんなのか。
さらに、急遽軍に編制された、まだ14歳の少年。
名ありのイフリートと専属契約を結んでいるという、史上最年少の宮廷召喚師。
彼も軍に一応編制されてはいるが、ファーディンの指揮下にはない。
彼は、皇帝陛下の直轄として独自に動いている。
フェブラントへ侵攻する為、国境壁はイフリートでぶち抜いたが、その後はなしのつぶて。
どこにいるかすら、解らない。
その彼がやらかした、ケブモルカ大森林の大火。
あそこを燃やしつくす必要性など、どこにもなかった。
ユニコーンの生息地を台無しにした事で、ベルモーシュカ、フェブラント以外の他国からも、アイミュラーは猛烈な批判にさらされるだろう。
この国はどこへ向かおうとしているのか。
『武』一筋で生きてきた彼には、皆目見当もつかなかった。





