34 タイタンの一族の村1~巫女=護り手=楔
招かれたのは、長の自宅。
岩壁を掘ったその住居は、こぢんまりとしていて天井がとても低い。
長や私、ローゼリア、アシュリーは問題ないが、バドは思いっきり腰をかがめないと頭を打ち付けてしまう。
現に、長の自宅に入ってから、既に3回ぶつけている。
「客人に不便を強いる事になるとは、申し訳ない……」
「大丈夫だぞー。腰を屈めれば入れるんだからなー」
ここの里には、椅子というものがないらしく、床に敷いた敷物の上に直に座るらしい。
これもまた、独特だ。
「東国ではこんな感じだって聞くけどね。行った事ないけど」
とは、アシュリー。
独特な文化を持つところは、何かしら共通点があるものなのだろうか。
お茶を出され、一口飲んだところで、長が口を開く。
「さて、何からお話すれば良いのやら……皆様は、竜王神教創生神話をご存じですか?」
竜王神教。
それは、竜王バハムートを唯一神と崇め奉る宗教だ。
ドラゴニアが発祥の地とされ、バハムートの住みか竜王山が聖地とされている。
昔は、数多ある宗教の1つでしかなかったが、五百年前の大戦の折、救国の聖女エルマがバハムートを使役して国の危機を救った事で、爆発的に信者を増やした。
いわく、竜王バハムートを崇め信じていれば、必ず救われる。
だ、そうだ。
実際、国家存亡の危機にバハムートが現れた事により、説得力が増したらしい。
ドラゴニアの国民、召喚師、平民から貴族、商人まで。
その信者は多岐に渡る。
だが、アイミュラーではそうメジャーな宗教ではなかった。
バハムートにこてんぱんにされ、国が割れ内乱が起こり分裂したのだから、元凶を崇め奉る宗教など、国として許せなかったのだろう。
平民にはいくらか信者はいるだろうが、アイミュラーの皇家や貴族は竜王神教の信者ではない。
もちろん私もだ。
なので、竜王神教の創世神話など知らぬのだが、バハムートにひきこもり宣言をされた時に、バルモルト家の書庫にこもって関連書籍を読みあさった。
もちろん、竜王神教の教典もな。
「人間の世界オーリプタニアと召喚獣の世界エンドローズ。
太古の昔、この2つの世界は1つだったという。
人間と召喚獣は互いに共存し暮らしていた。
そんな時1つの闇が生まれた。
闇は人間も召喚獣も世界も、全てを飲み込もうとした。
人間と召喚獣は力を合わせ、闇を撃退し封じ込める事に成功した。
この時の戦いと封印によって、世界は2つに別たれた」
ふ、さすがは私。
何も見ずとも、諳んじることができた。
「だが、これがどうしたというのだ? おとぎ話やそういう類いのものではないのか?」
「いいえ。これは、はるかな昔に実際に起きた事です。その時の戦いの余波でできたものが、クリアヌスタ峡谷。世界を2つに分けている封印の楔の1つです」
……何?
今、世界を揺るがす重大な事実を、サラッと口にしなかったか?
「世界の封印の楔の番をする為に、タイタン様はここを住みかとし、自身の守護下に起きました。タイタン様を慕い、つき従う人間もともに。タイタンの一族の村の者は、この時つき従った人間の子孫なのです」
封印の楔の1つだと?
警戒音が鳴り響く。
「楔、というものは、何を止めて……」
「封印された闇、です」
ドクン、と心臓が一段激しく鼓動をした。
逃げ出してしまいたくなるような感情を必死にこらえる。
歯で内頬を噛み、手に爪を食い込ませる。
ここで、逃げてはいけない。
「人間の世界と召喚獣の世界は表裏一体。世界を2つに分け、その間に闇を封印しているのです。世界は封印の蓋。楔は、蓋を開かなくする為の鍵です」
知らない。
世界の楔など、封印など、闇など。
私は、今この場で初めて知ったはずだ。
なのに、何故、こんなにも胸が痛いのか。
何故、涙が零れるのか。
そっと、私の背中に優しくバドの掌が触れる。
「大丈夫だぞー、カミュー。皆いるからなー」
泣く幼子をあやすように、ゆっくりと私の背中を撫でる。
「だい……じょうぶ……だ」
袖で涙を強引に拭う。
私が1人で竜王山に逃げたから、こんな事態になったのだ。
私はもう、逃げるわけにはいかない。
「近年、この楔と封印が弛んできています。本当ならば、まだまだ封印は弛むはずなどないのです。ですが、邪悪な意思あるモノによって引き剥がされようとしております」
「その、意思あるモノの名は……」
震える声で紡いだ言。
長は、首を横に振りながら答える。
「申し訳ありません。私が力ある正式な巫女であるならば、把握できますのに。魔力も何もかも衰えた私では、見る事さえ叶いません」
力足らずで申し訳ないと頭を下げる長。
それを止め、私は疑問を投げかける。
「……その楔は、何個あるか解るのだろうか。場所などは……」
「全ては、解っておりません。ですが、基本楔の場所は魔力が豊富な地。名ありの生息地だと言われております」
……名ありの生息地。
なら、ケブモルカ大森林は違う、か。
「ですが、何事にも例外というものがあります。ユニコーンの生息地である、ケブモルカ湖。あそこも、楔の1つです」
ガツン、と殴られたような衝撃。
違う。まだ、まだ確定したわけではない。
「楔は、何なのだ? 何をもって楔になる。世界を繋ぎ、闇を封印するほどの楔は、何を使っている……!?」
「……人柱でございます」
長のその言葉が、遠い世界の事のように聞こえた。
「正確には、強い魔力を持つ気高き魂。これは、人間でも召喚獣でもどちらでも可能です。肉体を持っていては楔にはなれません。死して魂だけの存在になる事で、楔となるのです」
抑揚のない声で長が続ける。
「死して魂となり、楔となりて世界と蓋を繋ぎとめる。世界を担う大役です。人も召喚獣も、死せば輪廻の輪を抜け、再び世界に舞い降ります。ですが、楔となったモノは、輪廻の輪に戻る事はございません」
それは……つまり……
「楔となった者は、未来永劫世界に縛り続けられるという事か……」
私の呟きに、長が無言で頷く。
「……ケブモルカ湖も楔の1つだと言っていたが、ユニコーンの護り手がつい先日亡くなった」
一言も喋らず、顔を蒼くしていたローゼリアの、ヒュッと喉を鳴らす音が聞こえた。
すまない、ローゼリア。
そなたにとっても、エリンの事は深い傷になっているだろう。
だが、エリンと関わった私達は、知っておかねばならない。
「ユニコーンの護り手は、楔になったのだろうか」
「……ええ、なりました」
……確定。
「不安定で揺れ動いていた封印が、つい先日僅かですが安定いたしました。ユニコーンの護り手が楔になって繋ぎ止めたからです。……今代のユニコーンの護り手は若く力もあり、楔になる条件を満たしておりました。バハムート様とも接触し、今の現状を知っておりましたから」
バハムートと接触ししなければ。
私がケブモルカ湖へ行かなければ。
私が、エリンと会わなければ、エリンは楔にならなくてすんだのか?
私のせいか?私の……
握りしめた拳の指先から力が抜け、どんどん冷たくなっていく。
「いいえ、決して御身のせいではございません。護り手は自身で選んだのです。世界の礎、楔になる事を。ユニコーンの護り手があの時点で楔になっていなければ、再封印は一刻の猶予もありませんでした。ユニコーンの護り手は、世界を救ったのです」
そのような事言われても、そうですか。と、納得できるものではなかった。
アブガルカ湿地帯で会った、名も顔も知らぬ女性。
忘れていたはずなのに、嘆きの声が頭に響く。
『他の生命を蹴落とし、何故お前が生きている。何故、お前らのせいで妹は死なねばならなかった……!』
愛しき妹が死亡しただけではなく、世界の楔になり、輪廻の輪から外れたのだ。
恨まれて当然ではないか。
私だって、ローゼリアやバド。大切な人達を亡くしてしまったら、誰かを恨まずにはいられない。
「タイタンの一族は、巫子として護り手として。楔になり得る人材を育成し、子々孫々に伝え、万が一の時は楔となる事が定めです。ですが、血は薄まり力は衰え、後継となる者は一族の中には既におりません」
唇を噛みしめる長。
その声からは、やるせなさと悔しさがにじみ出ていた。
タイタンの巫女として、長として。
自身の代で巫女を潰えさせてしまった事を恥じているのだろうか。
よりにもよって、潰えている時に、一番の重要な役目がきてしまったのだから。
タイミングが悪いというかなんというか……
「一族の中に後継はおりません。ならば、外から見つけなくてはいけません」
外から見つける。
その言葉に、全身が総毛立つ。
「駄目だ!!」
思わず叫び声をあげてしまった私を、皆が驚いたように見ていた。
「す、すまない。急に大声を出して……」
「いえ。大丈夫ですか?」
私を気づかってくれる長の目を、見る事ができない。
「すまない。少し、外の風にあたってくる……」
「構いません。今日はお疲れでしょう。話は、また明日にいたしましょう」
「すまない……」
残る皆に頭を下げ、逃げるように部屋を出た。





